第8話
そんな生活を送っていると、お客の中にも常連、と呼ばれる人たちが何人も出来る。
そんな中でも一際変わっているのが、今ガラス張りのドアを開けて入ってきた若い女性だ。
必ず決まって深夜3時ごろに来店し、この世界では珍しくジャージを愛用している。
目にクマを常に貼り付け、大量の栄養ドリンクと万年筆用のインク、そして紙を買って無言で去っていくのだ。
「あんた、最近良く見るわね、店長はどうしたの?」
よく見るも何も、ここ1ヶ月夜勤はずっとケイトなので、ほぼ毎日顔を合わせているのだが。
そうは思っても、ケイトは客商売なので顔には出さない。
「そうですね、1ヶ月ぐらい働いているんで」
今月いつも顔を合わせてますよ、というのをチクリとアピールしてみる。
別段特に何の意味もないのだが、認識すらされていないというのは面白くない。
「へー、このバイト、すぐ人やめちゃうし、深夜だから女性にも任せられないし、いちいちバイトの顔なんて覚えてないのよ、気を悪くしたらごめんね」
意外にも女性は俺の意図を読み取り素直に謝罪した。
「いえいえ、気にしてませんよ」
少し気を良くしたケイトは態度を和らげて答える。
「でも、存在すら感じさせないなんて深夜のコンビニ店員としてはクオリティ高いわよ。天職じゃない? 長く続けてくれると嬉しいわ」
「それって褒められてるんっすか」
お前、存在感ないよな、そう言われて気を良くする人間はいないと思う。
いかにもコンビニ店員、という感じだとしても。
ん?
「名前は……ハンゾウ=ハットリって忍者なの? その存在感の薄さは家系なのかしら。面白いじゃない、コンビニ店員の忍者なんて」
女性はお腹を抱えてケラケラと笑い出した。
あれ? 普通に会話が成立していないか?
「あー! もうこんな時間、ごめんなさい、また今度話しましょ」
気を良くした女性はそのまま話す間もなく商品を受け取ると去っていった。
この名前に反応する、しかも忍者というキーワードまで出して。
そして、まるでコンビニ店員がどういうものか知っている……考えるまでもない。
あいつがサラディだ!
ケイトは急いでコンビニを飛び出すが、件の女性はもう夜の闇に消えてしまっていた。
「また来るって言ってたし、その時聞いてみるか」
そう言うと、ケイトは再びコンビニに入ると深夜清掃の作業に戻った。
「ハンゾウ、そろそろ交代だ」
「うぃーっす」
朝出勤してきた店長のジュネスと交代し、ケイトは勤務を終了する。
ジュネスは、元々はこの街で食料品などを含む雑貨を商う小さな商店を営む店主だったが、この街の大改革 の際に服飾やカフェなどの専門知識がないという理由でコンビニを充てがわれた。
今でこそケイトという夜勤要員が来たことによって24時間営業を実現したのだが、当初はジュネスだけでなるべく長時間営業することを本部(領主)に強いられ、1日20時間勤務というどこかで聞いたようなブラックな生活を送っていた。
ケイトは夜中のあの客について聞いてみることにした。
「夜中にジャージでほぼ毎日栄養ドリンク買い込んでいく客いるじゃないですか」
「ああ、いたなぁ。最近はお前が夜勤だから顔を合わせてないが」
「あの人ってどういう人なんですか?」
「どう、ってどういう意味だ?」
そりゃそうだ。
いきなりそんな事言われても意味がわからないだろう。
「いやちょっと気になることがあったんで、何してる人とかどこに住んでるか知りたいんですが」
「お前……ああいうのがタイプなのか……。やめときな、深夜に毎日栄養ドリンク買い込む女なんてロクな女じゃないと思うぞ」
「いや、ちがくて。そういう意味じゃないですから」
「じゃあどういう意味だ?」
「なんとなく同じところの出身なんじゃないかと思いまして。珍しい土地なので同郷なら仲良くしたいなぁと」
まあ嘘ではない。
同じ日本人だろうし。
「南の方のど田舎だっけか。だが多分違うと思うぞ。あの客は多分相当地位の高い貴族だ。俺が営業時間を短縮したいと言ったら、わざわざ命令系統すっ飛ばして直接この店まで来て、コンビニはずっと開いていなきゃいけないと、2時間ぐらい熱弁されたからな。隣にいた役所の人がなんとか収めようとして困っていたから結局俺が折れる事になった。つまり、かなりの高位、普段だとお目通りもかなわないぐらい中枢の人間だ。そんなやつがどこか知らんが南のど田舎出身とは思えない」
なるほど、かなり高位の貴族、やはりサラディの可能性が高いか。
後は、まあ本人に尋ねるほうが早いか。
「側近にお前と同じ地方の人がいるのかもな。どうせ今夜も来るだろ。直接聞いてみればいい」
「そうしてみます」
その後、いくつか引き継ぎ事項を伝えて、ケイトは夜中に廃棄になった弁当2つとペットボトルのお茶をビニール袋に詰めると、正面のガラス張りの扉から街へ飛び出した。
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