第5話 CAMEL
少し、寒い昼下がり。
「あの人の車に
「は?!」
カモが釣れた。
人通りの少ない道路。車が通るタイミングを見計らって地面に倒れておく。
そうすると運転手は降りてきて心配し、声を掛けてくる。弱った振りをしていれば勝手に救急車を呼ぶ。後は救急隊員、警察が来たら運転手の車に轢かれたと言えば良い。最近はドライブレコーダーなんてモノがあるらしいが、こんな田舎町の車で付けてる奴なんかいやしない。
「ふざけんなよ! ババア!!」
激昂した運転手がこちらに警察官に止められている。あれでは不利になるばかりだろうに、残念なことだ。
「ひぃ、やめておくれぇ」
こうやって弱者を装っていれば、後は周りが勝手にやってくれる。最近の若者は優しいから利用しやすくて助かる。
「あとは我々が」
一人の警官に声を掛けられ、救急車に運ばれる。怒声を上げ、暴れる男は警官に取り押さえられている。可哀想にねえ。
そのまま病院へ、検査を済ませる。当たり前だが怪我は無く、そのまま退院となった。これでしばらくは保険金で暮らせるだろう。病院の待合室、備え付けのテレビから最近世間を騒がせてる連続放火事件。
「こいつよりはマシだな」
私のやってる事もバレてしまえば犯罪になるのだろうが、この連続放火事件は今回で四件目、人死にも出ている。流石の私も人は殺してない。
一人の若い男の人生に傷が付いてしまうが、知った事では無い。私のような貧乏人の年寄りが生きていくのに必要なことだ。私のやってる事はいわゆる、『当たり屋』と呼ばれるモノ。『轢かれた』と言った者勝ちなことが多く、元々の持病を後遺症と言い張る事が出来ればもっと稼ぐ事が出来る。
「ボロい商売だな」
病院から、市営アパートへの帰り道。空はすっかり暗くなっている。いつもの黄色みがかった安煙草の箱をポケットから出す。足場職人だった旦那も死に、言うことも聞かない息子は、
「お前の子供で恥ずかしい」
そう言って出て行った。もう十年も前の事。
煙草を口に咥える。
「あ」
ライターが無い。
墓参りの時用、線香に火を付ける為のマッチがあったはず。
火を、点す。
オレンジ色の光。手元に微かな熱。
「フーッ」
煙を、空に吐き出す。
先行きみたいに不透明な息。
横断歩道を渡る。信号は無い。
車の音がする。
「えっ」
身体に衝撃。
「ッウフ……」
地面に叩き付けられる。足の感覚が無い。息がしにくい。車が止まり、人が降りてくる。
「……あ」
出て行った、息子。
「あっくん、どうしたの~?」
車の方から女の声。道ばたに落ちた吸い殻でも見るかの様な目。
「ん、何でも無い。なんかゴミ落ちてたの
手に持ってた煙草。
「……まだ吸ってんのかよ」
小さく呟いて、箱を取りあげる。
「貰うわ」
そういえば、息子は今年二十五になったっけ……
「あ? チッ……火がねえ。美代、ライターある?」
彼女は、美代っていうのか。
「火を点してくれ」
視界が暗くなる。
息子の声が、遠ざかっていった。
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