また恋を教えて、と屋上で君は笑った。

和鳳ハジメ

第1話 赤い糸が見える少年と隣の席の残念美少女




 斜め後ろから聞こえて来たのは、甲高い車のブレーキ音。

 反射的に後ろを向いて、それが間違いだった。

 ――状況を確認する前に、思考する前に、その場から逃げなければならなかったのだ。

 次の瞬間、傍らの愛する人を守ろうと抱きしめ。


 逆に、抱きしめ返された。


 強い衝撃、浮遊感、背中を強く打ち、頭もひび割れた様に痛い。

 腕も折れた様な音がした、今だ状況を飲み込めないまま、数々の悲鳴が五月蠅い、遅すぎるクラクションが五月蠅い。

 重い、呼吸すら困難な程、重い。

 そんな事より――――。



「――――…………ァ、よか、ったぁ…………」



「え」



 妙に安心した顔して、彼女は。

 信じたくなかった、己の痛み、怪我なんてどうでもよかった、本当に、信じたくなかったのだ。

 彼女の半分は潰れ、そして己は五体満足だった事を。


「~~~~~~~~っ!? ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 分からない、何が起きているのか、何を喪ってしまったのか、分からない、分かりたくない。

 唐突すぎる、予想すらしてなかった、どうして、どうしてこんな。


 ――五月蠅い、誰かが名前を叫んでいる。


 ――五月蠅い、のどが痛い、誰かが名前を叫んでいる。


 ――五月蠅い、寒い、こんなに強く抱きしめているのに、誰かが名前を叫んでいる。


 五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、邪魔をするな。

 誰かが必死に叫んでいる、つめたいなにかと引きはなされる、だれかがひっしにさけんでいる、おれたあしではいいずって。

 うるさい、つめたい、いたい、かのじょのかおはみょうにやすらかで。

 おさえられる、とどかない、かのじょがはなれていく、たすけて、だれかかのじょをたすけて、さけんで、さけんで、あばれて、さけんで、でもとどかなくて、すべてがおそくて。

 めのまえが、まっくらになった。



 ――――それから、三年の時が経とうとしていた。




 ◇




 運命の赤い糸を知っているだろうか。

 そう、小指からのびる赤い糸が運命の相手へと繋がっているという伝説である。

 あくまで伝説、現実には存在しないはずだが。


 しかし――ここに、運命の赤い糸を見える少年が一人。

 外見はどこにでも居そうな高校生、名を神明大五郎かみあきら・だいごろうという。


(…………何回見ても繋がってるよねコレ)


 幼き頃から見慣れた運命の糸、それは己の小指から隣の席の少女に延びていて。

 本日最後の授業、気怠げな空気の教室のなか彼は何度もそれを確認する。


 彼の見る赤い糸というのは、伝説や神話にあるような絶対的なものではない。

 確率。――見えたら最後、繋がったら最後。

 その相手とは、ほぼ確実に添い遂げるほど相性の良い可能性がある、という代物だ。


(ああもうっ、なんで赤い糸が見えてるのさ――――僕にはもう恋人がいるっていうのにっ!!)


 つまるところ、大五郎の悩みというのはソレにつきた。

 勿論その恋人とは、隣の席の女子ではなく現在絶賛遠距離恋愛中の幼馴染み。

 そして彼女とも……赤い糸が繋がっていた。


(いや何かの間違いでしょ? ……でも、見えた糸が間違ってたケースなかったもんなぁ)


 校内で見るカップルや街行く夫婦の間に、赤い糸が見えなかったことは多々あるが。

 すれ違うお互いを知らぬ男女の、希に同性同士でも赤い糸が見える場合はあるが。


(僕と水仙さんが……運命の赤い糸で繋がってるだって? あの水仙さんと? ろくに会話したことも無いのに!?)


 大五郎は何度目かわからない視線を隣の席のクラスメイト、水仙咲夜すいせん・さくやへ向ける。

 あの、と言ったのには訳がある。

 彼女はいろんな意味で、校内で知らぬ者はいない有名人物だからだ。


 ――曰く『絶対に手の届かない高嶺の華あり得ない程の美人

 透き通るような白い肌、腰まで艶やかな黒髪。

 意志の強さを表す黒瞳、口紅をしていないのに紅い唇。

 そこにすらっとした細身の体格も備わって、まさに完璧美人。


(…………いちいち様になってるんだよね水仙さん)


 ただノートに黒板の中身を写しているだけだというのに、まるでひとつの絵画のよう。

 ここまで来ると、荘厳さすら感じる。


(でも、これさえなければなぁ……)


 彼の呆れるような視線の中、板書に飽きたのか彼女は手鏡を取り出すと機嫌良くのぞき込み。

 自分が一番美しく見える角度を、あれこれと模索しはじめる。


 即ち、――ナルシスト。それも重度の。

 恋人にするなら、己の美貌と対等である事が絶対条件だと声高に叫び。

 友人になるなら、己の配下に入り貢ぎ物を献上しろと。

 男子に媚びず、女子群れず、故に孤高で高嶺の花。


 故に、神明大五郎とクラスメイト。

 隣の席である以上の接点はなく、それ以上にはならないはずであった。

 先日、彼女の小指と彼の小指が赤い糸で結ばれるまでは。


(あっちゃん、君が恋しいよ……会いたいなぁ)


 彼のみが知るあり得ない事態に、遠い目をした瞬間であった。


(――――――やべっ、目があった!?)


 手鏡越しに、水仙咲夜と視線がばっちり交差。

 彼女は下卑た意地の悪い笑みを浮かべると、ノートに何かを書き込み。

 その部分を定規で切り取ったあと、雑におりたたんで大五郎の机に投げる。


「――――(さぁ読むのよッ! 世界一美しい私が直々に秘密のメッセージをあげるんだもの、光栄に想うべきだわ!!)」


(え、これは何…………?)


(さぁさぁ、さぁさぁさぁ! 感涙に咽ぶといいわ!!)


 何か面倒な予感がビンビンにする、悪い予感と言い換えても良い。

 彼が見る赤い糸は、繋がりの可能性を伝えるだけじゃない。

 相手の感情も、曖昧にだが伝えるのだ。

 故に。


「――――ッ!?(え?)」


「………………(うん、僕は読まない)」


 躊躇無く手紙を突き返した、それがどんな内容であろうと。

 大五郎は愛する恋人がいる、ましてや不吉な予兆があるのなら尚更。

 愕然と大口をあけた水仙咲夜は、わなわなと震えて拳を握りしめる。


(――――は? え? 今なにをされたの? 突っ返された? この私が? この平凡な男に? 手渡しした手紙を!?)


 ありえない、ありえない、ありえない。

 彼女の美貌をまえに頼みをきかぬ者は無く、ましてや同い年の男子など首がちぎれんばかりに喜んで頷くはずなのに。


(あったまきたコイツッ!!)


 直情的になった彼女は、防犯ブザーをわざとらしく見せつけながら再度手紙を渡して。


「―――(わ か っ て る わ よ ね ?)」


(わかってるわよね、かな? ――けど、それがどうしたっ!!)


「ッ!? ~~~~ッ!! ッ!!(はぁッ!? コイツまた――――ッ!?)」


(へへーんだ、そんなのに屈するもんか水仙さんっ!! 僕は読まないから……ってしつこいっ!? 拒絶してるんだから引き下がってよっ!?)


 二つの机を手紙がいったりきたり、静かな攻防戦が繰り広げられる。

 彼女は荘厳さや神聖さは何処へやら、ぷくーっと頬を膨らませて睨み。

 とうとう机の上ではなく、大五郎の手に直接にぎらせようと腕を伸ばして。 


(――違うブラフっ!? 手紙を持ってないというか耳を掴まれたぁっ!?)


「(…………大人しく読まなきゃアンタがセクハラしてきたって今すぐ泣くから)」


(囁かれると癖になりそ……じゃなくてっ、なんだよそれ卑怯者おおおおおおおおおおおおおおおおっ!?)


 悔しそうに硬直した大五郎を見て、咲夜は満足そうに席に座り直し。

 彼は今度こそ、手渡された手紙に目を通す。


(………………、なんだこれ?)


 そして首を傾げると、己もノートの切れ端に返事を書いて渡し。


(そうそう、最初から素直に読めば良いのよ。えーっとなになに? ……………………うぐッ!?)


 そこには。


『ごめん、字が汚くて読めなかった。

 授業終わってから教えてほしい。』


「~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」


 その後、授業が終わるまでの十五分間。

 大五郎は咲夜に、ずっと睨みつけられていたのだった。

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