第9話 Peace
「先生も興味あるの?」
念願の高校教師になり、初めて受け持ったクラス。
「スカートをたくし上げるのを止めなさい」
下着が見えそうだったので、目を逸らしつつ話す。教え子の一人、鈴村が援助交際をしてる現場に
「そんなこと言って~。先生も興味あるんでしょ。サービスしてあげよっか?」
ラブホテル前にて
「自分をモノみたいに言うんじゃない、鈴村……もう、今日は遅い。家は近いのか? 送っていく」
「……偽善者がよ」
吐き捨てるように言い、彼女は足早に立ち去っていった。追いかけるか? できねぇな。重なった誰かの姿。苦い記憶が
「どうすりゃいい?」
虚しく、夜の街に消えた声。
振り返る誰かの笑顔は、後悔の証。
救えなかった思い人。
「ハァ-」
重い、ため息。
救急車が走ってた。
続いて、パトカー。
最近世間を騒がせてる連続放火事件だろうか。今回で八件目。
*
翌日の放課後、鈴村を生徒指導室に呼び出した。二人きりになる必要があったから。
「……何? 実はシタかったとか?」
尚も彼女は扇情的な仕草、挑発的な態度を崩さない。
「それとも、退学? 別に良いけど……」
投げやりな言葉、その裏側にどんな背景があるのか。
「何もしない。退学でもない」
もう、見て見ぬ振りはうんざりだ。
「鈴村、お前がなんで
「……私がただセックス好きなだけだったら?」
「相手は選べ。昨日のあいつはアカン、君を大事にしてくれる人となら文句は無ぇ」
「男なんてみんなあんなもんでしょ、精子吐き出せる穴があれば馬鹿見たいに金を出す」
「そうでもねえさ」
「違わない!」
ダルそうにぼそぼそといつもの鈴村からは想像もつかない大声。
「どいつもこいつもそうだ! 男はどいつもコイツも私の身体を貪りやがる」
施された化粧が、涙で剥がれる。
「コロナでリストラ食らったお父さんも酒臭い息吐きながら私にのしかかって来やがった」
「……」
「泣きながら相談した彼氏も、優しくする振りしてヤリ捨てやがった!」
あぁ、くそぅ。
「男なんて、みんな一緒だよ……先生もそうなんでしょ?」
あの時と一緒かよ。
「……ちげえ」
「嘘つき! 偽善者!」
「鈴原ッ!」
暴れる彼女を落ち着かせるため、少し大声を出す。
「お前を絶対高校卒業させてやるッ! お前は十分苦しんだ。幸せになる権利があるんだ」
「……ッ」
「舐めんなよ、俺は先生だ。てめえがどれだけ自分の人生投げだそうと俺が見捨ててやらねぇからな!」
「名前、間違ってるし……」
肝心なとこで締らない。
初めて彼女が笑っているのを見た気がする。
「あー、すまん。鈴村、何かあったら俺を頼ってくれ。金が必要なら公的な支援も受けられる」
言うだけ言って生徒指導室を出る。
振り向き、
「待ってろ、必ずどうにかする」
無責任な宣言。
問題は根深い、彼女の家庭にまで食い込んでるのが現状。
「あー、くっそが」
ゴミ箱を蹴り、当たる。
散らかったゴミは、自分で片付けた。
校舎を出て、自販機横に設置されてるベンチ。先客に頭を下げ、座る。
「随分と熱血でやってますね」
先客。先輩教師が、皮肉を飛ばしてくる。
「教え、導くのが教師の本分だと思ってるんで」
「
身体に。熱さが、火が点る。
「……あんたはぁ!」
首を締めあげてしまう。
気づき、すぐに離す。
「すいません」
形だけの謝罪。
「真面目ぶってないで、好きにすればいいのに」
「……
心から、軽蔑する人間が増えた。
フラフラと、学校向かいにあるコンビニへ向かう。何をやっているんだ。
「いらっしゃいませ~」
やる気の感じられない店員の声。
店員の後ろ。煙草の中に、皮肉な名前の銘柄。
「平和か……」
この世の何処にあるんだよ。
あるなら、鈴村が苦しまなくて良いようにしてくれよ。この命くらいくれてやるから。
「二十九番とライターください」
買って、外の灰皿へ向かう。
煙草は初めて吸うから、勝手がいまいち分からない。
一本
「フーッ」
意外と、むせなかった。
肺が燃え腐るような感触というよりは吐き気。
「ハッ」
鼻で笑うのは、この街の空気よりはマシだと思ったから。たった一人の女の子すら、救えないのか?
「……そんな世界、燃えちまえ」
自分の無力を、環境の
「あっ」
コンビニから少し離れた所。
鈴村がいた。向かい合うようにして、男。何か話し込んでいる。
気付けば煙草の火を消し、走り出していた。
「あぁ、お兄さん。その子ウチの学校の生徒なんですよ」
「あ、先生」
男と鈴村が振り向く。黒髪短髪、
片頬に、火傷跡。クマだらけの目元。
「へぇ、あんた。この子に手ぇ出したっていう先生?」
「あ、ドーマさん。その先生違う……さっき言ってた」
「え、マジ?」
男が目を逸らした。
昔の癖で、その一瞬を見逃せなかった。
「ッガア」
ドーマと呼ばれた男を殴り飛ばす。
「ちょ、先生何すんの?!」
「鈴村、もうお前身体売るな」
「こんな奴らの食い物にされる必要なんかねぇ。お前を大切にしてくれる奴は俺が見つけてやる」
「いや、あの先生」
「お前が泣かなくていいようにする」
とりあえず、教師はクビか。
でもいい、守るべきモノは自身でなく、これから生きるべき彼女だ。
喧嘩になるなら、目の前のコイツを道連れに死んでやろうか。
「だから、先生ってば」
「ハ、ハハハハハハ!」
倒れた、ドーマと呼ばれた男は笑う。
「先生、あんた話聞かねえって言われないっすか?」
殴られた位置をさすりながら立ち上がる。猫背だったのか、意外とデカい。
「真加部先生、この人ウチの学校のOGだよ」
「は?」
「私もさ、先生に言われてさ。変わろうと思ってドーマ先輩に頼んだの。何処か働ける場所がないかって」
「そのバイトって……」
嫌な予感。
「カフェっす。良い珈琲入れるマスターがいるとこなんすよ」
俺の怪訝な表情に気付き、
「大丈夫ですよ。鈴村さんから事情は聞いてるっす」
どこか無理矢理、軽薄さを装ってるような。ぎこちない話し方。
「ま、まともなとこですから。最近、結婚されたご夫婦がやってる店っす。心配ないですよ」
彼は震える手で、メビウスの煙草を咥え。
「ありゃ、ライター壊れちまった」
ドーマが手にしているのは、ヒビの入ってしまった百円ライター。
「……すまない」
早とちりで、随分酷いことをしてしまった。
「先生、すんません」
下手くそな笑顔で。
「火を、点してくれませんか」
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