第11話 パンツ!



(えへへぇ~~、昨日は良い感じだったじゃない? うんあれこそ友達って感じの放課後の過ごし方じゃない? 会話が無くとも苦にならない、まるで恋人みた――――あれ? う、うん、気のせいよ私たちは友人! だからこうして朝、迎えに行くのも友達だからよ!!)


 と、朝である。

 神明家には澄まし顔で内面は浮かれポンチの美少女が、将来の嫁御だと諸手を上げて歓迎されて。


(ま、まぁ、まだ付き合ってないし? あくまで私たちは友達だし? だから嬉しくなんてないの! そう! そうなのよ!)


 とんとん、と軽やかに二階の大五郎の部屋へ。

 扉をそぉっと開けると、早朝ドッキリのごとく中へ。


(…………なんだ、まだ起きてないじゃない。朝早いって言ってたけど、本当なの?)


 大五郎としては、なんで通常より遅く起きた時に限ってくるのかと文句の一つもでる。

 だが今の彼は夢の中、脳天気に寝顔をさらしていて。

 咲夜はこれ幸いと、彼の私物チェックを始める。


(何となく早く起きたから、何となくサプライズで起こしに来たけれど…………、このまま普通に起こすのもつまらないわ)


 その「何となく」の原動力は何か気づかず、咲夜は目を輝かせて抜き足差し足忍び足。


(………………今日の寝顔は普通なのね、いつもこうなら可愛いの――――可愛い? 私が? この見た目平凡な男に? 可愛いって? ………………いやいやいや、これはあくまで友達としてよ、うん、そう、それより何か面白いモノは……)


 少し頬を赤らめながら、ベッドの上から視線を外す。


(本棚……、そういえば高校生にしては本が多いわよね、専門書っぽいものも何冊もあるし、本当に全部読んでるのかしら)


 大五郎の本棚は控えめに言って、雑然としていた。

 三つある本棚の中身すべてが分類されておらず、心理学の本が横になっておかれているかと思えば。

 その上に少年マンガが、時代小説とSFと固まって。

 その間に少女マンガのシリーズの一冊だけがあったり、しかも縦に置かれている本でさえ上下が揃っていない。


(…………エッチな本も堂々と置いてあるわね、これだけ雑に置かれてるなら一冊ぐらい……い、いえダメよ、それをしたら女の子として終わる気がする!!)


 後ろ髪を引かれながら、今度は机の上へ。

 そこにはパソコンと、粘土の様な何かやプラモデル。

 ――伏せられた写真立ての周りだけ、綺麗にしてあって。


(見ても、……いえ、でも、これは見るべきなのかしら? 違う、――私に、見る資格があるの?)


 手を延ばし、裏返しになった額をなぞる。

 水仙咲夜は直感した、これが。


(これが……きっと、神明くんの)


 空虚な笑顔の、寂しそうな眼差しの原因だと。

 けれど……見るのが怖い、見てしまったら何かが崩れてしまいそうに思える。

 呼吸二つ分のためらいの後、彼女は伏せられた写真立てから指を離して。


(――――すぅ、はぁ、すぅ、はぁ、すぅ、はぁ、…………よしッ、切り替えましょう!)


 それより、もっと楽しそうな。

 大五郎の弱点とも言うべき何かを探すべきだ、そう踏み出した瞬間であった。


(あ、服を踏んじゃったわね。まったくだらしないんだから……男の人って皆そうなのかしら? お父さんも脱いだら脱ぎっぱなしだし、洗濯したのもぽんと床に置いて片づけないし――――ッ!?)


 つい癖で、拾い上げた瞬間であった。

 彼女は手に取ったその布切れに、両目を見開いて驚く。


「――――――ぱッ!?」


(パンツぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!? え、この赤いのって神明くんのパンツなの!? うえぇッ!? し、使用済み!? …………そ、そうよね、昨日ぬぎすてたシャツとかと一緒にあったし)


 ばっちぃ、と投げ捨てるのが乙女としての作法だろう。

 だが咲夜は、それを両手で広げたまま注視し固まって。


(こ、これが神明くんの使用済みパンツ!! ――~~ッ、だ、ダメよ私ッ!! 男の人のパンツの臭いを嗅いでみたいって!?)


 もし彼が起きていれば、これこそが運命の赤い糸で繋がっている証拠と。

 お互いにありとあらゆる相性が良い証拠と、性格、肉体、フェロモン――体臭。

 彼が咲夜の匂いに惹かれるように、彼女もまた大五郎の体臭が気になるのだと。

 だからこれは恋ではない、とパンツを奪い返したかもしれない。


(どどどどどどどどどッ、どうしようこれッ!? パンツ!? 男の人のパンツ! 神明のパンツ!!)


 残り香を確かめてみたい、そう、これは興味本位だ。

 世の中には、体臭に異常に執着する性癖があると咲夜も聞き及んでいるが、断じて、断じてそんな性癖は持っていない。


(――――こ、これはそうよ、匂いを嗅いでみて、臭い、そう、臭いと言って、それを神明くんへの攻撃材料にするのよ! 彼も年頃の男の子だもの、臭いって言えば精神的ダメージは大きい)


 理論武装は完了、咲夜が禁断の扉へ一歩踏みだそうとしたその時であった。


「…………うう~~ん」


「ッ!?」


「ふわぁ~~…………、あれ? 誰か居る? 母さん? 今日はもう少し後で起きるって――――っ!? って水仙さんっ!? なんでっ!?」


「お、おはよう神明くん!! 今日はなんだか早く起きちゃったから一緒に登校しようと思って起こしに来たのよ友達として!! そ、そう友達として!!」


「朝っぱら小学生レベルの友情の示し方しないでくれる? いや水仙さんみたいな綺麗なヒトに起こされて一緒に登校できるのは嬉しいけどさ。……ところで今、何か後ろに隠さなかった?」


「は? 何それッ? 神明くんは自分の部屋に私に盗まれるようなものがあるとでも?」(うわーーーーーんッ!? なんでパンツ持ったままなのよ私ぃッ!?)


「ううーん? 僕の見間違い……寝ぼけてるみたいだゴメン」


「い、いえッ!? こちらこそごめん、貴方の都合も考えずに押し掛けてしまったわ」


「いやに素直だし、妙に声が裏返ってる気がするけど?」


「まだ寝ぼけてるのよ! きっとそう!! さっさと顔でも洗ってきなさいよ!! そうした方が良いわ! じゃあ私は一階で待ってるから!!」


「………………なんか変だなぁ」


 ぼやけた頭で首を傾げる大五郎、咲夜はとっさに彼の使用済みパンツを服の下に隠し部屋から逃げ出す。


(どどどどどどどど、どーーーーーーしよぉおおおおおおおおおおおおおおッ!?)


 このパンツをバレない様に返さないと、咲夜の奮闘が始まったのだった。


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