第2話 VIRGINAS / ICE / PEARL

 また客に殴られた。


 でも、良い。

 わたしを殴った中年の男は、ゴミ捨て場でノビている。


 ゴミみたいな職場。

 客も同じくらいゴミ。


 デリバリーヘルスと呼ばれる職種には、およそ身持ちを崩した女達が日銭目当てに身体を売ってる。シングルマザー、学費の払えない大学生、果ては明らかに非合法な手段でこの仕事を強要されてる者。


 世間を騒がすウイルスが蔓延してからというもの。需要が伸びてきているというのが救いようが無い。


 およそ地獄。


 でも、生きる為に金が要る。

 救いの無い世界。でも、今は少し違う。


「だ、大丈夫ですか?」


 どもったような話し方。

 彼はドーマと、みんなに呼ばれてる。デリヘル嬢を現地へ送迎するドライバーだ。


 濡らしたハンカチを渡してくれる。


「ありがと。ハァ、冷たくて気持ちいい」


 殴られたところにハンカチを当て、冷やす。ドーマに微笑みかけてやると彼は少し照れたように会釈をする。


 先程、仕事終わりに送迎を頼んだ後。あの中年は、料金に色も付けず延長を要求。曰く、わたしと親密な仲だから、と。


 断ると、逆上した中年は襲い掛かってきた。一発殴られたものの、何とかホテルの部屋から逃げ出すと、待っていたドーマに男は顎をやられ、現在に至る。


「け、怪我酷く無くて良かった……あ、一服いっぷく。良いですか?」


 彼は煙草を吸う。でも嬢の中には、煙草嫌いなも居る。だから彼は確認を取り、嫌がる嬢の前では決して煙草を吸わない。


律儀りちぎね。わたしは別に良いのに」


「っす」


 少し口の端をつり上げて、笑っているのだろうか。不器用な彼らしい。苦笑していると、彼はまた会釈する。


 ポケットから細長い箱を取り出し、これまた細い紙巻き煙草を取り出す。もそもそと彼は煙草のフィルターを潰していた。


「何それ?」


「こ、これすると涼しい感じになるんです」


 メンソールと呼ばれるやつだろうか。


「へ~」


 百円ライターで彼が火を付けるのを見つめる。


「……わたしも良い?」


「え?」


 驚いた彼の表情。左のあごに小さな傷があるのを初めて気付いた。


「……いい、です…けど?」


「ありがと」


 おずおずと彼が差し出す箱から一本貰い、差し出されたライターで火を付けて貰う。


「んっ、けほっ」


 上向きに漂ってきた煙が目に染みる。


「あ。だ、大丈夫ですか?」


「んえほっ、大丈夫」


 咳き込み、若干涙目になってしまう。

 自発的に煙草を吸うのは、これが初めてだった。


「フフ、わたしの肺。汚されちゃった」


 冗談めかして言うと、彼は少し眉間にしわを寄せ、


「へ、変な言い方せんでください」


 目を逸らし、曇った息を吐いてそう言った。

 ドーマは遠い目をして見つめる先には、わたしの仕事と同じくらい救いようの無い街があった。


 喉に、人工物特有の爽快感が駆ける。

 夜風も同じくらいには、涼しかった。


「も、もう一本いかがっすか?」


 口内に広がるミントにも似た爽快感。

 クマが消えない彼は、口の端をつり上げるのを初めて見た。


 一本もらい、彼も一本咥える。


「火を点して」


 顔を近づけ二本の煙草に、火がともされた。


 

 


 

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