第6話 PARLAMENT/Extra/Lights

 「これ、お願いね」


 受付の事務員から、指定の荷物を受け取る。ここは病院。風俗街の外れにある小さな病院。指定物品を施設へ配達するバイト。そろそろ始めて一ヶ月になる。


「はい、確かに受け取りました」


 受け渡しの書類にサインを貰う。小箱ほどの大きさの荷物。見た目に反して重い荷物の中身を俺は知らない。


 今日の仕事はこの後行く施設に荷物を届け、配達用の車を会社に戻すこと。車に戻ると運転手の正社員の人が待っている。


「おう、書類にサインもらった?」


「はい、書類です」


 受け取った書類を渡す。一応規則なので正社員の確認が入る。八坂さんという正社員の人。ここの仕事に就いて五年らしい。正社員の中では都市が近く、時々一緒に飲みに行ったりと仲良くさせてもらっている。


「……よし、じゃ行こうか」


「うっす」


これで自分の仕事は終わり。肉体労働からの解放に達成感を感じつつ、工場地帯があるこの街独特の重苦しい空気を吐く。この街に住んでからというもの、どうにも息がしづらく感じる。


「どうした? 元気ないな」


 ため息を吐いていると、信号待ちで八坂さんが話しかけてくる。


「いや、そろそろ一ヶ月になるじゃないですか?」


「あー、もうそんなになるかぁ」


「全然、運んでるもの分かんないんすよね。例えば、医療廃棄物って何ですか?」


 信号が変わり、車が出る。


「……使用済みの注射針とかシリンジとかな。産業廃棄物だから、特別な方法で処理しなきゃいかんでな」


 前をしっかり見て運転しながら答えてくれる。


「ほー、そうだったんすね」


 今、俺がバイトしてるのは産業廃棄物などの回収を専門としてる会社だ。正直、バイトなのにかなり待遇が良くこの会社への就職も考えている。


「いやー、この仕事お給料いいんで就職したいですわ」


 冗談めかして言う。


「あー……」


 気の抜けた返事。指定の施設に着き、荷物を下ろすため車から降りる。


「お前さ、子供好きだっけ?」


 八坂さんから唐突な質問。


「え、まぁ好きっすよ」


「……そうか。じゃぁ、あんまり向かないかもな」


「ん?」


 この仕事についてだろうか。子供と何の関係が?


「よーし、終わらして帰るぞ」


 手早く仕事を終わらせる。更衣室で作業着から着替え、先に着替えていた八坂さんは、会社敷地内にある喫煙所で一服していた。


「……お前、結構正義感と強いほうだろ?」


 近づいていくと不躾ぶしつけに一言。ため息みたいに煙を吐く。


「そうっすかね?」


「……まぁ、いいか」


 いつもより何処か釈然としない態度を疑問に思ってしまうが、


「飲み、行くか?」


「お、いいっすね!」


 あっという間に忘れていた。


 翌日、いつものように荷物の受け取りに向かうと病院の前にをおばさんの連中がたむろしていた。


「何だ、あれ?」


 腕や首に十字架、この近くにあるカトリック系キリスト教の新興宗教施設の人達だろうか。『神の教えに逆らうな!』と書かれた時代錯誤もいいとこなプラカードを掲げ、病院前で何か叫んでる。世間はウイルス感染症が流行っているというのにマスクも着けてない。


「あなた、この病院の人?」


 おばさんの一人が話しかけてくる。他のおばさんが後ろでヒソヒソとやっていて気分が悪い。


「いえ、外部の廃棄物回収業者です」


「……この人殺し!」


 いきなりの罵声。汚いつばが飛ばされる。

 

「は?」


「あんたらが運んでんのはねぇ、堕胎だたいした子供だよ!」


「え?」


 視界がぐにゃりと歪む。

 こいつはなにをいってるんだ?


「わ~ん、おかあさん。痛いよォ」


 赤ちゃん人形を持って、病院に掲げる信者。

 風俗街近くにある、ここは……


「さ、産婦人科」


 思い出す、このこぢんまりとした病院。待合室に若い女性が多かった事。誰も何処か、暗い顔。鼻腔、微かに血の臭い。


「命をモノ扱いして捨てて、この人殺し!」


 おばさん連中の人殺しコール。

 自分の手を見ると、真っ赤な何かで汚れているように見えた。


「う、あ。あぁ……」


 気持ち悪い。

 自分がしてきたこと。

 目の前の光景。


「ォ、ウェェ……」


 吐く。

 胸に抱えた重さも、吐き出せたら良いのに。


 しばらくして、中々帰ってこない俺を心配してくれた八坂さんが来て、おばさん達から遠ざけてくれた。


「……災難だったな」


 自販機からスポーツドリンクを買って、手渡してくれる。


「なんで、教えてくんなかったんすか」


 八つ当たりでしか無い。でも聞かずには居られなかった。


「……知らないなら、知らない方がいい。そう、思った」


 やけに高い求人。

 違法でも無く、自治体も推奨するバイト。


「なんだよ、これ……」


 滅茶苦茶な感情に理性が負けて、涙が溢れる。


「俺は、俺は……」


 手が震える。


「……なぁ、一服付き合えよ」


 自販機の近くに、喫煙所。

 フラフラとついて行く。行きながらもう、八坂さんは煙草を咥え、火を付けていた。


「フーッ」


 灰を、灰皿に落とす。煙が自分の方に来るが不快ではない。


「俺もな、初めて知った時、同じ反応したよ」


「……」


「でもこの仕事やめて行く当ても無かったからな。しかも最近は人手不足でバイトを雇う始末だ……救いようがねェよなぁ」


 何処か遠くを見つめながら、彼はつぶやく。胸の不快感が消えない。


「八坂さん、すいません。自分も一本いいっすか?」


「……身体に悪ぃぞ」


「頼み、ます」


「……ったく、分かったよ」


 一本、咥え。同時に二本目に入る八坂さんの分を優先する。しかし、彼のライターはガス欠のようで、


「火を点してくれ」


 手を添え、自分のライターで彼の煙草に火を点す。遅れ、自分の咥えた煙草に火を付ける。


「スーッ」


 吸い込んだ煙草の煙は、


「ハーッ」


 この街の空気に比べれば、幾分かマシだろう。


「お、速報?」


 八坂さんがスマホの画面を見る。

 最近話題の連続放火事件の記事。今回で五件目だろうか。


「うわ、近いっすね」


 自分のスマホでも確認する。

 焼けたのはどうやら、あのおばさん達の新興宗教の施設だった。







                                           






 



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