ファイト・ガール

タツノツタ

第1話 告白

先日、僕こと竹宮志郎は同級生に告白されてからというもの、僕の一日は60分を24回繰り返して過ぎていっているはずだが、時間の流れが早かったり遅かったりするようにおもえる。

時間は重さという性質を持っていないはずだが、僕の気分は重く時計の針が進むにつれて心がズンと重く、暗くなっていく感覚を覚えた。

僕は普通の男子高校生。青春を彩るイベントである愛の告白は喜んで受け入れたく思うが、今回僕に告白した相手は男子であるため素直に喜べない。

同性愛に否定や偏見は持っていないが、あくまで他人の恋愛事情としてだ。

自分が同性恋愛ストーリーの主人公になるとは思ってもいなかった。

正直言って、気が重い。告白当日は断りの言葉を選ぶために時間稼ぎをしたが、その引き伸ばし期間ももうすぐ終わる。いや、具体的に何日までに返事をするとは回答していないが、土日を空けて月曜日には答えをしなければならないだろう。

即答しない、という状況から上手くいかないことは相手も薄々感じてることと期待してしまう。イエスとも言いたくない、はっきりとノーとも言いたくない、遠回りの遠回しにノーという答えを察してくれればいいのに、と姑息に思う自分に嫌気が差す。

「あれ、志郎帰んないの?」ふと耳に飛び込んできた僕の従姉であり隣のクラスの竹宮利佳子の声に意識を呼び戻された。

「あれ?もうそんな時間?」僕も呆けた言葉を返す。どうやら長い時間ぼんやりしていたようだ。

記憶にあるのは、なん時間目の授業だったろうか。寝ていたわけでは無いはずだが、授業の内容を全く覚えていない。なんなら昨日の授業や、一昨日の授業も覚えていない。これは重症だ。

「もう授業終わって、だいぶ経つよ」

「うん、あーそうかー。あー」なんだか口からも変な言葉しか出てこない。

「なんか最近様子変だけど。何かあった?」この利佳子という従姉、通称りっちゃんは観察力に長けている。観察力に長けていなくても僕の様子は変であった可能性も大いに考えられるが。

「ちょっと重い悩みがあってね」ため息をつきながら、実の兄弟さながらに側で同じ時間を過ごしたこの従姉であっても、クラスメイトの男子から告白されて、とは言いたくない。

「ふうん。もう少し考え事してる?」

「いや帰るよ」僕はカバンを持って席から立って、りっちゃんの横に並んで玄関へと向かった。

しばらく無言で歩き、りっちゃんが口を開く。

「重い悩みって何?どうしたの?」いつもの軽い口調。心配してくれているわけではなく、単純に話が続きそうな話題になりそうと思って口を開いたのだろうか。

いくら兄妹同然の関係とはいえ、言いたくない。しかし、自分の中に留め置くだけには重過ぎる。ふと思いついたが、このりっちゃんは中身と行動はさておき、可愛いというか美しい外見をしている。

彼氏が居たという経歴は無いはずだが、もしかすると告白された経験があるかもしれない。男女問わずに。

「ねぇ、りっちゃんってさ」瞬間で覚悟を決めたが、口に出すにはやはりわずかながらに抵抗がある。

「うん?」ええい、ままよ。

「告白されたことってある?」

「うん。あるよ?なんならついさっきも告白された」

予想以上の答えに言葉を失い、真横を歩く従姉を見つめる。

スラリと伸びた手足、切長の瞳、白磁のような肌。ハッキリとした目鼻立ち。黒くも光を反射させて輝く黒髪。贅肉を削ぎ落としながら細くしなやかな体と軽やかな身のこなし。

「さっき、って」上手く二の句を継げられない。

「そ、志郎がボケーとしてる間に」ケラケラ笑いながら答える。

なんてこった。そういうこともあるだろーと思ってたが、タイムリーに告白をされてきたとは。僕とは違って重い空気を漂わせていないのでアッサリと断ったのだろうか。

「フってきたの?」短い言葉で聞いてみる。

「うん。てか聞いてよ。全然話になんないの。私が『恋愛とかそういうの興味ないです』って言ってんのにさ、グダグダと『どうしたら振り向いてくれる?』とか言ってくんの」

是が非でも諦めたくなかったのか、その気持ちは分からなくもない。

「でね、私が『私より弱い人って興味持てなくてー』って言ったら、そいつは『俺、空手やってたから竹宮より強いよ』とか言ってくんの」僕らは階段を降りて、下駄箱までやってきていた。

「ほぉ〜」まさかこの女、告白してきた男と喧嘩して殴り倒してきたんじゃあるまいな。

「そんで私が『じゃあ、一回組手でもしよっか』って言ったらさ、急にキョドリだしてさ」

当然だ、曲がりなりにも好きな女の子に殴りかかるなんて出来やしない。好きじゃない女の子に出会っても殴りかかることは出来ないが。

「そいつの出方を見るために、右の袖掴んで足払いかけたら、受け身も取れずにすっ転んでさ。すげー怯えた目でこっち見上げてんの」外靴を下駄箱から取り出し、下駄箱を向いたままりっちゃんは残念そうな声で続ける。「あんな情けない目されたら、色んなやる気失くしちゃうわ」

勇気を出して告白したものの、足払いをされて倒されたら男としてのプライドは丸潰れだろう。

下駄箱から取り出した靴を床に置気、脱いだ上靴を下駄箱に入れたりっちゃんが、靴を履き替えようとしていた僕へと左のストレートを打ち込んできた。速いが、大きな動作なので受ける余裕は十分にある。

伸びてきた左拳を右掌で引きながら受ける。カウンター気味に左の鉤突き(ボクシングのフックのような突き)をりっちゃんの右脇腹へと向けて、寸止めをする。

「やっぱ、こうでなくちゃ」りっちゃんは拳を引かずにニヤッと笑った。

りっちゃんこと、竹宮利佳子は武闘派で知られる美少女。武芸十八般に通じる、武と野蛮さを尊ぶ古武士のような女子高生だ。

僕とりっちゃんは物心つく前から竹宮流という古武術の道場で武芸を身につけていた。竹宮流というだけあって、僕らの竹宮家は古武術を教える道場を経営している。実際には僕らの叔父が道場主で、叔父と祖父に色々な技を教えてもらってきた。

習得してきたのは組技、当身技を含む柔術、居合、小太刀、杖、槍、弓、薙刀。

僕は特に居合いと小太刀を主に修行してきた。りっちゃんはどれもハイレベルで習得していて、16歳ながらにそれぞれの技術を実戦用にカスタマイズしている。弓は実戦に使うことが出来ないが。

そう、りっちゃんは実戦が大好きな女子なのだ。

小中学校では学年問わず気に食わない人間が居たらぶっ飛ばしていたし、他校の生徒とも喧嘩をしていた。大体の喧嘩に立ち会わされてきたが、負けたことはないはず。

ちなみに道場での組手では僕はりっちゃんに対して全く歯が立たない。僕に体術の才能が無い、りっちゃんには戦う才能が溢れている、というだけかもしれないが、僕の突きや蹴りよりも早くりっちゃんの突きと蹴りが来るし、組みついたところで投げ飛ばされる。

武器を持ったところで同じ。唯一勝負になり得るのは、僕が槍を持ち、りっちゃんが木刀かを持っているとき。

これだと3本のうち2本は取れるが、勝った気がしない。槍のように長い間合いの武器は圧倒的に有利だ。相手からの攻撃が届かない安全圏から、こちらが一方的に攻撃を与える展開になる。

あまり、楽しい展開ではない。

つまり、それだけの実力差が僕とりっちゃんにはあり、僕と一般男子生徒にもそこそこの実力差はある。

りっちゃんがその辺の男子生徒と喧嘩をするということは、相当の実力差があるのだ。

実力差はさておき、恋愛の話。

りっちゃんの拳を放し、2人揃って靴を履いて校門を出る。

「告白してきたのは誰だったのさ?」告白してきた、もとい足払いで倒された不運な方。

「多分、4組の男子。名前は知らないけど、空手やってたっての嘘だわ」そういう格闘技術に関する情報しか興味がないらしい。

「ふうん。りっちゃんって、告白されること多い?そういう話は今までしたことなかったかも」

「そうだね。月に1、2人からは告白される、かな。男からだったり、女の子からだったり」やはり同性からも告白されることはあるのか、勇ましい我が従姉よ。

「女の子からも告白されるんだ」

「うん。女の子からの方が回数は多いかな、数えてはいないけど。断り難いんだよね」りっちゃんはため息をつく。分かる、同性からの告白って断り難いよね。

「ところで、志郎の悩みってなんだったの?」

「あー・・・」りっちゃんからのカミングアウトが衝撃的でこちらが言うタイミングを逸してしまった。「実はね、クラスメイトから告白されて。どう断ろうか悩んでた」

「そうなの?勿体無いから付き合えばいいんじゃない?2組の女子って可愛い子多い気がするけど、志郎ってどんな子好きだったっけ」

「いや、それがね、告白してきたの男なんだよ」僕は先程のりっちゃんよりも大きなため息をつく。

「ありゃ、志郎ってそっちに人気あったんだ。可愛い顔してるもんね。いいよ、私はそういうのに偏見無いから!お幸せにね!」

早口でまくし立てるりっちゃん。

「そういう趣味も無いよ。そもそも僕は背が高くて、白くて細い女の子が好きなんだ」

「背が高くて痩せてるタイプは打たれ強いっていうけど、あれはなんなんだろうね」

「歴史上の偉人と戦うなら誰って話じゃないよ。僕はウィリアム・シャトナーとは戦いたくない。誰かもピンとこないし」

「私はガンジーと戦いたい」

「いいね、ってよくねぇよ」

思わずノリツッコミしてしまった。

「ちなみに、ウィリアム・シャトナーはアメリカの人気ドラマシリーズ“スタートレック“に出演してる俳優さんよ。ドラマは観てないけど」

「はいはい」

「断り難いなら、私みたいに“自分より弱い奴には興味無い”って言って組手に持ち込んでみたら?」

「いやだよ、もし僕が負けたら目も当てられない結果じゃないか」

僕と付き合いたかったら、僕を倒していきな。と勇ましく言って負けたらダサすぎる。「それに、そいつは仲の良い友達なんだ。殴ったり投げたりして怪我させたくないよ」

「志郎の仲の良いクラスメイトっていうと、瀧澤君?」

「うん、そう。瀧澤。瀧澤コウ」

「そっか、瀧澤くんが」りっちゃんが口の中で同性愛者だったのか、と声にならない声で呟いた気がする。

梅雨を目の前にして、湿度が増してきた空気がまとわりついてくる。

「りっちゃんは、女子から告白されたらなんて言って断ってる?」

「そうね・・・ごめんなさい。あなたの好意は嬉しいし、私に彼氏がいる訳では無いけども、あなたとは付き合えないわ。ってストレートに伝えてるかな」

「やっぱ、それしかないか」

「そう思うわ。志郎にその気が無いなら、ハッキリとすぐに伝えてあげなさい」いつの間にかりっちゃんが母親かお姉さんのような口調に変わっていた。

「うん、わかった」僕は力なく従う声を返す。

そのあとはなんとなくりっちゃんとも会話はなくなり、無言で帰り道を歩いた。

その間、僕はりっちゃんが告白してきたやつに返り討ちに会っていたらどうなっていたんだろうと、不吉なことを考えていた。

力で屈服させられて、敗者の如く項垂れて“恋愛“をさせられるのだろうか。

恋愛とはなんだろうか、何故コウは僕に恋愛感情を抱き、りっちゃんは恋愛に強さという尺度を持ち込むのか、何故僕はコウに対して恋愛感情の微塵も持てないのか。

恋愛という心の機微を思うには、僕は幼すぎるのか、とぼんやり思った。

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