第36話 主演との共演

「松村麻美役の四月一日です。今日はよろしくお願いします」


「氷川悠一役の川田一輝です。こちらこそよろしくお願いします」


爽やかイケメンという感じで、テレビのイメージ通りの川田さんと挨拶をかわす。


「自分、演技が得意なわけではないので四月一日さんとのシーンで結構NG出すかもしれないですが、よろしくお願いします」


「いやいや、私こそ演技初めてで、NG出しまくると思いますから気にしないでくださいよ」


売れっ子俳優に頭を下げられた底辺アイドルは慌てるしかない。


「松村麻美役ってなかなか決まらなくて、変な女優さんになったらどうしようと思ってたんですけど、四月一日さんでよかったです」


「本当に私でよかったかはわからないですよ?ほら、あまりにもNG出しすぎて撮影が押すかもしれないですよ」


「あはは…とりあえず頑張りましょう」


どうやら慌てた私の、マイナス発言が継続したせいで、川田さんが少し引き気味だった。本当に申し訳ないと思った。





「それで、悠一くんは今付き合ってる子いるの?」


前回私が撮影したシーンの続きだ。

追いかけた後、氷川悠一に声をかけて、せまるシーンだ。


「いない、ですけど…」


川田さんはどことなく返事に困るように答える。

その姿を目にした私は、台詞通りの言葉がすっと口から出てきた。



「…気になる子がいるの?」



「…そうですね。でも、麻美さんには関係ないですよね…俺のこと振ったのは麻美さんじゃないですか」


「…そうだよね。…でも、悠一くんのことが、今、好きなのは本当だから。私とやり直してくれることを、考えてほしいの」


「…人を待たせているので、…すみませんが失礼します」


そう言って急ぎ足に会話を切り上げ、この場から離れる。

私はそれを止めようかと、手を差し出そうとするものの、その腕は途中で制止する。

そして、何を思っているのか分からないような表情を、原作を知っている人ならば、何か悪い策を考えているかのような表情を、気だるげな様子で浮かべてみた。



「カット!いいよ、四月一日さん!川田くん!」


監督さんからお褒めの声をいただき、カメラが止められた。


「よかったですか?…あまり自信なかったですけど」


「全然よかったよ。川田くんとのシーンは想像以上だ。川田くんと、いい演技だったよ。四月一日さんにつられた?」


「そうですね。やり直してくれないか、の所は表情に惹かれてか…氷川じゃなくて、自分が落ちそうになりましたよ。あれ?俺この人と付き合ってたんだっけ?みたいな錯覚に陥りましたね」


「だってさ四月一日さん。この調子で次のシーンも頼むよ」


「あ、はい!ありがとうございます」


表情…?あまり意識せず演じただけなので、こちらが川田さんにつられて上手くできたと思ったのだが。


とりあえずNGをもらった訳では無いので、ひとまず気にせずに次のシーンに臨もう。



「うーん…もうちょっとタイミング遅めで動いてもらっていいかな」




「あー…良かったんだけどもう1回撮らせて」



別のシーンにて、数度のリテイクをもらってしまった。少し落ち込んだものの、押すことはなく時間通り撮影は終了した。

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