第2話 告白の返事
りっちゃんが告白され、告白してきた男子を足払いで倒した翌日。
僕は重い気持ちを引きづりながら登校した。
気持ちが重くなっている要因は今日告白の返事をするため。そう、コウへノーと伝えるのだ。韻を踏んでしまった。
ヘイ コー アイ セイ ノー ! バイ!
センスが無い。
センスの無さと、これから伝えるイベントを思うとため息が出てくる。
「おはよー」
僕の気持ちとは裏腹に、いや知ってか知らずか当のコウが教室へと入ってきた。いつもの明るい調子の声。
僕とコウの席は前後の並び、コウが僕の前の席。窓際の列の中頃。
「おはよ」コウの声は爽やかで柔らかい。
「ん、おはよ」自分の耳に入る僕の声は湿り気を帯びて、鬱屈とした響きに聞こえる。「なあ、コウ。今日どこかで話せるか?」喉か、声が粘性を帯びたような違和感、ちゃんとスムーズに発音できたのだろうか。
「うん」一拍置いて考え込む。「お昼休みでもいい?」
「うん、ごめんけど、よろしく」何について僕は謝ったのだろう、この後言うことに気持ちが焦ったのか。落ち着かない気分。
そのあとは何もなく、何も言葉を交わすことなく時間が遅々と過ぎていった。
コウという人間と、コウに告白された日のことを授業中に思った。
六月の折り返しを目前に控えた今日の空は、僕の心を映したような曇り空だ。
瀧沢コウ、16歳。四月末に誕生日を迎えていて僕よりも6ヶ月だけ年上。
窓の外に目を向けているが、視界の端にコウの細くクルクルと細かくカールした黒髪が見える。カール、というかところどころ跳ねた髪の毛。以前、髪の毛が細いから湿度の高い日は髪がまとまらない、と五月の終わりに言っていたことを思い出す。
黒髪と、白いうなじ、白いカッターシャツの上から着込まれた紺色のベスト。
薄い背中、狭い肩幅。
職業病というか、職業では無いのだが古くから武術をやっている習慣からくる習性かクセかで、どの程度の体つきをしているかを観察してしまう。体つきや体の動かし方からどれくらい強いかを、ひいてはどう戦うかを考えてしまう。
これは格闘技経験者あるある、のはず。りっちゃんも同じことを言っていたし、りっちゃんと一緒に街ゆく人を観察して「あの人は空手をやっている、レスリングをやっている、どういう風に攻撃する」、とか話し込んでしまうこともしばしばだ。
コウを観察するに、線が細く男子にありがちな骨張った感じがしないため、女子に見える時もある。無性別というのか、男性的な特徴や女性的な特徴も兼ね備えたような印象を受ける。
勿論、それは見た目だけの話で中身は男の子。
ふとそんなことを思いながら、男の子らしい中身とは何だろうと思ってしまった。
男特有の行動や、思想はあるのだろうか。それを基準に男・女と評して良いのだろうか。
そんなもので言えることは、コウと並んで用を足した、という経験くらいじゃないか。男とか、女とか、そういう分け方はトイレに行かない限り曖昧なものなのだろうか。
取り止めのない考えが頭を浮かんでは消える。
男子向けのモノを消費したから男の子、そんな考え方もある。ロボットアニメや戦隊モノを好んで観たら男の子。でも肉食のライオンがニンジンを好んで食べたらライオンじゃなくてウサギ、というのと同じ理屈なんじゃないだろうか。
告白されたのは月曜日で、今日と同じように蒸し暑くてどんよりとした空模様だった。今週はずっと同じような天気で、傘が要るような要らないような、というぐずついた天気。
「ねえ志郎、僕、志郎のことが好きなんだ」
潤んだ黒い大きな瞳、普通ではない気持ちを勇気と決意で絞り出すような声。
いや、普通ではないのは僕にとってだ。彼、コウにとっては当然の感情だったのかもしれないし、一般的に受け入れ難い種類の感情だと思いつつも伝えた気持ちだったのかもしれない。
目の前の席に座るコウの背中は小さく、肩甲骨も小さくて肋骨も細そうだな、とそんなことを最後に考えて、昼休みを報せるチャイムが鳴った。
「志郎、朝の話だけど。ご飯食べながらでも良い?」
あっけらかんとしたコウの声。
「ああ、僕は良いけど。どこかあるか?」
「中庭で良いじゃないかな」
「わかった」僕とコウは2人連れ立って弁当を持って中庭へと向かう。
教室から出た時に、視界の端にりっちゃんが見えた気がした。気のせいかもしれないが、組み稽古の時のような真剣な顔をしていた。
「さっきの授業でさー」とコウは午前中の授業について感想なのか、批評なのかのコメントを話しながら歩いていた。僕は授業中ずっと上の空だったので、何も返す言葉がない。結局、コウにラジオのように喋らせる形になってしまった。
「ってさっきから志郎喋ってないけど?」一歩先を歩いていたコウが振り返りジト目で睨みつけていた。
「悪い。午前中の授業、考え事していてなんも聞いてなかったんだ」ありのままを話す。
「ふうん、その考え事って月曜日の告白のこと?」僕らの横を同じ一年の男子が駆け抜けていった。購買へと向かうのか、それとも体育館にでも向かうのか。
僕の足も思考も止まる。言葉に詰まる。
「まぁ、答えは聞かなくても分かるけど・・・ノーでしょ?」コウの口調はいつもと変わらず明るくて、悲壮感のようなものは感じられない。
拒絶の言葉を準備して、決意をしてきたのにいざその時になると役に立たない。大事なところをコウに言わせてしまっている。
「ああ。悪い。僕は付き合えない、悪い」頭を軽く下げながら、断りの言葉を告げる。
頭を上げると、コウはケラケラと笑っていた。
「こっちこそごめんね、志郎はそういうのじゃないって分かってたのに、あんなこと言っちゃって」コウはそう言って、目線を僕の顔から床へと下げた。「あの時、すぐ返事しなかったから、『あぁ志郎は僕を傷つけない断りの言葉を選んでるんだな』って感じたよ。優しい奴だなぁって」
コウは柔らかく笑った。
「あの時は僕もどうかしてたのかもしれない。けど、志郎のことが好きなのも変わらないし、志郎が僕と付き合いたくないって気持ちも知ってる。それでも」コウは言葉を繋いだ「僕は志郎と友だちでいたい」
自分1人で考えていたことも、悩んでいた時間も全てがバカらしかった。
全ての答えはコウの中にあって、僕の答えもコウの中にあった。
「うん、僕もそう思ってた」
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