騎士団長は知りません〜〜漆黒の騎士団長の知らない所の話
あニキ
第1話 聖女 茜は海に行く(前編)
【聖女 天宮茜】
帝国の聖女。『聖女の初恋kiss〜魔法学園は異世界のイケメン花園』の主人公。異世界から召喚されたが、悪役令嬢ノエルの過去を変える為に時間を遡る魔法だけを習得してゲームの時間軸からタイムスリップしてきた。
ノエルを闇の竜や悪い魔道士から守るために筋トレをし、聖気を纏った拳で殴るという脳筋聖女。
異世界では生きる意味を見出せなかったが、今はノエルの笑顔を守る為だけに生きている。
【聖国の間者アッシュ】
騎士団員の1人。聖国の間者だが、早々に皇帝にはバレていた。
元は有翼人であるが、間者として潜入した時に羽を落とし、聖気も失った。
聖国の為に働いていたが、帝国で生活するうちに魔族への見方や他国への印象に変化が芽生える。何故か聖女に巻き込まれる不幸体質。
※本編101話、聖国から帰って来た後の話です
―――――――――――――――――――
「……ねえ、何やってるの?」
「何って……仕事ですが?」
執務室の皇帝を木の上から盗み見るアッシュを、呆れた顔で見上げる聖女茜。
アッシュの日課は悲しいかな、帝国の皇帝のストーカーであった。
「……ストーカーよね?」
「まぁ、そう見えるとしたらそうかもしれないな。だが、ノエルのストーカーのお前にだけは突っ込まれたくない」
茜が木を思い切り蹴ると、虫のようにアッシュは落ちてきた。
「ノエルたんを呼び捨てにすんなって言ったわよね」
「ノエルたん様……」
地に落ちたアッシュからはスカートの中が見えそうになったが、その前に顔面を踏まれた。
(……酷すぎる、自分が何をしたのだろうか)
アッシュは間者とバレてからことごとく目の敵にされていた。何故自分にばかりそのように当たるのか、理由は全く分からなかった。
最初は、異世界人である茜が間者のアッシュに同じ孤独感を見て構っているのだろうかとも思ったのだが、一連の扱いを加味して考えた結論はただの八つ当たりだった。
そもそも茜はフォルティス家のメイド達やノエルとも仲が良く、なんならこの世界には異世界人の転生者が沢山いるのだ。何かが足りないとすればサンドバッグだった。
逃げようとするアッシュを掴み、茜はニコリと微笑む。
「暇なら付き合って欲しいんだけど?」
「だから見て分かるだろ……いや、分からないから言ってんだよな。仕事に見えないかもしれないが、俺はコレが仕事なんだよ。頼むから邪魔しないでくれ……」
「アンタの意見は聞いてないのよ」
「……じゃあ何故聞いた」
アッシュの意見を無視してズルズルと引きずって行く。こんな理不尽な聖女があるだろうか、とアッシュは泣いた。
聖国の教えでは、聖女や勇者は清らな存在であった。だが、目の前の聖女はアッシュにとっては清らかさのかけらも無いゴリラだった。ちょっと聖気が多いだけのゴリラである。
「何で毎回俺を巻き込むんだよ……」
「1人じゃ心細いじゃない。他に付き合ってくれそうな友達は居ないし」
「心細い……? お前が……?」
(聞き間違いだろうか。あと、俺も友達になった覚えは無いのですが……? いつの間にか俺は友達になったのか??? ……いや、なってないなってない)
仮に友達だとして、この仕打ちはあまりに酷すぎる。拒否権があるならば即友やめ案件だが、残念ながらサンドバッグに拒否権はなかった。
★★★
なんやかんやとズルズル引きずられ、アッシュが連れて来られのは海だった。砂浜が白く波が高い海。茜は何故か水着だった。
「……何で海? まさかデートじゃないよな……?」
「いや気持ち悪い事言わないでくれる?」
アッシュは心底安心した。ゴリラとデートなど御免だったから。海の観光客達が水着姿の茜の美しさに見惚れているが、アッシュにとっては水着を着たゴリラにしか見えなかった。
「失礼な事考えてそうな目をしてるわね。何しに来たかって? もちろん修行よ」
「修行……? ああ、あれか。オペラ様に負けたのが悔しかったのか」
図星を突かれたのかピシリと茜が止まった。
「まぁ、オペラ様は美しいだけじゃなく強いからな。かって攻め入って来た魔族に1人で対抗した様は凄まじかったが……その後、魔王と戦う為に修練して古代の神聖魔法も習得しているんだ。お前が見たのはオペラ様のほんの一部に過ぎない。オペラ様が本気で戦えばあんなもんじゃ済まないからな」
「本気じゃ……ない?」
「ああ。お前は遊ばれてたんだよ――ぎゃっ」
「ふふふふふふふふ」
聖女はアッシュの顔面を平手で掴んで力を込めた。
「待て待て、俺は何もしてないぞ。痛い――ごめんなさい」
アッシュはそのまま頭だけ残して砂浜に埋められた。
「あの……一体何の修行なんだこれは……まさか俺の修行じゃないよな? 俺は戦わないぞ……」
「アンタの後ろにある海を、アンタに傷1つ付けずに割る修行よ」
「ん? 何て?」
アッシュには意味が分からなかった。だが、その疑問を無視して茜は力を込めて聖気を集め始める。
「聖気ってそんな武闘家の呼吸みたいに集めるものだったか?? もっと神聖な感じで祈るヤツだった気がするんだが――」
「ハッ!!!!」
カッと目を見開いた茜は拳を地面に振り下ろした。アッシュは嫌な予感がして全力で首だけ横に避けると、紙一重の砂地が抉られ海が大きく割れる。
「……何で避けるのよ。傷1つ付いてないか分からないじゃない」
「今のは確実に付いていたぞ……あと、別に手前の奴に傷がつこうがつかまいが関係なく無いか?」
「手前に傷付けない方がカッコいいじゃない」
「その辺りのセンスは全然わからな――ん?」
アッシュが砂から這い上がり海の方を見た時、割れた海が元に戻る前に何かが見えたような気がした。
「今、何か見えなかったか?」
「んー……?」
目を凝らしてよく見てみると、亀裂の入った砂地から真っ直ぐ海に伸びた先に亀が浮いていた。
「亀だな……」
「……亀ね」
恐らく、聖女海割りが直撃したであろう亀が海から真っ直ぐ流れてきた。頭にはでかいタンコブが出来ている。
「ねえ、これってウミガメ? それとも魔獣か何か? アタシ、この世界の世界観とか生き物とか、細かい事よく分からないのだけど……」
「俺も聖国と帝国以外に出た事無いからよくわからないな……海だって初めて見たし」
「やっぱ産卵途中のウミガメかしら?」
「自分は雄なので卵は産めません」
会話を聞いていたウミガメ(?)がむくりと起き上がり話出した。
「喋った……て事は魔獣?」
「魔獣か動物かのくくりは分かりかねますが……自分は人魚の国から来ました。助けてくれたお礼に人魚の国にご招待します」
「……浦島太郎?」
「というか助けた記憶は無いな……」
アッシュは思った。むしろ茜が危害を加えた方である。この場合のお礼とは、報復のお礼参りと同じ意味なのではないかと思うと絶対に付いて行きたくはなかった。
「……1つ聞きたいのだけど?」
「はい、何でしょう?」
「人魚って強い?」
「は?? うーん……人魚の女王様は海に伝わる伝説の武器・トライデントを操る、海最強の女王と言えなくも無いですが……それが何か?」
「行くわよ」
「……え? 行くの?」
茜の目は爛々と輝いていた。
オペラと戦ってからというもの、強くなる事に固執し毎日のように修練を重ねていたのだ。
アッシュは聞いた事があった。異世界の書物では修行の為により強い者に挑戦して戦い、戦いの中で強くなって行くという風潮があると……その流れになりそうになっていて震えた。
「お前……人魚の国に殴り込みに行くつもりか?」
「私のいた世界には『道場破り』という言葉があってね……修行の為に道場で1番強い者と戦って看板を奪うのよ」
「いや、人魚の国に看板無いだろ」
茜はやはり殴り込みに行く気満々であった。
「どのみちお礼がしたいって言ってるんだから受けて立つわ! さ、行くわよ」
「俺……帰っちゃダメ……?」
「心細い女子を1人にして見捨てる気?」
「心細いヤツは殴り込みなんてしない……」
ズルズルと引きずられたアッシュは、泣きながら亀と一緒に海に潜った。
茜もアッシュも知らなかったのだが……この亀、人魚の国の素晴らしさを普及したいが為に度々人間を人魚の国に招待しているので、お礼というのも本当に接待するつもりで言っていたのだ。
かくして、亀はとんでもなく厄介な客を人魚の国に招待したのだった。
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