第伍拾壱話 あやめ祭り~白藍捺希・白菫鈴望の場合~
いつから強く当たるようになったんだろうな。
いつから自分の気持ちに素直になれなくなったんだろうな。
――ありがと、ナツ! 嬉しい……!
普段から笑顔が絶えないのに、何年も隣でその笑顔を見てきたのに。
あのときのクシャクシャの笑顔だけは忘れない。
いつから弱虫になっちゃったんだろう。
いつから自分の気持ちを誤魔化すようになったんだろう。
――これ、鈴望に似合うと思って……買ってきたから。
なんでもそつなくこなすのに、恥ずかしがるときなんてなかったのに。
顔を赤らめながら白い菫の花のペンダントを渡す姿だけは忘れない。
**
白藍捺希
あやめ祭りが始まってから1時間ほど経っただろうか。
ちなみに仕事中だが屋台の食べ物を食べてもいいし、特設ステージで行われているイベントを見てもいいみたいだ。
まぁ、碧も楽しもうって行ってたしな。
てことであやめ園を歩きながら来場者の方々に声をかけているのだが――少し予想外のことが起きている。
「写真撮っても大丈夫ですか?」
それは俺と鈴望のツーショットやいっしょに写真を撮りたいという人が多いということである。
こちらからあやめ祭りに関することをSNS上で写真と一緒に投稿してもらうことをお願いしているということ。
そして、俺たちが万葉衣装を(しかも俺と鈴望の衣装は対になっている衣装のため、並んで歩くと綺麗に映える)着ているということ。
そして、SNS上で写真を投稿していたため、軽く認知されてしまっている。
俺はあまり写真に映ることが得意ではないが、仕事のためそんなことも言ってられない。
一方鈴望はというと笑顔でその要求に応えていて、むしろ楽しそうだ。
こうやって初対面の人とでも明るく接することができるのは鈴望の長所であるし、本当にすごいと思う。
「ナツ? どうかした?」
鈴望が来場者の方との話を終えた後こちらの顔を覗いてきた。
「ん? いいや、なんでもない」
俺はそれだけ言って来場者の方の対応に戻る。
「そう?」
鈴望も何事もなかったかのようにまた話を再開する。
こんなこと言うと鈴望が調子乗るからな。
いつもそんなことを言い訳に鈴望を褒めることはなくなった。
そして、それを隠すために強く当たるようになった。
10年も一緒にいるとこうなってしまうんだ。
碧と
そんなことを考えていると、声をかけてくれた同年代くらいの女子高校生の1人が当たり前かのように質問をする。
「写真をSNSで見たときにも思ったんですが、お二人は付き合っているんですか?」
――付き合う。
仲の良い男女が一緒にいるためには『付き合う』という理由がいるらしい。
「いえ、付き合ってないですよ。幼なじみなだけです」
俺は否定する。
だって
青空に少しずつ白雲が流れていく。
やがて太陽を隠し、陰りが見えるようになった。
白菫鈴望
――付き合ってるの?
何度この言葉を私とナツは浴びてきたんだろう。
小学校高学年から高校2年生まで本当に数えきれない。
そのたびに2人で声を揃えてこう言った。
――付き合ってないよ。
――ただの幼なじみだってば。
でも、いつからだろう。
こうして否定するたびに悲しくなってしまうようになったのは。
ナツが否定するたびに胸が締め付けられるような感覚になったのは。
もう私は私自身に私の想いを証明されている。
自分でも気づかない間に私はナツのことが好きになっていた。
ナツには気づかれているんだろうなー。
私のことなんてなんでもお見通しって感じだし。
ナツは気づかないふりをしている。
それに私も乗っかっているんだ。
そうすれば想いを打ち明けずに済むから。
告白はきっとそれまでに至る関係が深ければ深いほどそれに比例するように難易度が上がっていくものだと思うんだ。
だってそれまで一緒に過ごした時間と関係性を天秤にかけるから。
そうなると私とナツって難易度高すぎるよね。
私はナツとどうなりたい?
いや違うね。
どうなりたくないんだろう。
それは不思議とすぐにわかるよ。
「鈴望、屋台のほう行こうぜ。鈴望もお腹空いてるだろ?」
ナツが笑顔でいつもと変わらない調子で私に話しかける。
全くこっちの気も知らないくせに。
でも、それがものすごく安心する。
「さーて、ナツに何買ってもらおうかなー?」
「なんで俺が奢る前提で考えているんだよ」
ナツとこうやってくだらないやり取りができなくなるのが嫌。
ナツにツッコまれなくなるのが嫌。
ナツが隣にいてくれなくなるのが嫌。
わがままかもしれない。
いや、わがままだよね。
でもさ、
**
白藍捺希
俺と鈴望はあやめ園の中でも一際盛り上がりを見せている屋台がいくつも並んでいる場所へやってきた。
「焼きそば、チョコバナナ、唐揚げ、りんご飴、カレーにクレープ――って買いすぎだろっっ!」
臨時で設置された円形のテーブルの上にはそれらの食べ物がズラッと並んでいた。
「いやいや、2人分なんだから当たり前じゃん!」
「2人分……ね」
2人分とか言いつつどうせ7・8割鈴望が食べるんだろ……。
「いただきまーす!」
鈴望は勢いよく目の前の食べ物たちに食らいつく。
「食べ物は逃げないんだから、落ち着いて食べろよ」
そんな俺の制止もろくに聞かずにカレーとクレープの写真を撮ってからそれらを口に運ぶ。
「うぅ~ん! ナツ! この
鈴望はスマホを取り出し、先ほど撮った写真と一緒に感想をSNSに投稿している。
こんなときでも多賀城市のPRは忘れない。
俺は頬杖をついて鈴望の気持ちの良い食べっぷりを見守る。
「ん? どうかひた?」
鈴望が口に食べ物を含みながら尋ねる。まず飲み込みなさい。
「いや、相変わらずよく食べるし、いい食べっぷりだなって思っただけ」
鈴望はごくんと食べ物を飲み込む。
「そうかな?」
「そうだって。毎年夏祭りでも爆買いしてるだろ。食べきれないくせに……」
「あはは、ナツが残ったのきれいに食べてくれるからついねー」
「俺は残飯処理係じゃないんだよ……。それに母さんの料理も「美味しい!」って言いながら口一杯に頬張ってるしな」
「ナツのママの料理めちゃくちゃ美味しいからそれは仕方ない。そんなこと言うならナツだってうちのママの料理「うまいです!」って言って何杯もご飯おかわりしてるじゃん」
「ぐっ……それは否定できん……」
俺と鈴望は週1・2回程度お互いの家で夕食を食べている。
おい。そのドヤ顔やめろ。
今思えば俺と鈴望は当たり前のように毎年一緒に夏祭りに行き、お互いの家を行き来し、ご飯を一緒に食べている。
他にもそうだ。
どんな思い出にも鈴望がいる。
きっとそれは鈴望も一緒だと思う。
鈴望と一緒に過ごすのは俺にとっての当たり前で日常だ。
でも
それがこれから当たり前のように続いてくとは限らないことを俺は知っている。
そうだろ――碧。
だから今のこの瞬間に伝えたいことを伝えることにこだわっているんじゃないのか。
ふと顔を上げると鈴望の首元から白い菫のペンダントが見えた。
――鈴望に似合うかも。
白い菫のペンダントに目が留まり、柄にもなくそう思った。
俺から鈴望への初めてのプレゼント。
いつも身に付けてくれているんだな。
鈴望に気付かれないよう息を
もう一度素直になってもいいかもな。
誰にも俺と鈴望の関係を決定づけることはできない。
いや、させない。
俺は
運営に携わる人間がテーマを無視するわけにはいかないからな。
「そのペンダントこれからも付けていてくれると……嬉しい」
鈴望は菖蒲を受け取って、ペンダントを衣装の下から持ち上げる。
「ねぇナツ」
「ん?」
鈴望は真っすぐに俺を射貫く。
そよ風が鈴望のポニーテールを軽やかに靡かせる。
「白い菫の花言葉は『無邪気な恋』だよ」
「なんだよそれ」
俺たちはまだただの幼なじみだろ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます