第2話 聖女 茜は海に行く(中編)



 海亀に導かれて海をしばらく泳ぐと洞窟に辿り着いた。その洞窟は海中へと続く。

 洞窟には魔法がかかっているのか、誰も気づかないようになっていたのだが、ウミガメは勝手知ったる感じでササッと魔法を解除していた。


「人魚の国はこの海底トンネルを暫く進んだ先にあります」


「こんな大がかりなトンネルが海底にあったんだな……」


 そのトンネルはかなり広く長い。少し歩いても先が見えなかった。そして亀がめちゃくちゃ遅い。


「なぁ、これどの位かかるんだ?」


「自分が海を泳いだ時は半日で到着しましたが……陸の洞窟はあまり利用した事が無いのですよね。お1人でしたら気絶させて海を無理矢理引っ張って行きますが」


「気絶でも半日海を引っ張られたら死ぬんじゃ……」


「……とりあえず、この洞窟を真っ直ぐ行けばいいのね」


 茜は海亀とアッシュを小脇に抱えて走り出した。

 物凄いスピードに亀が目を回し始めたが、アッシュは慣れていた。だが、アッシュには他に気になる事があった……


「お前……水着だよな?」


「そうだけどそれが何か?」


「……いや」


 薄い布で小脇に抱えられ、アッシュには茜の横脇と二の腕が直接当たっていた。

 硬い。そう、聖女様の身体は鋼のように硬かった。

 

(騎士団でもこんな硬い筋肉してるやつなんてなかなかいないぞ……? どんな鍛え方したらこんなに硬くなるんだ?)


 見た目は普通の女子並に柔らかそうな体型なのに、茜の筋肉はとんでもなく硬いので、やはり彼女はゴリラであるとアッシュは再認識した。


「……外人にはもう何も期待しない。やっぱり聖国人以外信じられない……」


「は? 何なのよさっきから」


「いや……ん? 何か見えてきた」


 洞窟の先が少しずつ広くなってきたと思うと、急に視界が開けてきた。

 色とりどりのサンゴが広がり、鍾乳石で出来た家が海底内に並ぶ。天井は魔法がかかっているのか、その上にある海が見えるようになっていた。その天井からは何箇所からか滝のように水が流れ、川に続いている。人魚達はその滝を伝って海から降りてきていた。


「すご……これが人魚の国か。初めて見たけど綺麗だな」


「そうでしょうそうでしょう。最近は南国からの移住者も多くて住みやすい国づくりを目指しているのですよ」


「へー」


 見渡すと確かに人魚じゃない人達も居るようだったのだが――


「……1つ聞いてもいいか?」


「何か?」


「人魚の国ではあの格好がマストなの……か?」


 人魚じゃない男達は皆同じような格好をしていた。布面積の少ないビキニパンツに煌びやかな装飾……布面積が少ないなんてもんじゃない、お尻が半分出ているのだ。


「あれは別に強制している訳ではないのですが……最近我が国は外の方と人魚との婚活を推しておりまして、移住してくれるお婿さん募集中なのです。なので、あのように人魚達に美ボディをアピールするような服装が流行っております。元々南国の方々は薄着なので抵抗が無いみたいですが」


「何か普通の格好している方が変みたいね」


「俺は脱がないぞ……?」


 アッシュは背中に大きな傷があり、あまり人前で服を脱がないようにしていた。砂だらけで服が気持ち悪くとも脱ぐ訳にはいかないのだ。ましてや尻が出るビキニパンツ姿になんてなりたくなかった。


「それで、女王は何処にいるの?」


「女王様はあちらです」


 亀の示す先、街の中心部にひときわ輝く大きな宮殿が見えた。そして、その王城の入り口から落ち込んだ様子で帰っていく半ケツの男達が何人もいた。


「アレは何なんだ?」


「女王様に見染められようと挑戦している者達です。その美ボディを見せつけに来たのですが……その、女王様は最近失恋したばかりで、まだ相手が忘れられないようなのです」


「失恋の相手ってこの国の者なのか?」


「いえ……ここだけの話ですが……砂漠の王ジャスティア様なのです……」


 海亀が小声で言った名前は帝国にも名が知られる王である。砂漠の王ジャスティアといえば真っ赤に燃える髪と瞳、褐色の肌。砂漠の誰しもを魅了するとして有名で、その王宮には100人の美女を抱えていたが、最近は王妃一筋になり後宮を解体したと話が流れてきていた。

 砂漠だけじゃなく人魚の女王まで魅了するとは男として凄すぎる、とアッシュは感心した。

 海亀が案内した先には真珠でデコレーションされた大きな扉があった。次々と半ケツが出てくる中、茜は男達の間を割り込んで部屋に入って行く。


「頼もう!!!」


「……何を頼むんだ?」


 茜の掛け声と共に勢いよく入った広い部屋の奥には貝の座に座る美しい人魚がいた。

 海のように深く煌めく青の瞳、パステルピンクと水色のグラデーションの髪には真珠が散りばめられ、上半身は美しいドレスを纏い尾びれにまで宝石が広がっている。


「アンタが人魚の女王ね」


「いかにも。私は人魚の国の女王、アクア。海と砂漠を愛する者よ。貴女は……聖女かしら?」


「アタシは雨宮茜。アンタと勝負しに来たわ」


「……は?」


 これには人魚も目が点である。それもそのはず、この世界、意外と平和なので出会い頭に勝負を仕掛ける者はあまり居ない。そんな通り魔の様な人間は変な異世界人位である。


「何で私が勝負しなくちゃいけないの……?」


 急な道場破りに訝しむ女王であるが、茜は迷いなく続けた。


「アタシが強くなる為よ」


「……変な子。でもまぁ、いいわ。そうね――」


 茜の戦う理由はトンデモ理由だったが、何故かあっさり女王は承諾した。そして何故か茜ではなくアッシュに近づいて来る。


「な、何だ?」


「あなた……その目、本当はもっと赤いんじゃないの?」


「なっ――」


 聖国民の瞳は赤に近い色をしていた。オペラのようにルビーのような色濃い真っ赤な瞳は殆ど居ないが、皆赤の入った目をしている。

 アッシュは羽を落とした時に聖気が抜け落ち、色味も消えてしまったのだが、まだ少し薄く残っていたのか女王に見破られてしまった。


「そ、それが……何か?」


「貴方の身体、見せて?」


 人魚はニッコリ微笑んだ。アッシュは目が点になり、怖くなって胸元を隠した。


「私が勝ったら、彼にビキニパンツになって貰うわ。それなら勝負、受けてあげる」


「別に構わないけど」


「いや、俺は構うが!!」


 何故かアッシュは勝手に景品にされてしまった。絶対に脱ぎたくないので拒否しようとしたが、誰にも聞き入れられず。


「では、景品はアッシュ様と言う事で、勝負でしたらあちらに行きましょう」


 そのまま海亀が仕切り始めた。海亀が案内した先は宮殿から海中を真っ直ぐ空に伸びる海の階段を上り、海面に出た先……そこは広い闘技場のような広場だった。

 アクアは魔法で人間の足に変わり、アッシュ達と一緒に歩いてきた。


「ここはあまり使ってなかったのだけど……最近、私に勝負を挑んで勝ったら結婚したいとか言う馬鹿な男が増えて来たのよね。その男達、どうなったと思う?」


「どうなったのよ」


「パンツをビリビリに破いてやったわ」


「……それは恐ろしいな」


 アクアは歴戦の男達のパンツをビリビリに破いたであろうトライデントを海中から取り出した。7色に光る槍は先が3つ叉、後ろが1つ槍で水しぶきを纏っている。

 茜はそれを見て目がギラギラと輝き、全身に聖気を纏い力を溜める。


 海亀が海中に大きく飛び込んで水しぶきを上げる。その水が2人の間に落ちた時、勝負は始まった。

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