第3話 聖女 茜は海に行く(後編)



 最初に猛攻撃を仕掛けのは茜の方だった。

 繰り出される拳がアクアを狙うが、それを軽くトライデントでいなす。


「なかなか当たらないわね。力は強そうだけど」


「……逃げてばかりじゃなくてアンタも攻撃したら?」


 聖女の言葉にアクアはトライデントを1回り回して振り上げるが、その一瞬の隙をついて繰り出された茜の拳がボディに入りアクアはぶっ飛んだ。大きな水しぶきをあげながら海中に投げ出される。


「もう終わり?」


 だが次の瞬間、闘技場の周りにいくつもの水柱が上がった。水柱の1つから人魚の足になったアクアが飛び出す。


「そんな訳ないでしょう。海の恐ろしさ、味わいなさい」


 アクアが水柱の1つに潜るとそこから物凄いスピードで茜を目掛けて飛んで来る。紙一重で交わされてもまた次の柱に飛び込み、そこから次の攻撃を仕掛けてきた。

 流石に水を得た魚か、水柱から飛んでくるアクアの攻撃はスピードが段違いに増していて、茜は避けるのに必死だった。


「あれはアクア様の『海柱地獄』です。あの柱に阻まれた中は水しぶきが立ち、余計に動きが見え辛くなります……それに、見てください」


 茜は紙一重で避けているはずであったが、掠っていないはずのトライデントは確実に彼女の水着に傷をつけている。


「どういう事だ? 避けているはずだよな?」


「アクア様のトライデントは振っただけで海をも切る程の切れ味があります。触れていなくともその水波で布が切れてしまうのです。あの水柱から繰り出すトライデントを前にすると男達のビキニパンツもものの数秒で糸屑になっていました」


「それは……凄まじいが……それは」


 茜の水着は至る所が破れていて、上の水着はもう千切れそうだった。

 あと少しで千切れそうになった時、茜は目を見開いた。


「はあああああ!!!!!」


「何っ?!」


 気合いを込めた声と共に茜がアクアのトライデントを受け止める。危なかったが、水着はまだギリギリ無事だったのでアッシュはホッと胸を撫で下ろした。


「どおりゃああああ!!!!」


 茜はトライデントごとアクアをぶん回し投げ飛ばす。そのまま追いかけるように空中へ飛びこみアクア目掛けて飛び蹴りを喰らわすも、アクアは間一髪トライデントで受け、そのまま2人とも海に勢いよく沈んだ。


「アッシュ様、こちらをお使い下さい」


「ん? これを使うと見えるのか?」


 海亀に水中眼鏡を渡されたアッシュは急いで海に潜った。

 海中ではダメージを受けたアクアと茜が対峙している。


「やるわね……でも、海中に潜ったのは失敗ね。海は私の庭よ。身動きの鈍い貴女に勝ち目は無いわ!」


(……)


 アクアがトライデントを構えて勢いよく突き進む。だが、茜は聖気を集めて集中していた。

 そして、茜が構えると周りの水流が聖気の流れに合わせて動いていく。周りに出来た渦潮が次第に勢いを増していった。


「なっ! これは……!」


 アクアが水流に動きを捉えられた隙を見極め、茜の拳が水流を貫いた。


「はあああ!!!!!」


「ぐっ!!!」


 拳から出た聖気の波動が水流に乗ってアクアの身体を海の上へ投げ飛ばす。

 海上に投げ飛ばされたアクアは、太陽の光の方に高く飛ぶ茜が一瞬視界の端に見えた。


「せいやああああ!!!!」


 空から繰り出した宙返りからの独特な飛び蹴りはアクアを闘技場へと叩きつける。そして、闘技場に埋まったそのまま動けなくなってしまった。


「なかなかの……一撃ね。貴女の勝ちよ」


「……アンタの速さを見極められたから強くなれたのよ。戦えて良かったわ」


 そう言うと茜はアクアに手を出し、その埋まった体を起こす。2人の間には謎の友情が芽生えていた。

 こんな激しいものが聖女と人魚の戦いなのか? とアッシュは疑問に感じ、恐怖から軽く女性不信になりそうだった。

 それはそれとして、人魚を起こす茜の姿には何か足りないような気がしていた。

 疑問に首を傾げるアッシュの上からひらひらと空から何かが降ってきて、何かと思って掴むと――それは水着の上だった。


「……水着よ……お前はダメだったのか」


 これは絶対に見てはいけないものだと思い、アッシュは静かに海へと潜った。



 ★★★



 そうして戦いが終わった一同はアクアの部屋へと戻って来た。

 茜には代えの服が用意され、人魚が着ているような煌びやかな物ではあるが、ちゃんと服を着ている事にアッシュは安堵した。


「で、貴女が勝ったのだから彼の裸は諦めてあげる。何かミステリアスな事を隠してそうな気がしたんだけどね……惜しいわぁ」


 包帯を巻いたアクアがニコニコしながら見てきたので、アッシュは怖くなって胸元を隠した。服の上からでも何か分かるのだろうかと恐怖を感じずにはいられなかった。


「勝ったんだから看板ちょうだい」


「看板……? ある訳ないでしょう。ま、美味しいものでも食べてゆっくりしてって」


 アクアが家臣を呼ぶと、人魚や魚や半ケツの男が宴会の用意をし始める。

 看板が貰えず落ち込む茜にアクアが話を続けた。


「貴女、強い女を探してるんでしょ? 砂漠へ行ってご覧なさい」


「砂漠?」


「ええ、この先の洞窟を抜けると砂漠の国サハリがあるの」


「え……俺は帰りたいんですが……まだどっか行くの……?」


 間者の仕事を無断欠勤しているアッシュだが、本人の意思は無視され、この先もまだまだ連れまわされるようだった。

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