第9話
朝日がまぶしい、まるでキラキラしたこの世界全てが自分を否定するようだ、ケイトはすっかり夜勤に病んでいた。
夜勤はやめとけ、そう言われる理由がよく分かる。
朝キラキラした街中を歩く人々を目にする度に、この人達が日の当たる世界で生きている時間に俺は家で室内を暗くして眠るのだ、とケイトは思う。
自分がどこかまともな人生を歩んでいないという劣等感が、日増しにケイトの心を蝕んでいった。
コンビニからほど近く、アパートへの帰宅途中にある、街中に設置されたATMにカードをかざすと、今日一日の給料が振り込まれる。
何故かこの街の全ての人々の給料は日払いであるため、毎日こうやって仕事終わりにカードをかざす必要がある。
ちなみにやり忘れるとその日はタダ働きだ。
最初の頃1度やらかしたが、このルールだけは絶対のようで、労基代わりに仕事を斡旋してくれた役所に駆け込んでもどうしてももらえなかった。
その日は役所のお姉さんが厚意でくれたおにぎり2つでしのいだのは良い思い出だ。
ただ、そんな生活をしていても1ヶ月も暮せばこの街についてわかったことはいくつかある。
1つ目はこの街はハリボテである、ということだ。
ビルも何もかも本物だが、電気などはなく、コンビニのレジも実際の中身は魔法で動いている、らしい。
だから、電子決済じみたこのシステムはあるが、レジに計算機能はなく、金額はケイトのやったように手動でそろばんを使って計算する。
電卓のほうがよほど簡単な機能に思えるが、そこは魔力と電気の得手不得手なのだろうとケイトは考えている。
2つ目は今ケイトが手に持っているコンビニ袋や包装ビニールのような、所謂この世界的にオーパーツに当たるものは、街の外には持ち出せないということだ。
ジュネスから話には聞いていたが、一度試してみたところ、街から出て10分ぐらいで空気に溶けるようにだんだんと消えていった。
ちなみにその時に試したのはおにぎりだったのだが、中身のおにぎりは消えずに草原に転がった。
ちゃんと3秒ルールに従ってその後食べたよ。
おそらくだがこれらは魔力的なもので出来ており、それを維持するのはあの街でしか出来ないのだろう。
3つ目はこの街の奇妙な交通事情だ。
街中の移動には無人の巡回バスが存在するが、外から入ってくる、また出ていくのは商人の馬車だけだ。
そしてそれらの行き先は全て街の中心にあるエンパイアステートビルのような一際巨大な領主の館だった。
また、すれ違う時に何度か馬車の中身を覗き込んだが、中身は全て同じ、真っ黒な石のようなものだった。
そして、それらの荷降ろしを終えると、また商人たちは空の馬車を引いて街から出ていく。
街を出ていった馬車は何日かかるか知らないが、また真っ黒な石を詰めてもどってくる、というわけだ。
これらについて多少の仮説をケイトを持っていたが、魔力、そして時間がないためそれを検証することが出来なかった。
仕事で成り上がるという方法は諦めたが、しばらくコンビニバイトでお金を貯め、ある程度生活に余裕がでたら動こうと思っていた。
だが、ケイトには二重な意味で扶養(不要)家族がいるため出費が激しく目処は未だに立たない。
そんなことを考えながら歩くと、ようやくアパートにたどり着いた。
「あら、今日もお仕事ですか? 毎日良く働きますね」
アパートの玄関前で声をかけてくれたのは、この1ヶ月の間に入居してきた元修道女のマリアだった。
元々は遠くの街で修道女をやっていたらしいが、戦乱に巻き込まれ修道院は焼け落ち、他の修道女や孤児院の子どもたちとともにこの街に逃げ延びてきたという、ハードな経歴の持ち主だ。
「ユリアちゃんはまだ寝てるんですか?」
「ええ、今のうちにゴミ出しだけでもしてしまおうと思って」
ユリアというのは一緒に逃げ延びてきた身寄りのない子どもたちの一人だ。修道女たちが各自のアパートで1,2人ずつ引き取って暮らしている。
今マリアはユリアと二人で暮らしている。
ぱっと見親子に見える程度には二人は仲が良い。
この朝の何気ない挨拶がケイトの生活における唯一のオアシスのような時間だ。
これがなかったらとっくに心が折れてしまっていただろう、マリアの笑顔を見つめながらケイトはそう確信する。
マリアとの会話を惜しむようにドアを開け、アパートに入ると、
「おかえり~」
という気の抜けた
ベッドに寝っ転がりうつ伏せになり、枕をクッション代わりにして漫画を読んでいた。
ちなみに俺が出かけたときも寸分変わらぬポーズで見送った。
これがなかったらそもそも心が折れるほど追い詰められることはなかったのかもしれない。
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