第37話 主演のふるまいを尊敬する底辺アイドル
「四月一日さん、お疲れ様です。よかったら飲みに行きませんか?キャストは俺だけなんですが…それとスタッフさんがいるんですけど」
「え、いいんですか?」
あの後、数回NGを貰ってしまったが、落ち込まず前だけ向いて撮影を続けた。
あくまでも、下手くそだったからNGというよりも、別のパターンも撮ってみようということでのリテイクだったので気は重くならなかった。それに監督からもお褒めの言葉をいただけたのだ。
そんな撮影終わりの私に、今回絡みが多かった川田さんから声をかけられた。流石主演、私みたいな追加キャストに声をかけて現場の人間関係を高めさせようと努力する姿勢は尊敬に値する。ただ、キャストが川田さんだけって、もしかして私避けられている?などと少し不安に思った。
「もちろんですよ。時間ありますか?」
「ありますあります。是非参加させてください」
断る理由もないので参加の意を表明して、着いていくことにする。他のキャストがいないのは残念だが、次回の収録では会うだろうし。
飲みの会場に着き、早速注文を済ませる。注文が届くまで暇だなと思っていると川田さんから話を振ってもらえた。
「四月一日さんは、ドラマの仕事とかって初めてだったんですよね」
私には初ドラマである。これが撮影現場かぁと演者のくせに撮影を目撃した通行人感覚の感想が初日にはでてきたくらいだ。
「そうですね。撮影中はやらかすんじゃないかってのはもちろんですけど、合間も変に映りこんだり、音出さないように気を張ってたら疲れました…。川田さんは経験あるんですよね」
会話を続けていると注文の品も届き、お酒に口をつけ出す。もちろん、つまみの品にも手をつけながら話を続ける。
「いやぁ…でも主演は初だったので。メインキャラは何度が演じさせてもらってましたけど、やっぱり主演となると結構プレッシャーですね。現場の人への気づかいとかも、以前は主演の先輩がしていましたけど、あんな風にはできないなと。座長になってみてようやく先輩たちの凄さを実感しました」
底辺アイドルにとっては少し他人事のような話だが、やはり主演は大変だなと思いながら、グラスに注がれたハイボールに口をつける。川田さんは焼き鳥をまとめて口にするという豪快な食べ方を見せていた。
「いやいや、私を飲みに誘ってくれたときとかスムーズで、これが主演の気づかいか、って感じでしたよ」
飲みの席であり、なかなかのペースでお互い飲んでいることもあり、言葉を発することを促進させる。
「あ、私もいいですか」
飲みながら話している最中、そう言って何人かのスタッフさんも加わって話が進む。
「四月一日さんって肌綺麗ですよね。普段メイクとかどんな風にしてるんですか」
「そんなことないですよ。安物の化粧品しか使ってないですし」
女性スタッフとはコスメの話などをするが、明らかに私よりいいモノをお使いのようだった。私のコスメなんてドラッグストアに行けば簡単に揃うのようなやつなのに。
売れたら私も少しは値段の高いものを買ってみようか。
「あ、連絡先交換しておきましょう。それと、写真撮ってSNSにあげても大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。私なんかをあげても全くバズらなさそうですけど…」
なんせ私のフォロワー2桁だから。いいねやRTは1桁だから。フォロワー数万人の俳優が宣伝に使う相手には相応しくなさすぎる。
「四月一日さんは綺麗ですから、男性なら2度見くらいしますし、女性もこの美人誰だろうって感じで見てくれると思いますよ。撮るのでちょっと寄ってもらっていいですか」
なかなか恥ずかしい台詞を言われて照れてしまうが、お酒が入っていたことで顔が赤くなっていたとしてもバレないのはラッキーだ。
もちろん、川田さんもお酒で顔が赤くなっているので、こんな恥ずかしい台詞を言えたのではないかと思ってみたり。
肩がぎりぎり触れない距離で写真を1枚。
その写真を軽く編集してからSNSに投稿したようだ。
そして程よく飲み、程よく食べ、会話も盛り上がって時間が経過した。終電にはまだ時間はあるが、明日も撮影の人、別の仕事がある人など様々な人がいるので、そろそろ帰ろうといった空気が流れたのを感じ取ったのか、川田さんが声をかけてから会計へ向かう。
「あっ、私今お金が…」
そういえば財布の中には残念ながら、往復の交通費数回分の金額しか入っていない。
「俺持ちなので大丈夫ですよ。こういうのって座長が負担するのが習わし?らしいです」
「…主演って大変なんですね…何かあったとき、私でよければ協力させてください。あ、お金以外のことで…」
レジに表示された10万を超える額を見て、ほろ酔い状態だったもののアルコールが一瞬で抜け、協力の意思を示す言葉をかける。もちろん金銭的な面では全く役に立てないので他のことでだが。
10万ってほぼ私の生活費だからな…。それをポンと出せる芸能人ってすごい。そして、いつかはそんな額でもクレジット一括払いをできるようになりたい、そんなふうに思って財布を閉じようとすると、千円札と目が合った。「お前にはまだ早い」そんなことを歴史上の偉人から暗に伝えられた気がした。
はい、これからも精進して参ります。
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