第21話 藍と愛



 神明大五郎は、謂わば天才と呼ばれる人種であった。

 一を聞いて十を知る、齢一歳になる前に言葉は覚えた。

 本を開けば、その内容は一字一句間違いなく記憶している。

 幼稚園にあがる前には、難解な専門書も読み解くほどで。


(世の中ってタイクツだな……、でも僕の才能は隠しておかないと。色々と面倒だからね)


 天才故の早熟さからか、大五郎は己の才能が周囲に与える影響を正確に予測できていた。

 だから、両親には少し大人びた子供として振る舞っていたし。

 幼稚園では手の掛からない物静かな子供として、色あせた日々を送っていた。

 しかし。


「ねーねー、なんでいつもつまんなそーにしてるの? あ、そうだ! わたし、あいちゃん!! いっしょにあそぼ!! えっちゃんかぜでおやすみで、つまんないの!!」


「…………あー、そういえば同じ組だったね君」


「あっちいこうっ!! おままごとしよう!!」


「面倒な……、あと三分程待って欲しい。複素数平面の問題を解いてる途中なんだ」


「ふくそすー……? なんかむつかしそーなこと!! それおとなのでしょ!! すごい! あいちゃんにもおしえて!!」


「は? おままごとは!? あーもう、本を返せ君は読めないでしょそれ!!」


 孤立を選んだ大五郎に、臆することなく近づいたのは藍であった。

 栗毛の長い髪の女の子、その時は鬱陶しいやつだと思っていたのに。

 彼女は彼がどんなに隠れても見つけだし、外へ誘った。

 そしてアレは何、コレは何と指さし、その答えにすごいすごいと無邪気に喜ぶ。


(いや何なのこの子? フツーさ、僕みたいな奴は遠巻きに見るか排斥するのが子供なんじゃないの!?)


 理解できない存在、それが藍であった。

 彼女に連れ回され、大五郎の世界は急速に広まる。

 双子である絵里、そして同じく大五郎を受け入れたトールに輝彦。

 いつしか、五人でいる事に違和感を覚えなくなって。


「やったぁ!! 見て見て大ちゃん!! 同じクラスです!!」


「はいはい見てるって、それにえっちゃんとトールと輝彦も同じクラスだかね」


「小学校もおなじクラスだなんて、これは運命ですよ大ちゃん!!」


 小学校の入学式、桜が舞い散る中で飛び跳ねて喜ぶ藍に。


(――――そう、か。もしかして僕は)


 気がついてしまった、彼女の笑顔が好きなことを。


(もしかして、僕はあっちゃんに出会う為に生まれたのでは? この天才的な頭脳はあっちゃんの笑顔の為にあるんじゃないか?)


 いくら頭が良くても精神までは成熟していない、恋を自覚した大五郎は暴走して。


「大人になったら、いや僕が十八歳になったら結婚しようあっちゃん!! 君を絶対に幸せにする!!」


「うんいいよ、でもその前に聞いて聞いて、わたし良いコト思いついちゃったの!!」


「返事軽っ!? まぁいいやオッケーだったし。それで良いことって?」


「あのね、大ちゃんって天才でしょ。わたしのコト何でも分かっちゃうでしょ!」


「そりゃそうさ、大学の心理学の論文まで取り寄せて勉強した僕に隙はない!! あっちゃんの事だけじゃなくて、みんなの事も丸わかりさ!!」


 己の想いの重さを自覚せず、そして彼女も自覚せず。

 でも、――幸せな時間だった。


「それはよく分からないんだけど、……運命の赤い糸って知ってる?」


「いきなり話が飛んだね、でも運命の赤い糸か…………もし僕がそれを見えたら、あっちゃんは喜ぶ?」


「うん!! だって面白そうなんだもん! ねぇ大ちゃん、見えるようにならない? そうしたらね、隣のクラスの子が片思いしてる男の子が分かると思うの!!」


「それで何をする訳?」


「え? 恋のキューピッドをするんだけど? だってわたしは大ちゃんに愛されて幸せだから、おすそわけしたいなって思って」


「…………オッケー、一週間待って。心理学以外のアプローチからも試してみて、運命の赤い糸を見えるようにするから!! ああ、でも当面の間だは僕にしか見えないと思うけど、それでいい?」


「うん!! やっぱり大ちゃんはすごい!!」


 幸福は続く、一年、また一年と成長していき。

 それは、中学にあがった頃であった。


「…………ねぇねぇ、わたし気づいちゃったんですけど。大ちゃんって愛が重くありません? 重くありませんか?」


「なんで繰り返したの? というか何処が?」


「いやだって、わたしのお弁当を毎日作ってますし、美術の授業でわたしのお人形を作ってましたよね? それに大ちゃんの部屋って、わたしの拡大写真が壁いっぱい張ってますし」


「…………それぐらい当たり前じゃないの?」


「あのお人形、売れるレベルで出来が良かったですよね? それにお弁当の為だけに栄養士に資格とってませんでしたか? それに、毎日のように大ちゃんの部屋にいるのに、自分の顔に囲まれてるってヘンな気分になるんですけどーー?」


「……………………――――なるほど!! もしかして目の前にに本物が居るのに、写真に浮気するなと!!」


「違いますよ大ちゃん!? どうしてそうなったんです!?」


 幸せであった、大五郎は愛と才覚の全てを藍にそそぎ込み。

 彼女もまた、それを受け入れ確かに二人は相思相愛で。

 周囲の人間だって祝福していた、このまま幸せに結婚して……と、誰もが思っていた。



 ――――たった一つの事故で、全てが終わるまでは。


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