その日、初めて煙草を吸った。

春菊 甘藍

第1話 MEVIUS

 およそ、僕の人生は不幸で彩られている。


 確かに幸せな日々もあったのだろう。だが明るかった日々は、あっという間に塗り潰された。


 最近、彼女が自殺した。


 彼女は大学の寮に入っていて自室で首を吊ったらしい。首についた痛々しいベルトの痕が、頭に焼き付いて離れない。


 大学に入って、人生で初めて出来た彼女だった。


 あるウイルスにより大学は、オンライン授業に移行。同級生にも会えない。バイトも出来ず、生活費に困窮。僕は、ある程度でしか無いがまだ余裕があったため、彼女にお金を貸してた。


「必ず返すから」


 そんな必要なんてなかったのに。

 彼女は女子寮に住んでるため、男子は入れなかった。でもよく入り口まで、料理を持って行った。


 他の人に見られないよう、毎回恥ずかしそうに取りに来ていたのを覚えている。


「ありがとう。あ、この前のオムそば美味しかった」


 忘れられない。彼女は絶対、味の感想を言ってくれた。


「美味しい」


 しか聞いたことがなかったな。


 大学二回生になり、しばらく過ぎた頃。彼女は煙草を吸うようにようになった。鼻をつくような匂いが特徴の銘柄だった。メビウスだったか。


「少し、ね」


 彼女はいつも何かに悩むように。何処か遠くを見て煙草を吸っていた。


 そうして、三回生を迎える前に彼女は死んだ。


 僕宛、死亡時刻前にLINE。


『ごめん』


 朝、このメッセージを見たとき。嫌な予感で吐きそうだった。身体は寮へと走り出していた。無理を言って、早朝にも関わらず寮の人叩き起こす。


 部屋は施錠され、中々明かなかった。ドアを叩き、彼女へ呼びかけたが反応はなかったらしい。力が必要と、バールを持たされ自分で彼女の部屋のドアをこじ開けた。


 部屋のドアノブにベルトを掛け、ドアに寄り掛かるようにして首を吊っていた。


 部屋は、几帳面だった彼女らしからぬ荒れ様。部屋の片隅に、デリヘル募集のチラシ。妊娠検査薬、陽性だった。


 使い古された机の上。MEVIUSの煙草。彼女のライターがあった。


「なんでさ」


 それから、何日たったか。


 彼女が死んでからというもの、時間感覚すら曖昧だ。残された煙草。


「教えてくれよ」


 届くはずも無い。願望。


 ベランダに出る。外は夜。

 星だけがやけに綺麗。

 箱に半分ほど残っていた、一本を取りだし口にくわえる。


 火をともす。


 火がつくと、深く吸い込もうとして咳き込む。

 煙草を吸ったことは無かった。二十歳も越えてる。法的問題は無い。


「あぁ……」


 彼女の匂いがする。

 涙がこぼれるのは、きっと煙草の煙のせいだ。


 煙草の箱を揺らす。

 紙巻き煙草ではない紙片。


 煙草に似せて巻かれたそれを取り出し、開く。


『ゴメン。貴方を愛してる』


 彼女の文字だ。慟哭どうこく

 そんなモノでは表せない。


 この世界を、男は憎む。

 あるいは、自分自身を。


 ただ、この世界の端っこで。

 ありふれた犠牲。


 不幸はメビウスの帯のように循環し、止まらぬ。


 ならばこの世界ごと焼き尽くすような炎を。

 眩しい程の光を。


 火を、点してくれ。

 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る