第10話 echo

「朝を迎えるのが怖くなる時ってない?」


 私の膝を枕に横たわる彼。

 

「……あるかも」


 よく、分からない。

 だから、あやふやな回答。


「そういう時、どうしても会いたくなるんだ」


 昨日の夜、いきなりLINEライン


『今から会える?』


 特に明日は用事も無かった。

 だからOKした。


「いつも、ごめん。ありがとう」


「うん」


 彼と付き合いだしてかなりったけど、この口癖だけは変わらない。


 彼と会うのは大抵、夜だけ。

 私の身体に触れるでもなく、泣きすがる。


 だから彼がいる時間ずっと、泣きじゃくる彼を抱きしめる。


「ごめん、ごめん」


 ずっと何かに謝っている彼を、


「いいよ。大丈夫、私が許してあげる」


 抱きしめる。

 出会った時も彼は何かに謝っていた。


 繁華街。

 ウイルス騒ぎがあるというのに、何処で飲んできたのか。


 路地裏で酔い潰れ、吐瀉物としゃぶつにまみれ、


「ごべん……」


 何かに謝っていた。


 その後痙攣けいれんし始め、流石にまずいと思いタクシーを呼んだ。


 後日、立て替えたタクシー料金とお礼のお菓子を持って彼が職場を訪ねてきた。お礼と謝罪。下手くそな笑顔が印象的な青年だった。


「……あの」


 立ち去る背中を呼び止めて、


「食事、行きませんか?」


 自分でも意外だった。

 でも、遠ざかる彼の背中がどうしてか。


 とても寂しそうに見えた。


「へ?」


 間抜けた声と、驚き見開かれた目。

 クマだらけの目元が忘れられない。


 聞けば彼は学生で、色々なバイトを掛け持ちしてるそうで忙しい毎日を送っている。


 私から約束を取り付け、会うこと数回。


「付き合えない?」


 私から、聞いてみた。

 あやふやな関係が嫌だったから。


「あっ、えっ、おっ……お願い、します」


 耳まで真っ赤にして、こちらが恥ずかしくなりそうだった。


 あの告白から、一ヶ月経つ。

 

 家に数回、彼を呼んだ。

 だが彼はかたくなに私に触れようとはしなかった。


 テレビからは、連続放火事件のニュース。

 今回で九件目。


「犯人、捕まらないね……」


 呟く。


「そう、だね」


 彼は机の上の煙草とライターをつかむ。


「燃えてるのは、人の命なのに……ね」


 そう言ってベランダに出る。

 決して、彼は私の前では煙草を吸わない。


「……」


 彼をついて行き、私もベランダに出る。


「一本ちょうだい」


「え?」


 咥えていた煙草を彼は落とす。


「ん」


 キャッチ。

 彼の手に戻す。


「これ、安煙草だよ?」


「別に、気にしない」


「身体に良くないよ?」


「そっくりそのまま君に返すよ」


「ううっ……」


 バツの悪そうな顔。

 彼の持つシガーケースから一本取って、


「火を、点して」


 彼がおずおずとライターをさし出す。

 数回、着火に失敗。


「フーッ……やっとついたね」


 からかうように言う。


「……ハハッ」


 下手くそな、でも愛おしい笑顔。

 この時、彼がなのを考えていたのか。


 分かっていれば、もう少しだけ理解していれば……







 数日後、彼は失踪しっそうした。


『ごめん』


 ただその一言を残して。












 




 







 






 


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