第弐拾九話 青い心を打ち明ける哉
「――君」
聞き慣れた声がする。
「おーい千坂くーん」
「っえ、な、なに?」
「それはこっちのセリフ。急に魂抜かれて抜け殻になったみたいにぼーっとするからびっくりしちゃったよ」
「ご、ごめん。ちょっと考え事してた……」
さっきの過去の記憶か。
青い空に白雲。
桜が開花し始め、春の訪れを知らせる。
今は朱色の空がどんどん黒に飲み込まていく。
それに合わせてここ政庁跡の空気も紺色に染まる。
そこに風によって音を立てる満開の桜。
あの時と似ても似つかない。
でも、
今更どうして脳裏で再生されるんだ。
そう自問自答しても答えはもう決まっていて、俺はそれがなにか知っている。
澪が亡くなってから澪との時間を思い出すことをやめた。
思い出してしまえば、澪がいないこの現実をただ強く肯定してしまうだけになってしまう。
思い出してしまえば、ただ辛い。
それだけ。
だからやめた。
「考え事ってさっきの会議でのこと?」
杏さんは俺の右隣に体育座りで座る。
「まぁ、そんなところ……かな」
そういえば、杏さんが一緒に帰ろうって言ってくれたのってさっきの会議での俺の発言についてだったな。途中から色々説明してて忘れてた。
「ここってこの辺の景色一望できるんだね……とても綺麗」
杏さんは多賀城政庁跡から見える多賀城の景色に目を奪われている。
「ここってここら一帯でも高い場所だからね」
「よく知ってるね。さすが多賀城大好きさん」
首だけをこちらに向けてニヤリとした表情を見せる。
「からかわないで。ほら地理の授業で国土地理院使った授業やったでしょ。あのときに多賀城の地形図見たから」
「あー確かにやったねー。でも、あの授業って好きな場所を選んでよかったよね?」
「そうだっけ?」
またニヤリと俺を見てくる。
「ふふ、やっぱ多賀城大好きさんだね」
杏さんは優しい笑顔を浮かべる。
不思議だな。1年前は絶対に顔を合わせないようにしていた相手と生徒会執行部で一緒に活動するようになって、最初は全くうまく話せなかったのに。
今はこうやっていじられるようになった。
いじられてばっかなのはちょっと納得いかないけど。
けど澪と話すときも何かするときも大体澪が主導権握ってたからな……
俺にはこれが合ってるのかも。
杏さんは話しやすい雰囲気を作ろうとしてくれてたんだろう。
そういうの苦手って言ってたくせに。
ふぅと一息をつき話す覚悟を決める。
「今日あそこでとどまったのは言おうとしていたことが今の自分にそれを言う資格があるのかが直前でわからなくなったんだよね」
「わからなくなったっていうのは?」
杏さんは柔らかく、そして慎重に聞いてくれている。
「俺には1つ夢というか目標があるんだけどさ」
ここから見えるあやめ園に目を向けて続ける。
「あやめ園にたくさんの人が来て、その一人ひとりが自分の想いを伝えられる場所にしたい。そういう夢があるんだよ」
杏さんは少し不思議そうな顔をする。
「今、どうして想いを伝えられる場所?って思ったでしょ?」
「え、う、うん……」
「杏さんはあやめの花言葉わかる?」
「花言葉かー確か凪さんが火曜日の生徒会の会議のなかで花言葉関係のこと言ってたはず。でも、花言葉が何なのかは言ってなかった……よね」
凪は火曜日の執行部の話合いのなかで花言葉を使えないかという案を出していた。
姉妹で考えることは一緒みたいだな。
「希望・メッセージ」
「これがあやめの花言葉」
杏さんはこれを聞いて腑に落ちたようだ。
その様子を確認して話を続ける。
「これって俺の夢というより俺が憧れていた人の夢なんだ」
あくまで澪の名前は杏さんの前では出さない。
「でも、その人はこの夢を叶えられるところにはもういないんだよ。だから俺が代わりに叶えようと思ったんだ」
「うん」
静かな相槌が耳を通り抜ける。
「実際にそのことをさっき言おうとしてた。でも直前になってよくわからなくなってさ。その夢を打ち明けられたときに アオの夢は? そう聞かれたんだ」
風が時折吹き、桜の花びらと杏さんの髪がなびく。
自動車が走る音と木々がかすれて奏でる音だけが響く。
杏さんは自分の両膝に顎を当て、タイミングを見計らい首を縦に振ってくれる。
「それがあなたの夢なら俺はあなたの夢を応援することが俺の夢って答えたんだ。そしたらさ、今まで聞いたこともないくらいの大きな声でダメ!って否定された」
「どうして?」
「アオだけの夢を見たいってそう言われた」
「そうなんだ」
「だから俺はどうしたらいいのかわからくなってあれ以上言うのをやめたんだ」
風が時折吹き、桜の花びらと杏さんの髪がなびく。
眼前には朱色に染まる空は残り僅かでどんどん夜へと近づいていく。
自動車のブレーキランプと踏切の警報機が赤く紺色の世界に煌めく。
自動車が走る音と木々がかすれて奏でる音だけが響く。
言葉がいつも以上に重く感じる。
杏さんもそれを感じ取っている。
この2人だけの空間がより一層そうしているのだろうか。
「千坂君にとってその人は本当に大切で憧れている人なんだね」
杏さんの瑠璃色の瞳は地平線を見据えていた。
その儚く風に吹かれれば消えてしまいそうな横顔に目をうばわれた。
「うん……大切な人だよ」
かすれそうになり、喉に引っ掛かりそうになるのをこらえながら声を絞り出す。
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