第2話 特異な村
マクシミリアンが住んでいる郊外の街から少し外れたところにある小さな農村地帯。そこにマクシミリアンと彼を見送るために母親と弟が来ていた。3人は感染対策にマスクを着用していた。
指定された時間まで待っていると、自動車がこちらに向かって来た。舗装されていない田舎道のせいでガタガタと揺れていたが、構わず走っている。
運転手はフルフェイスの医療用防護服を身に纏っていて、伝染病の感染対策をしている様子だ。運転手がマクシミリアンに気づくと車を停車させて、手に持っていた写真と見比べていた。
運転手は無言でハンドシグナルを送り、マクシミリアンに車に乗るように促した。マクシミリアンは運転手に向かって頷いて、その後に振り返り母親と弟の方を見た。
「それじゃあ、母さん。チャーリー。行ってくる」
「兄ちゃん……帰ってくるよね?」
弟のチャーリーは泣きそうな顔で、兄のマクシミリアンを見た。兄に心配をかけように涙を堪えるが、まだ幼いチャーリーに溢れ出る涙を止めろと言うのは酷なことだ。
「そんな泣きそうな顔をするな。チャーリー。すぐに病気を治して帰ってくる。そうしたら、また遊んでやるからな」
「うん! 兄ちゃんがいない間、お母さんのことは俺に任せておいて!」
漏れ出た涙を指で拭い、笑顔を向けるチャーリー。
「マクシミリアン……また家族3人で一緒に暮らしましょう」
「ああ。母さん……」
本来なら
「もういいのか?」
運転手はマクシミリアンを一瞥することなく、尋ねる。マクシミリアンは「ああ」とだけ言った。
「そうか」
運転手は車を発進させて、目的地へと向かう。遠くなっていく母親と弟。やがて2人の姿は見えなくなり、マクシミリアンは胸の内が苦しくなった。これは
この時のマクシミリアンは知らなかった。もう2度と母親と弟に会えないことを。今生の別れだと知っていれば、もっと言葉を交わしていたのに。否、そもそも、真実を知っていればこの車に乗ることもなかった。
◇
フルフェイスの不愛想な運転手と共にドライブをすること10数時間。途中で挟まる崖の道に、恐怖心を覚えるマクシミリアン。
「お、おい。この道、本当に大丈夫なのか?」
「心配いらねえ。確かに崖の道だが、幅はそんなに狭くねえ。こんな道でコース外すのは余程、運転がドヘタクソなやつだけだ」
慣れた手つきでハンドルを捌く運転手。山道特有の揺れで生きた心地がしなかったマクシミリアンは完全に縮こまっていた。
崖を抜けた先は、トンネルがあった。長い長いトンネル。村と外界を繋げる唯一の通り道。これが封鎖されれば、村人は永遠にこの村に閉じ込められてしまう。正に生命線だ。
トンネルを抜けると、そこは田舎の村だった。都心近い郊外に住んでいたマクシミリアンにとっては、落ち着かない雰囲気の場所だ。
車を停車させると運転手はフルフェイスを脱ぎ去った。髪の毛がふさふさの好青年という感じで、人当たりが良さそうな雰囲気だとマクシミリアンは感じた。
「ふう……いやー。フルフェイスマスクは暑かったな。特にこの時期は蒸れるっつーか」
青年は少し汗ばんでいて、手で自身の顔を扇いでいた。運転中の不愛想な雰囲気とは違う印象だ。
「そのマスク……取っていいのか?」
「ん? ああ。これか? 気にすんな。こんなの単なる感染対策してますよって、ポーズだ。ウイルスが怖くて、こんな村に住んでられるかっつーんだ」
青年とマクシミリアンは車から降りた。
「さあ、来な。坊主。病院に案内してやる」
「あ、ああ……」
青年に案内されて徒歩で病院に向かう。その道中では村人と普通に遭遇した。村人は元気そうな様子で普通に活動をしている。マクシミリアンは患者を田舎に隔離しているというイメージから、もっと閉鎖的で陰鬱とした場所を想像していた。
「なあ、ここって本当に病人が隔離されている村なのか?」
「さあな。俺も詳しいことはわかんねえ。俺は医療従事者じゃねえからな。ただ単に外界と村を繋げるための足だ。必要物資を届けたり、お前みたいな患者をこの村に連れてくるだけの仕事をしている。ただ、村以外では余計なことはしゃべんなって言われてるけどな」
運転中に青年が無愛想だった理由に合点がいったマクシミリアン。車内での気まずい空気とは一転、和やかな空気になった。
そうして病院前に辿り着いた2人。病院の建物は田舎にある医療施設とは思えないほどに大きな建物で、村で1番大きい建物だった。
「坊主。1人で大丈夫か? 不安なら俺が付いていくけど」
「大丈夫だ。これでも、ちゃんと働いている年齢だ。1人で診察くらい受けられる」
「はは、そうか。それじゃあ、ここでお別れだな。この村に滞在していれば、また会うかもしれねえけど」
青年は
「ん? どした?」
「あんた、ここの足役だって言ってたよな? もし、俺が退院することになったら、あんたが俺を故郷に送り届けてくれるのか?」
マクシミリアンの質問に、困ったように頭をかく青年。
「んー。さあな。わかんねえや」
「わかんねえってどういうことだよ!」
故郷に母親と弟を置いてきたマクシミリアンは現状、不安な気持ちでいっぱいだ。少しでも情報を仕入れておきたいという気持ちがあり、それを適当な返事をされたことに苛立ちを覚えている。
「んー。だってな。俺は、この村に隔離されるやつを運んだことはあっても、退院して元の場所に送り届けたことは1度もねえんだ」
「え?」
マクシミリアンは血の気が引いた。その青年のセリフに形容しがたい不安を感じたのだ。足元から絡みつく得体のしれない見えないモノ。その見えない何かから、マクシミリアンをこの土地から離さないと言う意思を感じた。
「まあ、そんな不安そうな顔すんな」
青年は笑顔でマクシミリアンの頭をポンと叩いた。
「帰りは、俺以外の別の業者に頼んでるんだろ? 俺はこの村の人間じゃねえから詳しい事情は知らねえけど、帰れねえってこたあねえだろ」
「そ、そうだよな」
青年の励ましでマクシミリアンは得体のしれない恐怖から解放された。もしかしたら、帰れないかもしれない。そんな不安を払拭できたのだ。
「じゃ、じゃあ。俺は行くからな……患者にこんなこと言うのも変だけど、元気でな!」
「ははは、そこはお大事にだろ」
「あ、ははは。そうだよな」
青年はそそくさとその場から立ち去った。そもそもの話、この村と外界はそれほど多くやりとりをしているわけではない。何度も何度も外界とやり取りをするのであれば、複数の業者に運搬を頼むのはありえるかもしれない。だが、この村の規模では青年1人で十分賄えるほどの作業量しかない。つまり、複数の業者に依頼する理由がない。
それに長距離運転や崖や山道など険しい道もある。大抵の業者は嫌がる道なので、その分運送コストが高くつく。青年はこの村と包括契約をしているし、そこに別の業者とわざわざ割高で個別契約をするメリットがどこにもないのだ。
青年は自分が唯一の足だと理解していた。その自分が、退院した者を元の場所に送り届けたことがない。それは、この村に送り込まれた患者は、2度と故郷に戻れないことを意味していた。
正直、マクシミリアンをこの村に届けたことに罪悪感を覚えてないことはない。だけど、青年にはそれを拒否するだけの正当な理由がない。それに、青年もこの村のきな臭さというものを肌で感じていた。この異様な矛盾点を指摘したら、自分の身の方が危ない……と。
青年は振り返ることなく、自分の車に乗り込んで村を後にした。
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