第12話 続・パンツ
ミッションは、とても困難な道のりだった。
大五郎が朝食をとっている隙に返そうとしても、トイレに入っている隙に戻そうと椅子から立ち上がっても。
「え? 何か手伝ってくれるの? いやいやそんな迎えに来て貰ってる上にお手伝いなんてさせられないさ、座ってゆっくりしてて」
「…………じゃあ、お言葉に甘えて」
(ふぅ、危ない危ない。分かってるんだよ水仙さん、君が何かしようとしてる事は。――隙なんて与えない!!)
(うううううッ、なんでッ、なんでこんな時だけ親切なのよ!! 気づいてる? もしかして気づいているの?)
表面上は笑顔でも、謎の緊迫感が二人に漂い。
こっそり見ていた彼の両親は、それを微笑ましく眺めて。
「…………もう二年か、大五郎もふっきれたのかもな」
「あの子が癒してくれたのかもしれませんね、アナタ」
そんな、しみじみとした会話も知るよしもなく。
二人は登校開始、すると。
「――――そうだ、手を繋いで登校しない? 青春って感じが超するでしょ!!」
(多少恥をかいても、誤解を産んでも……僕は油断しない!! 何を考えているんだ水仙さん!! 朝から部屋に来るなんて! マウントを取る隙は与えないぞ!!)
「え、ええッ!? そ、そうね…………ごくり、――――良いわ、受けて立ちましょう!!」
(ぐぐぐぐぐぐぐッ、片手を封じるつもりね!! これではこっそり神明くんの鞄に隠すコトが……、でも、これを断れば怪しまれる!! 今は言いなりになるしかないッ!!)
そして大五郎は左手を差しだし、咲夜は右手を延ばし。
繋ぐ、がっちりと堅く、固く、硬く、決して離すまいと繋ぐ。
満足そうに視線を交わすと、二人は見た目はバカップルのように歩き出して。
(――――乗ってきたね水仙さん、うん、久しぶりだね誰かの手を握るのって、柔らかいなぁ、しかもすべすべしてる、細いのに妙にもちもちしてるあっちゃんとは違う感触なんだね…………いや違うよ僕!? 気をつけなきゃいけないんだっ!!)
(お、男の子と手を繋いで登校…………ううッ、なんで恥ずかしいのよっ、顔、真っ赤になってる気がするわ……、手が汗かいてる気がする、気持ち悪いとか言われたら…………い、いえッ、今はパンツを返すコトだけに集中するの!!)
(妙だね、何も言わない?
「この世紀の美少女と手を繋げるなんて光栄に思いなさい」だとか。
「そんなに女の子に飢えてるの? カノジョに申し訳ないとか思わない? まぁこんな美少女を目の前にしたら無理もないわね」って、挑発してくると思ったのに…………。
いったい何を考えているんだっ、水仙さん!!)
(気づいてる? やっぱり気づかれてるわよね? で、でも、だからって普通は手を繋ぐなんて言うかしら? ――――まさか、私って今、……もしかしてアプローチされてる!? 神明くんに口説かれてるのもしかして!? で、でもダメよ嬉しいなんて思っちゃダメッ、だって神明くんにはカノジョがいるんだもの!! だから、お断りしないと、でもそっちと別れるっていうならやぶさかでも…………違う違う違うわよ私ッ!! だからパンツを返すコトを考えないと!!)
同じ道を通る生徒達が、二人のラブラブ登校にざわめき、訝しむ視線や、人を殺せそうな嫉妬の視線を送る。
だが疑心暗鬼の渦にのまれた大五郎は、そんなものに気づける余裕などなく。
あらぬ方向に勘違いをはじめたチョロぼっち咲夜は、思考回路がショート寸前な乙女回路爆発中であり。
(考えろ、このままクラスについてしまえば僕らが恋仲だと誤解される、それを許容するとしても――――、水仙さんの企みは暴けない)
(周囲の人に誤解……されるわよね、でも……うう、困るわ神明くん、いえ恋人になるなら大五郎って呼ぶべき? ――いえいえいえッ、やっぱりまだ私たちって早すぎると思うの! だってまだ友達になったばかりだし、パンツもまだ返してないし…………あ、さり気なく私を車道の反対側にしてくれてるのね、そういう細かい気遣いが出来る人って…………)
大五郎は鋭い視線を咲夜に送る、彼女はおずおずと恥ずかしそうに上目遣い。
その姿は、格好付けるカレシとウブなカノジョのそれ。
(――――な、なんて可愛い!! くそっ、こんな手で僕が油断すると思った? ああ、効果的だよチクショウ!! 惑わされるな、見たところ何かを隠し持ってるのは確かなんだ、それが爆発して僕の評判を落とすか、精神的なダメージ発生させてからかう事が目的な筈だ!! 読め、タイミングを読むんだ、そして赤い糸は感情だって伝える、なら………………? あれ? もしかしてマジで普通に恥ずかしがってる……だけ? あれ?)
(神明くんの癖に! 神明くんの癖に! なんでそんなカッコいい目で見るのよ!! うう、こんな平凡な顔なのに、私の美貌と釣り合うはずないのに、どうしてこんなに胸が高まるのよ…………!!)
迫力のあるキツめの美少女だといえ、恥ずかしがる姿はこうも魅力的なものか。
あばたもえくぼ、とはこの事だろう、隣に立つ男は恋人がいるのにどうして嬉しく思うのか。
――もう、校門は通り越して上履きに履き替えるまで秒読み。
その時だった、彼らの目の前に立ちふさがる者ひとり。
「よくぞ来たな我が魂の片割れの伴侶――――って!? はぁ? いつの間にそんなに関係が進んでるのよ!?」
「えーちゃんっ!? こ、これは誤解! 誤解なんだ!!」
「――――ッ!? ぁッ!! ナイスタイミング加古さん!! ちょっとこっち来て!!」
「うえぇ!? 水仙さん!? わたしは大五郎に聞きたいことが――――!?」
「……………………あれぇ? どういうこと?」
これしかない、大五郎の幼馴染みである加古絵里なら咲夜のピンチを打開してくれる筈だ。
その直感に従い、咲夜は絵里の手を掴んで屋上へと走り出したのであった。
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