第4話 ゴリラクルー

我が高校は普通高校ではあるものの進学校ではなく、学力はそこそこ、スポーツに強い部活動が揃っていることが特徴の一つとして挙げられる。

野球、サッカー、バスケットボール、陸上の高校メジャースポーツは地方大会ではほぼ負け無しで県大会の常連に、柔道、ラグビー、レスリングは県大会上位の常連。

良い選手を育てるコーチ陣が揃っているのか、この地域のスポーツ能力に長けた人間の上澄みをこの高校が吸い寄せている、もしくは掬い取っているのかは分からないが、鳴り物入りで入学してくる者や在学中に輝き出す者が居る。

僕たちの同学年、新入生にもそういう鳴り物入りの面子が居て、通称”ゴリラクルー”と呼ばれている。

メンバー?は6人、柔道部3人、ラグビー部が2人、レスリング部が1人。全員体重が1年生ながら90kg以上、見た目がゴリラのようにイカついため”ゴリラクルー”と名付けられたらしい。性格もゴリラの如くか、粗暴らしい。野生のゴリラが粗暴かどうかは分からないけど、映画のキングコングは好戦的なキャラクターだったな、いやあれは自分のテリトリーの侵入者を排除するために襲ってきたんだっけ。野生のゴリラは絶滅危惧種。

なんで突然そんな話をしたかというと。そのゴリラクルーの一人、柔道部の石山泰くんが目の前に立ち、僕の襟を掴んでいるのだ。

場所は1年3組の教室、窓際の列、前から3番目。西日が差してくるため午後はカーテンを閉めることの多い席。

石山泰くんは彼の組み方であろう右四つの体勢に持っていくのか右手で僕の左襟を掴んでいる。彼にとって問題なのは、僕が椅子に座ったままであること。このままでは柔道の投げ技はかけることは出来ず、殴るにも中途半端な体勢だからだ。僕にとって問題なのはここは教室で、周りにはクラスメイトが多くいること、そして3時限目と4時限目の間の休み時間だということ。ここで喧嘩を始めるわけには行かない。先日、吉本先輩を助けた件が先生達の間では「僕とりっちゃんによる暴力行為」と婉曲されて伝わってしまい、僕たちは立派な危険分子として認識されてしまっている。主犯はりっちゃんだというのに。

さて、現状はこんなところ。何故、こんな状況になったのかというと、3時限目の終わりを告げるチャイムの後、教室内がささやかな喧騒に包まれている中、石山泰くんは自分の席を立ち僕の元へとやって来た。石山くんも同じクラスの人間で、顔見知りではあったが会話を交わしたことはない。

彼は僕の席の前に立ち「よぉ竹宮。テメェをぶっ倒したら4組の竹宮と付き合えるんだってな?」

急に話しかけてどうしたんだ、と一瞬訝しげな気分にさせて、頭痛がしてくることを言ってきた。物騒な発言の背景には、4組の竹宮こと僕の従姉妹のりっちゃんは、自分より弱い男とは付き合わないだか嫌いだか言ってたけど、よりによって僕を一次選考基準に採用したのか。あり得ない話かもしれないが、あり得なくもない。確かに、りっちゃんは僕よりも強い。弱いくせに言い寄ってくる男どもの相手をするよりも、僕に選り分けさせて殴り応え、もとい戦い甲斐のある相手を探した方が効果的かもしれない。それならそうと、事前に本人(僕)に言えよ。

ここでYesと答えるか、Noと答えるか、一瞬考える。

Yes→石山くんと喧嘩が始まる。僕が勝つと、選考基準としての効果が出て挑戦がひっきりなしになる。僕が負けると、りっちゃんと石山くんの喧嘩が始まる。

No→りっちゃんと石山くんの喧嘩が始まる。

まさに負けると恋も終わるトーナメント戦、いや石山くんが恋心で戦いにきたのか知らないが、もう一つの展開ーりっちゃんと石山くんの戦いーに頭を巡らす。身長176cm、体重90kg、柔道は初段は間違いなく持っていて、筋肉と脂肪の塊。りっちゃんの体重は目の前の彼の半分くらい、か。体格差、体重差というの格闘において極めて重要な要素であることは間違い無い事実であり、ある程度の技術差をひっくり返す逆転の因子でもある。

万が一を考えると、りっちゃんが力押しの展開に負けてしまうことも、負けて・・・この石山泰と付き合うことになるのだろうか。竹宮流の二人が柔道部に負ける展開は極めて面白くない。

「君が、どんな噂を聞いたのかは知らないけど」静かに石山泰くんの睨みつける目から視線を逸らさずに言葉を繋げる「4組の竹宮は僕の従姉妹で、弱い男には興味はなくて、僕よりも当然喧嘩は強い」

「まずはテメェからだ。どこでやるよ?」襟を掴む彼の指に力が入ったことを感じる。

「今ここで、って言いたいところだけど」壁時計に目をやる。あと5分ほどで次の授業だ。「昼休みに入ったら、続きをやろう。場所は人目のつかないところで」

「それなら柔道場に来いよ。昼休み入ってすぐなら、人はいねぇからよ」

「わかった」僕の返事を聞いて石山くんはニヤリと口角を上げて、乱暴に掴んでいた襟を離した。

おとなしくて地味なキャラを目指していたのにクラスメイトから注目を浴びてしまった。あーあ、あいつボコられんぞ、みたいな哀れみの視線なのかなコレ。


4限目が終わり、学校中が昼休みを迎える。学食へ向かう生徒、弁当を持って教室内を移動する生徒、違うクラスへと向かう生徒、それぞれが昼食をとるために足を運んでいる。

僕と石山泰は言い示したわけでもなく二人並んで柔道場へと歩いて向かう。どちらか憎いわけでもなく、かといって友愛の情もなく、ただ喧嘩をするためだけに肩を並べて歩く。

僕は喧嘩の経験は少ない、りっちゃんの喧嘩の場面に居合わせることは多々あるが、僕が当事者となって喧嘩をするのは初めてのことだ。

緊張はしているが体は動く、強張りは指の先まで無い。思考も澱み無い。息も自然に吸って吐けている。心拍数はいつもより、少しだけ速い。

遠くにどこの学年かの生徒たちの喧騒が聞こえる。誰、というわけでもなく、誰かの声。みんなというには多く、誰かのというには少ない人たちが日常を過ごす証の、声。

僕の学校生活の近くにありながら遠くから聞こえる声。

大きな理由も無く、喧嘩をする。幼い頃から教えられた技術を実戦に活用する。これは、実戦なのだろうか。実戦って何なのだろうか。

体育館に隣接する柔道場に着く。玄関で靴と靴下を脱ぎ、柔道場へと足を入れる。

実戦とは、日常生活のような普段の生活の中で突発的に起きるものが”実戦”なんじゃないか。

向き合って、よし始めよう、とか声を掛け合わずに、容赦無く合図もなく襲い掛かる。

柔道場での”はじめての実戦”は呆気なく終わった。

石山くんは僕の左襟と右袖を掴み、内股を仕掛けてきた。”内股”という技は襟と袖を持った手で自分の後ろ方向に引きながら相手を崩し、自分の腰に相手を乗せて、相手の足の間に入れた足を跳ね上げて投げ飛ばす豪快な技の一つ。体格差、力の差が大きい場合に技を掛けやすく、避けられ難い。

僕は釣り手、引き手の勢いに為されるがまま力の流れに添い、飛ばされるように、投げられるよりも速く、石山くんの前に立つ。そのまま僕も相四つの形(右手で相手の左襟、左手で相手の右袖を掴む。お互い同じ側の襟と袖を掴む形)になり、後ろ右回り捌きをしながら膝を畳につくまでしゃがみ込み、引き落とす。背負い落とし。

受け身を取りながらも畳に背中を叩きつけられた石山くんの顔面に左の下段突きを入れる動きをし、残心。

「僕の一本勝ちだね」

これで僕の初戦、デビュー戦が終わった。

あっけに取られた顔の石山くん。自分の内股を躱されたこと、柔道技で投げ飛ばされたこと、完膚なきまでの敗戦を受け容れることに心と頭がフル回転していることが伝わってくる。

「もう一本やる?」

喧嘩に一本も二本も無いのに、柔道のように数えることで、石山くんに”柔道ルール”で勝ったと要素を追加する。心理的にも圧勝を狙え、とは師範こと叔父と兄弟?弟子のりっちゃんの言葉。

「いや、いい」

僕がスッと構えを解くと、石山くんもスッと上体を起こし、投げ足の姿勢になった。

「お前、、めちゃくちゃ強いな!強いっつーか、上手いっつーか!」

自分の得意とする分野の技術で負けたの爽やかな反応。「俺、小学校上がる前から柔道やってるけどよ、内股をあんな風に躱す技術初めて見たぜ!それと背負い落としのキレも凄いな!」清々しく相手の技術を認めて、称賛する。気持ちの良いヤツだなぁ。

「足捌き見てさ、あ、これ内股くるなって思って。回り捌きなら背負いか、腰技か、内股かって思って。それなら飛んで、逆に仕掛けてやろうって」この辺の感覚や判断は、やはり僕の感覚論や反射的な判断なので言語化するのは難しい。

「それを一瞬で判断してたのか。まぁ準備できることじゃねぇよな」

「すげぇな。完敗だよ」石山くんは朗らかに負けを認めて、僕は思った以上に爽やかな人間だなぁと感心した。

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