第3話 ハンナ・ベイカーの企み
病院内に入ったマクシミリアン。病院の待合室を見て、彼は奇妙な光景だと思った。そこにいたのは、年寄りが多くて、若くても40代くらいの男女が集められていた。伝染病に感染した者が集められているという話で、年老いれば免疫機能が衰えて病気にかかりやすくなる。だから年寄りの比率が多くなるというのは、理屈の上では納得できる。しかし、それを差し引いても年寄りの率が異常なのだ。若者は見当たらないし、自分と同じ年頃の子供もいない。
マクシミリアンを見かけた女性看護師は、彼の元に足早に駆け寄ってきた。
「キミがマクシミリアン君かな?」
マクシミリアンとほぼ同じ身長の看護師は目を合わせてにっこりと微笑んだ。
「えっと……はい」
「うん。それじゃあそこで座って待ってて。先生の手が空いたらすぐに呼ぶから」
看護師に促されるまま、待合室のソファに座るマクシミリアン。彼の隣にいた生気がない皺だらけの老人。彼はぷるぷると小刻みに震えていた。
「お、あ、あ……ええ……う、く」
マクシミリアンの方を見て、わけのわからない言語を呟いている。一見、不気味な光景ではあるがボケた老人にはよくあることだとマクシミリアンはスルーした。老人の服飾品も夏場だと言うのにスカーフを巻いている意味不明さ。下手に触れない方が良いと判断した。
しかし、マクシミリアンが関わろうとしなくても、老人が杖でマクシミリアンの脛をぺちぺちと叩いている。相手がご老体故に最初は我慢していたマクシミリアンだが、地味に痛い攻撃を何度も続けられて、堪忍袋の緒が切れそうになった。
「おい! 爺さん! なにすんだよ!」
マクシミリアンは老人の杖を奪い取り、立ち上がった。老人は虚を突かれた顔をして、ぷるぷると震えている。
よく見ると老人の肌は少し黄ばんでいる。マクシミリアンが無理矢理、杖を奪い取った衝撃で老人のスカーフがはらりと落ちた。その時、マクシミリアンは驚くべき光景を目の当たりにした。
老人の手や顔は皺だらけなのに、首には皺が1本たりとも生えてなかった。まるで20代か30代の若者のような肌質。明らかに異様な光景だ。
「あ!」
看護師がこちらに近づき、素早くスカーフを拾い上げた。そして、しゃがみこみ、慣れた手つきで老人の首にスカーフを巻いた。一方でボケ老人はそんな看護師の臀部に触ろうとした。流石にマクシミリアンはそれを看過できずに、先程奪い取った杖でペチっと老人の手の甲を叩いた。
「マクシミリアン君! 困ります! 男の子だから元気なのはわかりますが、お年寄りと揉め事を起こさないで下さい!」
「え? 俺が悪いんか?」
一方的に杖で叩かれた被害者なのに、なぜか理不尽に怒られるマクシミリアン。この不気味な老人にはもう関わり合いたくないと思ったので、座らずに立って待つことにした。
「マクシミリアン君。どうぞ」
診察室から女性の声が聞こえた。マクシミリアンは呼ばれたので、そのまま診察室の扉を開けて中に入った。
診察室には白衣を身に纏った女医だ。年齢は自分の母親より少し年上くらいだとマクシミリアンは思った。
「さて、マクシミリアン君。キミは今どういう症状か教えてくれるかな?」
「はい。数日前から咳が止まりません。特に仕事中にその症状が酷くなり、現場監督に心配されるほどでした」
「なるほど。今は落ち着いている感じかな?」
「はい」
問診表にメモを取っていくベイカー医師。しかし、彼女はマクシミリアンの咳のことなど微塵も興味がない。咳の原因がなんであれ、マクシミリアンが現在、目立った病気をしてない健康体であることを知っているのだ。
「ふーん。熱が出たとかはある?」
「いえ、熱は出てません」
「頭痛、吐き気、眩暈の症状は?」
「ありません」
「夜はきちんと眠れてる?」
「はい」
「ふーん……現状で目立った症状は咳だけね。それなら、初期症状だから早めに薬を飲めば大事には至らないね」
「あの……俺の父さんも伝染病にかかってましたけど、咳は症状が酷くなってから出たんですけど」
マクシミリアンの父親も都で流行っている伝染病にかかって亡くなったのだ。その様子をきちんと見ていたマクシミリナはベイカー医師の発言に疑問を覚えた。
「いえ。伝染病と一口に言っても、ウイルスは常に変異しているから、型が違うことがあるの。型が違えば出る症状も若干異なる。恐らく、お父さんとキミとでは罹患した型が違うんでしょう」
全くのでたらめである。しかし、医学に対する知識がないマクシミリアンはそれを信じる他なかった。専門的な知識を持っている人間がそれっぽいことを言えば、門外漢を騙すことは容易である。
「そうですか……俺は治るんですか?」
「ええ。私の元で適切な治療を受ければ、必ず家族の元へ帰れるわ」
「そうですか! ありがとうございます」
「とりあえず、マクシミリアン君。今日は検査入院しましょうか」
「はい……」
「キミの病室は201号室ね。感染対策にくれぐれも指定された病室から絶対に出ないこと。特に他の病室へ行くことを固く禁じるわ」
「あの……トレイに行きたくなったらどうすれば……」
「その辺はうちの看護師に処置してもらいなさい。ナースコールの使い方はわかるわね?」
「あ……はい」
年頃のマクシミリアンにとって、女性に下の世話をされるのは気恥ずかしいものがあった。
「それじゃあ、診察はこれで終わり。後で看護師に病室まで案内してもらってね」
「ありがとうございました」
ベイカー医師に礼を言い、診察室を後にしたマクシミリアン。待合室で待っていると案内のためにきた看護師に連れられて病室へと向かった。
4人用の病室ではあるが、他に患者の姿はなく、実質個室状態だった。マクシミリアンは入り口から見て左奥のベッドへと寝かされた。
「なにかあったらナースコールを鳴らして。遠慮しなくていいから」
「はい」
看護師が病室から出て行った後、天井を見てため息をつくマクシミリアン。枕が変わると眠れないタイプではないが、全く知らない土地の知らない病院に寝かされて落ち着かない気分だ。
こんな田舎の村にはどうせロクな娯楽はないが、入院中なら余計にすることがない。今までは、父親が存命の時は学校に行き、勉強をして、放課後は日が暮れるまで友人と遊び、家に帰れば家族と語らい眠る日々だった。父親の死後は学校が職場に変わり、一生懸命働き、終業後は先輩の工員に学生ではできないような遊びを教えてもらったりした。
マクシミリアンの今までの生活において、何もせずに寝ているだけの日々というものは存在しなかった。だからこそ、今のこの状況が時間を無駄にしているような気がして一種の罪悪感のようなものを覚えているのだ。
せめて、同じ病室に入院患者がいてくれたら話し相手になれたかもしれない。そう思うと実質個室な状況が恨めしく思える。
◇
本日の業務を終えたハンナ・ベイカー医師。時刻はすっかり深夜である。彼女は、フルフェイスの防護服を身に纏っている。ロウソクを持って、病院内を固く閉ざされた扉を開錠して中に入っていった。そこは地下室へと降りていく階段があり、足を踏み外さないように慎重に慎重に降りていく。コツーンコツーンとヒールの音が壁に響き渡る。
地下室には病院施設にあるとは思えないような巨大な檻があり、そこには1匹の毛むくじゃらなケダモノが収容されていた。
ケダモノは鼻をヒクヒクさせた後に鉄製の檻に思いきり突進した。ベイカー医師はそれに怯むことすらなく、長い棒状のものを手に取った。その棒の先端を檻の中に入れて、ケダモノがしたと思われる便を棒状のもので突いた。そして、先端についた便を特殊な薬剤が入っている容器にいれて持ち帰った。
「まだあの少年で実験するのは早い。もっと老人共で実験データを取らなければ」
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