第四拾八話 嵐の前の嵐哉

 水無月みなづきなぎ


 6月の第2週。

 いよいよ明日にあやめ祭りを控え、生徒会は慌ただしく動いている――

 と言いたいところなんですが、実はそこまで忙しくない。


 私たちが主に担当することは企画と当日の様々な役割であるため、今はあまり積極的には動いている。


「あーもう通知が止まらないーーーー」

 そう鈴望れみさんを除いて。


 私たちはSNSを利用した告知を提案し、実行している。

 まずはあやめ祭りと多賀城市について知ってもらうこと、興味をもってもらうことが第一だと考えたからである。


 そのために美術部部長の淡藤あわふじういなさんにVtuberをデザインしてもらったり、執行部6人で万葉衣装や平安衣装を着て、歴史的史跡や文化財をバックに写真を撮影し、SNSにアップをした。


 今思うと安直なアイデアだったかもしれないが、私たちの予想以上に反響があった。


 ういなさんは元々有名なイラストレーターさんでもあるため、そんなういなさんが手掛けたVtuberとなれば人気が出るのは時間の問題だった。動画配信から1ヵ月程度だが登録者数も再生回数もうなぎ上りでとても調子がいい。

 これはまだ私たちでも予想できた範疇だった。

 ういなさんのイラストとても綺麗でしたからね……。


 私たちの想像を超えたのは私たちの写真への反響だった。

 撮影に要した時間は3時間ほどだったが、写真部の遠峯とおみね美玖みくさんに協力をしていただき様々な構図でかなりの枚数を撮影した。

 そのため、今日まで1ヵ月間毎日写真を投稿することができた。

 それも関係しているのか日に日にいいねとリツイートそしてフォロワー数が爆増している。


「こうなることを期待して始めたけどさ、ここまで反響があるなんて誰が想像できたのよー」

 鈴望さんは椅子に力なく寄りかかり、首と腕を後ろにダラーんと垂らしている。

「あははは……」

 SNSの運用は鈴望さんが行っている。


「せっかくだから返信欄見てみない?」

 汐璃しおりさんが向かい側からパソコンの後ろからひょいと顔を覗かせている。


「おっじゃあ見てみる?」

 鈴望さんは勢いよく体を起こす。

 汐璃さんが立ち上がり、こちら側に来る。

「ほらほう凪さんも。一緒に見よ」

 手でこいこいと招く。

「は、はい」


 私と汐璃さんは鈴望さんの両肩の上から身を乗り出してパソコンの画面を見る。

「どれどれー……」

 鈴望さんが慣れた手つきで目当ての画面までたどり着く。

「えっとー『かわいい!』『和装素敵!』『大和撫子やまとなでしこ』『ここってどこ?』 ふむふむ。ざっと見た感じ否定的なものはないみたい」

「ふぅ……ひとまず安心ね」

 汐璃さんは文字通り胸を撫でおろす。

 私もそこはとても不安だったため安心している。


「他のも見てみよっか」

 そう言って鈴望さんは投稿日時が古い順に画面をスクロールして見ていく。

「ん? んん? おー! ちょっと2人とも! これ見て」

 鈴望さんは何か見つけたのか勢いよく腕を上下し、私と汐璃さんを手招きする。


「なにか面白そうなの見つけたの?」

「これこれ! ちょっと見てみてよ」

 私と汐璃さんが先ほどと同じように身を乗り出して画面を見る。


『黒髪ボブの子かわいい!』

『ボブの子めちゃくちゃタイプなんだが……』

『透明感えっぐい』

『ボブしか勝たん!!』


 ボブ……。

 鈴望さんはポニーテール。汐璃さんはハーフアップ。

 え、これってまさか私のこと……?

 褒められるのは嬉しいけど、恥ずかしさが勝ってしまう。


「おぉー凪さんめちゃくちゃモテモテだぁー」

 汐璃さんはニヤニヤしている。

「ついに凪ちゃんの魅力が世界に知れ渡ってしまったか……ちょっと複雑」

 なぜか鈴望さんはすこし悲しそう。

「どうして鈴望さんが落ち込むんですか」

「私は同担拒否なのー」

 え? なんて?

 どうたんきょひ?

 初めて聞いた単語で意味がわからない……

 絶対汐璃さんもわかってない。

「鈴望さん。その気持ちとてもわかるわ」


 わかるの!?

 頭で混乱して追い付いていない私をよそに2人は返信欄を見ていく。


「みんな凪ちゃんのことべた褒めだー」

「もう恥ずかしいですから私のはやめましょう! お2人を見ましょうよ」

「そんなに恥ずかしがらなくていいのに……。可愛いのは本当なんだからさ」

 そう言ってくれるのはとても嬉しい。

 けれど私は根本的に自分に自信がない。持つことができない。


「私と鈴望さんの写真にはどんなコメントがあるのかなー」

「んーとねー、あ、あった! これはしおりんのだね」


『ハーフアップの子めちゃくちゃ綺麗……』

『衣装似合いすぎ』

『髪の艶すごい……どんなケアしているか知りたい!』

『いとをかし』


「確かにしおりんとあの紫の衣装の親和性高すぎたもんなー」

 汐璃さんの万葉衣装は青よりの紫色の生地に金の細い糸が肩周りを走り、下半身は赤色だが、見える面積が少ないので差し色としてこれほどまでにない役割を果たしている。そして、上半身の布にはあやめの花が彩られている


 まさに今回のあやめ祭りのために作られたと言っても過言ではない衣装である。

 そして、それを汐璃さんが着る。お互いがお互いの魅力を極限まで引き出し合っている。


 きっと姉さんもこの衣装を選んでいたんだろうな。


「本当にあの衣装綺麗だからね。こうやって褒められると嬉しいなー。はやくあの衣装着てあやめ園歩きたい!」

 汐璃さんはまるで遊園地に行く前の子供のようにあやめ祭りを待っている。


「次は鈴望さんね」

「よっしゃ、探すかー」

 すいすーいとマウスを動かして探していく。

「あ! あったあった!」

「さーて何が書いてあるのかなー」

「その言い方まるで私がネタ枠みたいだからやめて……」

 そう鈴望さんが細い目で汐璃さんを睨みつける。

『ポニーテール素敵!』

『明るい子だって写真から伝わってくる』

『短髪の子との2ショットよき!!』


「『短髪の子との2ショットよき!!』だってよ~鈴望さ~ん?」

 汐璃さんはニヤニヤしている。

 最近鈴望さんへのイジリが加速している気がする……。


「う、うるさいなー。ナツは関係ないでしょ! ただ衣装が対になっている感じだからだし!」

「ふふふ」

 そんな言い合いをしている汐璃さんと鈴望さんを私は無視して、他に何か感想があるかさらに画面をスクロールする。


「げっ……」

 私はある1つの感想を見つけた。

 これは鈴望さんが見たらやばい感想かもしれない。


「凪ちゃん? 何かあった?」

 鈴望さんが画面を覗いてくる。


「んー?『他の2人より体がスレンダーからか着姿がとても綺麗!!』 ふーん。なるほどねー」

「ぶっっ」

 向かい側で作業していたナツさんが突然吹きだした」

「なーに笑っとんじゃ! ゴラぁ!!」

「いやーよく鈴望のことわかってんなーって思ってさ。その人見る目あるな!」


 体がスレンダーから着姿がとても綺麗=胸が小さいということを示している。

 鈴望さんに胸の話は禁句である。


「あはは……まぁまぁこれもきっと投稿者の人は褒めてるんだよ」

 アイコンやプロフィール欄を見る限りこのリプライをくれたのは女性の方だと推測できる。

「いやー! 違うね! 女だからこそ私が胸のこと気にしているのわかってて投稿してるね!」

 鈴望さんはとても不服そうだ。


「ほらほら今日はもう帰るぞー。もう明日からあやめ祭り始まるんだから今日は早く帰って明日の備えよう」

 そう言ってアオ君は帰り支度をし始める。


 そうだ。明日はもうあやめ祭り。

 私たちができることはほとんどやった。だから明日からは来てくれた方々をおもてなしするだけだ。


 不安はもちろんある。

 でも、生徒会執行部この人たちがいるって考えると根拠はないけれど上手くいくような気がしてくる。


 姉さん。

 見ててくださいね。


 私は少しオレンジ色に染まり始めて空に向かって心のなかでつぶやいた。

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