第35話 ドラマ収録スタート
「松村麻美役の四月一日あかりです!初めてのドラマ現場で至らないところも多々あると思いますが、精一杯頑張らせていただきます!よろしくお願いいたします!」
ぱちぱちとまばらな拍手で迎えられた現場。
やっぱり全然期待されてないよなぁ…ほら、チラッとスタッフさんに目をやると下向いてるじゃないか。まあ知名度ゼロの底辺アイドルだからなぁ。
だが、だからといって私が全力で挑まないのは違う。回りの評価が低い?そもそも評価される舞台まで来ることがなかった私が、やったら評価されるような、そんな舞台まで来ることができた時点でありがたいのだ。回りの評価なんて気にせず、自分のベストを尽くすのみ。そのために今日まで原作を読んで、ドラマを見返して、演じるべき松村麻美をイメージしてきたのだから。
「こちら原作者のはちみつゼリー先生です」
スタッフさんから紹介された原作者に挨拶する。
「松村麻美を演じさせていただきます、四月一日あかりです。この作品は、役をいただいてから初めて読んだのですが、とても面白かったです。特に要所要所に伏線が張られていたので、何回も読み直しちゃうくらい素敵な作品でした。
…私は、松村麻美は本当は主人公のことを想って身を引くような素敵な人物だと思っているのですが、先生はどういう風に彼女を描かれていたのですか?」
昨日まで、考えこんで出した結論。やはり、松村麻美は性悪女ではないということ。しかし、原作者が性悪女だと認めてしまうのであれば、これまで私が作ってきた松村麻美を演じるためのイメージが崩れ去ってしまう。
そもそも原作者に、こんな質問をしてよかったのだろうかと不安に思えてきた。
やっぱりコイツはキャストから下ろせと、原作者権限によって追放されるかもしれない。不安だけでなく、我が事務所に降り注ぐかもしれない賠償金の恐怖も追加された。
「四月一日さん、でしたよね。何でそんなこと思うんでしょうか。誰がどうみたって、主人公には自分勝手に迫って、その上ヒロインに嫌がらせするような女ですよ」
「先生の一コマに入れ込んだ熱量のおかげですかね。私も最初は、何て酷いキャラだと思いました。でも、演じるにあたって、松村麻美を掘り下げていくうちに、色々彼女について考えていくうちに、固定観念を壊してもう一度考えました。そして読み直している最中に、小さく割り振られた一コマですが目にとまったんです。嫌がらせをするシーン、主人公に迫るシーン、強気な表情の直前、寂しそうな目でした。だから、ですかね…。あ、私自身は漫画を書くこともできないし、絵も上手じゃないので素人の感想で申し訳ないですけど」
「…そうですか、四月一日さんが演じる松村麻美、楽しみに見させていただきます」
そう言うと、今行われている収録現場へと戻っていかれた。
否定はされなかったので、ひとまず安心だが、私の考えが合っていると受け入れてよかったのだろうか。
ただし、不安なのは、私の演技力が如何程なのかということである。自分の演技力なんて、分からないし、そもそも演技経験がゼロなので、笠井さんに付き合ってもらって練習したとはいえ、不安すぎる。考察だけ一丁前にしておいて実力が伴っていない…バトル漫画に出てくるデータキャラみたいじゃないか。
ロケバスの中で、演者さん達と軽く言葉を交わす。その後、同じシーンの女優、西さんに話しかける。
「西さん、今日はよろしくお願いします。あの、ここってアドリブですよね。どんな話にしますか?」
「こちらこそよろしくお願いします。そうですね、今日の部長の悪口…とかですかね?」
悪口か…確かに食事所での、典型的な会話かもしれない。だが、松村麻美にこの話題をさせるのは避けたい。想い人がいない場所では素の彼女を演じたいのだ。
「あぁ…それもいいですけど。今度オープンするレストランの話にしませんか?ほら、実際来週オープンするお店があるじゃないですか」
「あ、私もそれ気になってたんですよ!いいですね、現実の話ならより自然になりますし、演じてる感じがなくなりますもんね」
どうやら私の案でいいみたいだ。ひとまず合わせようかと思ったのだが、スタッフさんから呼び出される。
「四月一日さん西さん、次のシーンの撮影お願いします」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
幸いにも、主演2人のスケジュールの都合によって、今日の収録では一緒に演じることは無かった。ロケバス、現場ともに姿は見えなかった。少し緊張していたので、ほっとする気持ちもあるが、どうせなら早く一緒に撮られたいという気持ちもある。
まず私の最初のシーンは、会社の同僚と食事をしている最中に、元カレ、氷川悠一を見つけて席を立つシーン。最初は気負わなくていいように、選んでもらったのだろうか。
「それでさ、来週オープンするレストランのメニューみた?」
まずは同僚役の彼女から話が振られる。
「みたみた!スイーツとか美味しそうだし、それに結構SNS映えしそうだよね」
基本的には、人当たりがよくて綺麗と可愛いを両立させた女性というイメージを崩さないように、会話に乗る。
駄目ならこの時点で声がかかるだろうから、止められなかったので2人で進める。
「それなら来週行かない?」
気軽な感じで尋ねられる。
相手役の女優も不自然さのない自然な演技でなかなか上手だと思わされた。
「そうだね、行こっか…あ、ごめん。ちょっとお手洗いに…」
肯定しようとした時に、さっと、視界に写った何かを追うように席から立ち上がる。
「え?ちょっと?」
「カット!OK!」
「あー良かったです…」
ふぅと一息ついた西さん。
「ですね〜。お互い結構自然な感じでできましたね」
「四月一日さんのおかげですよ。何か初めて会ったのに、話しやすいといいますか」
「そうですか?接客業の影響ですかね?」
伊達にコンビニバイトで接客の数を重ねてきたわけではないのだ。
とりあえず、初めての撮影で1発OKは自信になった。次も頑張らなくては。
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