第9話 新生活

 マクシミリアンはスミスに案内されて、共同住宅の中に入った。家の壁は真っ白な壁紙で覆われていてなんとも無機質な感じだ。この空間に1人で長時間閉じ込められたら確実に気が狂いそうになるほどに。


「1階部分は共同スペースだ。共同生活においては調和が何よりも必要だ。みんなの輪を乱すようなら即刻叩き出してやる」


 スミスは手をぽきぽきと鳴らしてマクシミリアンを威嚇した。工場勤務で、屈強な労働者に囲まれて仕事をしていたマクシミリアンにとっては、体格が良いとはいえ老人にビビることはなかった。


「ええ。気を付けます」


 大人の対応をするマクシミリアンにスミスは眉をひそめて不快感を露わにする。スミスの見立てではマクシミリアンは“反抗期の血気盛んな坊主”だったので、ちょっとした挑発をスルーされたのは面白くない。14歳とはいえ、家族を支えるために働いている彼は安い挑発には乗らないのだ。


「2階の行くと個別の部屋がある。好きな空き部屋を使うと良い。ネームプレートを渡すから、部屋を決めたらそれに名前書いて扉の前にかけるんだな」


 スミスは戸棚の引き出しから木彫りのネームプレートを取り出してマクシミリアンに渡した。つい最近彫られたかのように、新鮮な木の匂い。所謂、新築の家のような香りが漂って来た。


「部屋を決めたのなら、1階に降りてこい。お前には共同生活を送る上で必要な仕事を教えてやる」


「仕事? 給料は出るんですか?」


 もし給料が出るのであれば、故郷の家族に仕送りしたいと思うマクシミリアン。だが、彼の発言を受けてスミスは鼻で笑うのであった。


「バカ言え。そんなもの出るか。ここの家賃や食費はタダになる代わりに労働力を提供しろってことだ。まあ、ギブアンドテイクってやつだな」


 仕事という言葉で給料が出ると期待したマクシミリアンは酷く落ち込んでしまった。自分がお金を得られないことよりも、故郷の家族の方が気がかりなのである。せめて、仕送りでも送ることができたのならば、多少は悩みの種は解消されるというのに。


 自分がここにいても家族の生活が良くならない。ならば、余計に早くこの村から出られるようにがんばろうと決意をするマクシミリアン。2階へと上がり、ネームプレートが取り付けられていない部屋の下見を行った。まずは1つ目の部屋を見てみる。部屋の中は、共有スペース同様壁紙が白一色で本当に不気味な空間だった。就寝用として用意されているシングルサイズのベッドが1つ。衣服をしまうためのクローゼット。部屋の中にあるのはそれだけである。本当に必要最低限のものしか……いや、もの“すら”ないと言った方が正しいのかもしれない。


 2つ目、3つ目と連続して部屋を見ていくが、部屋のスペース。備え付けの家財。どれもかれも似通っていてなんの変化もない。最早、なにを基準に部屋を選んでいいのかわからない状態である。


 適当にこの部屋を選ぶかと現在のいる部屋を安易に住処に決めようと思ったマクシミリアン。しかし、その次の瞬間。隣の部屋からベッドが軋む音と歯ぎしりの音が聞こえた。ここの壁はそんなに厚くなくて、隣の生活音が聞こえてしまうのだ。


 その事実に気づいたマクシミリアンはこの部屋をやめることにした。騒音対策で、隣に部屋が埋まってない部屋に絞り込み、その中から1番日当たりが良い部屋を選んで自分の名前を書いたネームプレートを取り付けた。これにて、部屋の確保は終了した。


 1階に降りるとスミスが細長いケースを担いでいる。それの正体がわからないマクシミリアン。怪訝そうな顔をする彼に対して、スミスは特に触れることはなく出入口の方を向いた。


「行くぞ坊主。この近くに林がある。早くしないと日が暮れてしまうぞ」


「はい」


 いそいそと共同住宅から出るスミスを追いかけるマクシミリアン。流石に若者のマクシミリアンが見た目が老齢のスミスに遅れを取るはずがなく、すぐに彼に追いついた。


 共同住宅から北に500メートルほど進んだところに良く手入れされている林があった。ちゃんと人の手が入っているお陰で奥へと進みやすい。


「結構手入れされている林ですね」


「ああ。俺を中心に男連中が増え過ぎた木をきちんと伐採している。木材は貴重な資源だ。燃料がなかったら、発電機械すら回せねえ。電力会社から電気が供給されている市街地と違って、こんな辺鄙へんぴな田舎じゃあ自分達で発電するしかねえ」


「なんだか大変そうですね」


 マクシミリアンの故郷では、きっちりと電力のインフラは整えられていた。それ故に自分たちで発電するということに対してあんまりイメージが湧かなかった。


「大変なんてもんじゃねえさ。言っておくけど、消灯時間は絶対に守れ。寝るのか起きているのかは当人の自由だが、夜間に無駄に電力を消費したくねえ。そんなに多く蓄電できるわけでもねえしな」


「はい。わかってます。夜更かしする趣味はありませんからね」


 そんな話をしていたら、スミスが「ついたぞ」と言った。林の中でも木が密集しているところだ。


「現在はこのエリアの木々が育っている。だから、こいつで斬り倒してやるのさ」


 スミスはカバーがかかっている細長い物体を見せつけた。そして、カバーを外すと中から出てきたのはチェーンソーだった。


「チェーンソーですか? 実物は初めてみました」


「きちんと手入れすりゃあ100年弱は持つだろうよ。後で坊主にも手入れの仕方を教えてやる」


「100年弱……? そんなに時間が経ったら流石にもっと良い性能のチェーンソーが出るような」


 人間の技術は日々進化している。仮に100年先まで持つ機械があったとしても、その機械は優秀な後輩たちのせいで立つ瀬がなくなっているのが世の常だ。


「それじゃあ、俺がこれから“こいつ”で木を切るところを見てろよ」


 スミスはそう言うと、チェーンソーで木を楽々と切り始めた。文明の利器を使っているだけあって、斧やのこぎりで木を切り倒していた時代と比べるとそのパワーは桁違いである。


 あっと言う間に木は切り倒されてしまった。その鮮やかな手際の良さにマクシミリアンも思わず惚れ惚れしてしまった。


「坊主。お前も木を切ってみろ」


 そう言うとスミスはマクシミリアンにチェーンソーを渡した。ずっしりと重いものを持つ感覚。第二次成長期を迎えて、筋肉がメキメキと育っていって万能感を得ていたマクシミリアン。自分は力持ちである部類だと思っていたけれど、いざ実際に重いものを持ってみると、それは扱い辛く感じてしまう。


 所詮は過去の自分と比較して力がついていただけに過ぎない。老体の身ながら、チェーンソーを自在に操るスミスとどうしても比較してしまう。自分は、まだまだ非力な部類であるとマクシミリアンは自信を喪失してしまった。


 なんとかバランスを保ちながら、チェーンソーを起動して木を横方向に切断していくマクシミリアン。真っすぐ切断したスミスと比較して、マクシミリアンのチェーンソーにはブレがあって曲がっていた。正しい方向に進まないチェーンソーは勢いが衰えて、スミスのより大分時間がかかってから歪な切り口の木が倒れる。


「まあ、初めてならこんなもんだろ。それじゃあ、この丸太を持って行くぞ」


 チェーンソーと丸太を抱えてスタスタと歩くスミス。一方でもう1本の丸太を持つマクシミリアンは丸太の重さで少しスピードが落ちてしまった。スミスもそのことを考慮して、普段より歩く速さを緩めてくれていた。


「この丸太を作業場まで持って行ったら、燃料サイズにカットして発電機の燃料にする。わかったか? この村では電気は貴重なんだ。この労力を考えたら無駄遣いなんてできないだろ?」


「そうですね……」


 発電1つするのにも重労働を強いられてしまう。マクシミリアンは電気の無駄遣いはやめようと肝に銘じるのであった。

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死を遠ざける病とハンナ・ベイカー医師の研究記録 下垣 @vasita

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