第6話 りっちゃんと。

柔道部のヤス、ラグビー部の毛利と戦って以降というもの、僕の学校における日常ルーティンに”ゴリラクルー撃退”が加わった。

休み時間、放課後、暇さえあればゴリラクルーのメンバーは僕の元にやってきては、人気の無い場所に連れ出し、僕に負ける。

メンバーは6人と思っていたが、準ゴリラクルーというべきかゴリラクルー候補生かミニゴリラというか、彼らの結束は強かったのか最終的にヤスと毛利を合わせて12、3人を僕は投げ飛ばしていた。

その結果、僕の身の回りはとても汗臭く、男臭い、むさ苦しいものになった。

休み時間や昼休みになると彼らのうち何人かは僕の元にやって来て、雑談をしていく。彼らの10割ほどは筋肉質で大柄なため、体温が高く、周りの空気も暑苦しい。

何人かは1時間目の前に部活や個人で朝練をしてくるため、汗臭い。

コンタクトスポーツで強くなるために、雑談中でも体をぶつけ合って戯れている結果、暑苦しい。

結果、むさ苦しい。

今まで学校で話し相手になってくれていた友人、瀧澤コウは「なんか、志郎の新しい友達、圧迫感あってちょっと苦手かも」と言って、若干距離を取られている。

コウはこのゴリラクルーとは真逆の中性的で可愛い雰囲気だからその反応も当然である。少し前にコウは僕に告白をして、結果的に僕がフった形になってそれでも変わらず接していてくれたのに。フった人間と居るよりこのゴリラどもの居る空間は居心地わるいのか。

学校の中ではこのようにゴリラクルーの面々に囲まれているが、帰り道にはそれぞれの部活動に彼らが参加するため、解放される。

そんな帰り道、なんだか久しぶりにりっちゃん、同学年で隣のクラスの従妹、竹宮利佳子と一緒に帰っていた時のこと。

「史郎、最近随分とはしゃいでたみたいじゃない」りっちゃんが少し拗ねたような口調で言った。

「あー・・・」僕は言われて思い立つ、りっちゃんが直接相手をしたくないって言うから代わりにあのゴリラたちとの戦いの矢面に立たされたのだ。感謝されはしても非難される言われは無いはずだ。「それは、りっちゃんのせいだよ」

「ん?どう言うこと?」りっちゃんは小首を傾げる。黒くて細い髪の毛が揺れる。

「あいつら、ゴリラクルーが言ってたけど、『お前をぶっ倒せば4組の竹宮と付き合えるんだろ』って。りっちゃんが僕を事前課題みたいにしたんじゃないか」

「ん・・・・?んんんん?」りっちゃんは首を傾げたまま、考え込む。そしてトーンの違う「んっ?!」と言う声にならない呻き声のような声を出した。心当たりがあったようだ。

「その反応、何か言ったんだね?」僕の顔はいわゆるジト目になっていたと思う。

「んー、んん、言ったと言えば、言ったかも」首を傾げたまま、視線を泳がせるりっちゃん。

「どう、言ったの?」詰問である。

「前に告白してきた?なんとかって人に、3組にいる私の従兄より弱いとか無いわ〜」って言ったのが、伝言ゲームされているうちに、そう、なったの、かも」目が物凄い勢いで泳いでいる。ほぼ真っ正面で向かい合っているのにりっちゃんの視界に僕は入ってないんじゃないか。

「なんか、迷惑かけちゃったみたいで、ごめんね?」グインって感じで姿勢を正し、りっちゃんは謝った。両手を合わせて、舌をちょっと出して。ぶりっ子な感じがするが、普段見ない姿に一瞬可愛いと思ってしまった。

そう、普段のりっちゃんは武闘家然としているというか、凛々しかったり荒々しい雰囲気が漂っているが、見た目は美しいのだ。肩甲骨くらいまで伸びた細い黒髪。しなやかに伸びる長い手足。大きな切長の瞳、色素の薄い白い肌。引き締まった体、鍛え抜かれている体幹。

”凛とした”という言葉の似合う佇まい。

「えらい迷惑だったけど」ため息をわざとらしくつく「友達が出来たから結果オーライだよ」

「それよりも、初めての実戦だったでしょ?感想はどうだった?」

りっちゃんは嬉しそうに目を細めて口角を上げた。

りっちゃんの価値観において至上とされるものは「戦い」と「勝利」だ。戦国時代の荒武者さながらに、好戦的で、武勇を尊ぶ。

学校で腑抜けとも思える人間を相手しながらも実戦経験を踏む自分に対して、従兄弟の僕が比較的傍に居ながらも実戦に踏み込まないことをりっちゃんはヤキモキしていたのかもしれない。

ようやく同じ土俵に立たせることが出来た、そんな巣立ちにも似た思いを抱いているのかも。

「楽しかったよ。うん、楽しかった」噛み締めるように、言葉を吐き出す。

ゴリラクルーの面々との戦いは楽勝、圧勝のように思えるが、実際は終始、背筋がヒリヒリする興奮と緊張感と恐れに包まれていた。必死に冷静になろうとして、熱くならないことに熱心になり、相手の攻撃を分析して、技を仕掛ける。

考えるよりも短い時間、瞬間的な思考と判断と決断。戦っている最中のことを文字に起こすことは出来ない。しかし、常に論理的に考えている。自分の重心、相手の手足の位置、相手の重心、自分の手足の位置、感じる痛み、次の行動。攻撃。

負けたら、僕の負け。竹宮流という一族の負け。りっちゃんを脅威に晒すかもしれない。二人の負け。圧倒的負け。負けへの恐怖は相当のものだった。

しかし、それでも楽しかった。負けのスリル。怪我を負うことのスリル。それらは病みつきになる興奮をもたらしており、また戦いたい、と思わせた。快感というのか、充足感というのか。

言葉にならない感覚をどうにか言葉にして、りっちゃんに伝えようとした。

りっちゃんは優しく微笑み、一言

「その気持ち、よく分かるわ」と言った。

一連の戦いを終えて思ったこと、感じたことは。僕は戦う理由をりっちゃんのために、としていたが、結局は自分の為だったのだな、ということだ。

「史郎、あなた少しいい顔つきになったわよ」りっちゃんは笑いながら僕の頬を人差し指で突いた。

りっちゃんに認められて、僕は少し有頂天に上った気分になった。

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