第2話 私に恋を教えなさい



「放課後、屋上に来い」


 授業が終わったとたん、ぼそっと囁かれた言葉に大五郎は背筋をこおらせた。

 とはいえ、行かぬ訳にはいかない。

 彼がしぶしぶ足を運ぶと、そこには仁王立ちでまっている水仙咲夜のすがたが。


(美少女だけど迫力のある美人って感じだから、妙に絵になるよね水仙さん)


 白いセーラー服、そよ風によりゆるく動くスカート。

 彼女は大五郎を睨みつけて。


「――逃げずに来たことは誉めてあげましょう神明くん」


「何の用かな? 意外と字が汚い水仙さん」


「うぐッ、貴方ちょっと私にあたりキツくない?」


「いやいや、ごめんね水仙さん。緊張してるんだよ君が美しすぎて」


「そう? へぇ~、そうだったの! うん許す! ま、私の美しさを前にすれば動揺するのも当たり前だわ。授業中の暴挙も大目に見てあげましょう!」


「…………光栄だなぁ(え? チョロくないこの人!?)」


 満足そうにふむふむと頷く彼女に、大五郎としては困惑しかない。

 彼としては、やや遠回り気味に拒絶を意思表示したつもりだったのだが。


「じゃあさっそくだけど本題に入るわ、――光栄にむせび泣きなさい、私の相手に選ばれた事を!!」


「本題に入ってないね、帰るけどいい?」


「早い早いッ!? やっぱり貴方って対応セメント過ぎない!?」


「気のせいだよ、じゃあまた明日ね水仙さん」


「帰るな!! ああもうッ、普通の男だったら顔を真っ赤にして全部イエスで聞き入れるっていうのにぃ! 今ちゃんと言うから帰るなッ!!」


「じゃあ、どーぞ」


「………………あー、その、ね?」


「ちょっと水仙さん?」


 急に頬を赤らめて、もじもじとし始めた水仙咲夜。

 その姿は、まさに恋する乙女そのもの。

 ――イヤな予感が、大五郎を襲う。


(え、ちょっと待ってマジで待って? これってまさか……そういう事っ!? いやあり得ないでしょ、だってちゃんと話す事ってこれが初めてだし)


 告白、その二文字が大五郎の頭の中でダンシング。

 もし彼がフリーなら、喜んで受け入れたのかもしれない。

 でも今は最愛の彼女がいるのだ、そして二股するほど不誠実でもなく。

 何より、好きでもない相手を付き合うつもりはない。


(少しぐらいは考えなかった事もないけどさぁ!? フるの? 僕ってばこんな美人をフらなきゃいけないのっ!? そう思っただけでプレッシャーハンパないんだけどっ!?)


「えーっと、その、なんて言ったらいいかしら……、こういう事を言うのって、私としても初めてでね?」


(言うな言うな言うなよぉ!! どうか買い物に付き合ってとか、誰かと仲良くなるのを手伝ってとか、そういう事にして!!)


 大五郎としては縁結びに賭けたい、なにせ彼は赤い糸が見えるのだ。

 その特技を活かして、普段から多々恋愛相談にのってる事実もあり。


「――――私に、……恋を、教えなさい!!」


(はい来たああああああああああ…………――――って、あれ?)


 きゅっと目を瞑り、頬を紅潮させて叫んだ咲夜を前に。

 身構えていた大五郎は、思わず首をかしげた。

 だってそうだ、その言葉は恋人になってくれ、というニュアンスから少しずれており。


「…………あー、つまり?」


「私はね、常々思っていたの。……恋する乙女は美しい、それは事実なのでは、……と」


「つまり、誰かと恋をしたいと?」


「違うわ神明くん、この完璧な美しさを持つ私に唯一欠けている要素……それは恋をしているという美しさッ!! そう! アンタには私を惚れさせてほしいのよッ!!」


「…………」


「…………ね、ねぇ、何か言ったらどう? これでも私史上、一番勇気をふりしぼって言ったのだけど?」


 ちらちらと可愛らしく視線を送る咲夜、両手の人差し指をぐるぐるとさせているのが随分とあざとい。

 大五郎はその光景にぐっと来つつ、右手の指を三本立てて返答した。


「ごめんね、三つの理由により拒否するよ」


「ぐッ!? ~~~ッ、り、理由を聞かせなさい!」


「まず一つ、君は美人だからね。校内でも有名な水仙さんと恋人紛いの事をするなんて、男共の嫉妬で僕は死んじゃうよ」


「屋上! 放課後のこの時間だけでいいから!!」


「食い下がるね、じゃあ二つ目の理由。――その役目、僕じゃなくてもいいよね? 信頼できる相手を紹介するけど?」


「何組もカップル成立させてる神明くんだからこそ頼みたいのよ!! それにッ! 最近ずっと見てたから分かるもんッ! アンタが一番信頼できるって!」


 う゛ーと唸りながら半泣きになって詰め寄る咲夜に、大五郎は妙な冷や汗をかきながら視線を反らす。

 そして。


「…………三つ目、正直さこの理由が一番大きいんだ」


「言って、言いなさいよゥ」


「遠恋中でこの学校の生徒じゃないんだけどね、――僕、ちゃんと恋人がいるから」


「…………」


「…………」


「…………そこをなんとかッ!!」


「諦めないっ!? なんでそんなに拘るのさっ!?」


「……………………言えない」


 ぷいっと顔を反らす咲夜に、大五郎としては困惑しかない。

 恋を教えて、つまりそれは恋人になれという事ではない。

 つまり、不貞にはあたらないが……。


「――――ごめんね、水仙さん。僕は恋人に疑われるような事をしたくないから」


「ッ!」


 その瞬間、がらりと空気が変わった。

 咲夜は一瞬うつむくと、キッと睨みながら顔を上げて


(そんな顔でッ!)


「ちょっ!? 痛いって、肩そんな掴まないでっ!?」


「ああもうッ!! アンタに頼んだのが間違いだった! このリア充がッ!! アンタみたいな奴にボッチの気持ちなんて分からないでしょうねッ!!」


「は? ボッチ?」


「そうよボッチよ!! どいつもこいつも私の美貌目当てでッ!! 男なんてガキばっかりだし女も嫉妬するだけだし!! 少しは青春っぽいことをしたいって思っても良いでしょうにッ!!」


「…………だから、僕に相手を頼んだと?」


「そうよ!! 私だってアンタを恋人にしようとは思ってないわよ!! でも信頼できる相手とちょっとぐらい青春したいじゃない!! バイバイ! 私が悪かったわよッ!!」


 拳を握りしめ、ドスドスと怒りに震えて去ろうとする咲夜。

 その背中に、大五郎の涙腺は潤み。


(ぼっち? ――ぼっちに悩んでいただって!?)


 それは奇しくも、彼にとってもクリティカルアタックであった。

 普通なら見えないモノが見え、他の事情からも孤立していた幼き頃。

 それを救ったのは、――幼馴染みであり今の恋人。


『わたしに恩を感じているんでしたら、だいちゃんも同じようにひとりぼっちの子を助けてあげてください』


 響く、大切な愛する者の言葉が思い返される。


(――――ダメだっ、このままなんて絶対にダメだ!)


 次の瞬間、大五郎は振り向き咲夜の手を取って。


「ぬおおおおおおおおおんっ、僕が間違ってたよボッチの水仙さん!! 是非ともボッチ君に恋を教えさせて欲しい!! ダメだそんなボッチのままだなんてっ、せめて僕の手でぼっちを卒業させる!!」


「ボッチボッチうるさいッ! 同情なんていらないわよ!!」


「そこを何とか!! そう! 友達! 今から僕は君の友達だ! 友達なら君の恋の手助けぐらい、一緒に遊んだりするぐらいできる!! 最終的に恋人にはならないけど、友達として恋を教えることなら出来る!! おろろろろーーーーん、水仙さん!!」


「なんでアンタが泣いてるのよ! 手を離しなさい!!」


「いやだ! 友達になるまで離さない!!」


「ああもうッ!! 分かったから! 分かったから! はい友達! 私とアンタは友達! 明日から放課後に屋上で一時間ぐらいは一緒に過ごしなさいよ!!」


 そう言うと、咲夜は嬉しいんだか恥ずかしいのだか、はたまた怒りゆえか。

 ぷるぷると震えながら、今度こそ屋上から走り去り。

 ――そのまま、校舎裏までいっきに。

 誰もいない事を確認すると、両手で顔を覆ってしゃがみこみ。


「…………ううッ、なんで勢いに任せて私は…………ッ」


 それもこれも全部、神明大五郎がいけないのだ。


「いつもいつも、あんな寂しそうな顔で笑って……」


 殆どの者には普通の笑顔に見えただろう、だが何故か咲夜には理解してしまったのだ。

 ――たぶん、種類は違えど孤独をかかえていたから。


「他の奴なんて、……興味なかった筈なのに」


 ――その癖、ひとりは寂しくて。


(恋を教えて、なんて……。そんなの理由の半分も無いんだから)


 この気持ちは、断じて恋ではない。

 この頬の緩みはきっと、たった一人の友人が出来ただけの事。


「…………明日から、どんな顔で会えばいいのよ」


 咲夜は、大きな溜息をはき出したのであった。


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