千坂碧は朱か碧かわからない ~あやめも知らぬ恋もする哉~

モレリア

プロローグ「幽霊も年を取るのかな……」

 中学2年の6月、俺は幼なじみの水無月みなづきみおを亡くした。




「アオ、私が帰ってきたらあやめ祭りに一緒に行く約束ちゃんと覚えてる?」




「何回も言われなくても覚えてるよ」




「本当に?」




「ホントだって。(俺だって楽しみにしてるんだから……)」




「何か言った?」




「な、何も言ってない……」



「そっか。それじゃあ行ってくるね」


 澪は小さく笑い、3歩進んでこちらを振り返る。



「アオ、私もあやめ祭り楽しみにしてるからね」


 朝日に照らされ澪の顔は良く見えなかった。


 けれどそこにはとびっきりの笑顔があったことはわかる。


 そう言って澪は所属する吹奏楽部の合宿へ向かった。


「聞こえてるじゃんか……」


 **


 ――2日後。


 今日は澪が帰ってくる日だった。


 午前中にあったサッカー部の練習から帰宅後そのまま寝てしまった。


 俺はある夢を見たんだ。


 まるでその場にいるのではと錯覚してしまうほど鮮明で妙にリアリティな夢を。


 眼前にはあやめが広がる。


 圧巻だ。


 あやめ色という色がある通りあたりは#菖蒲__あやめ__#で覆いつくされている。


 そのなかに白のあやめや薄紫色のあやめがところどころに咲いている。


 両者がお互いを引き立たせあっている。


 それにしても人がとても多い。


 あやめ祭りってこんなに人がにぎわうような祭りだったけ……


 明らかに例年よりも人が多く、行き交う人々は自分の周囲にあるあやめに目を奪われている。




 これは来週澪と行くあやめ祭りなの……か……?




 そこには今よりも身長が伸び、少しだけ大人びた俺と澪がいた。


 高校生……か?


 来週のことじゃないってこと……か?


 次から次へと疑問が湧いてくる。


 でも、そんなことどうでもいい。


 だって澪が笑ってくれているから。

 澪が変わらず俺の隣にいてくれているから。


 その雲一つない碧い空のように突き抜ける笑顔に何度も救われてきた。


 その笑顔を俺は隣で見てきた。



 だから――


 ――どうか。


 君にはずっと笑ってくれていてほしい。


 そしてもう1つ――同じ制服を着ている。


 ということは無事多宰府たざいふ高校に一緒に入学できたんだな。




 腕には何やら腕章がある。


 これは生徒会……か? 


 俺の腕には生徒会長と縫われた腕章が安全ピンで制服の袖にとめられている。


 そして澪の腕には同じく副会長と縫われた腕章。


 澪が生徒会長じゃないのか……。


 結局あの約束は約束通り果たされたってわけか。



 澪は昔からそうだった。


 澪は人を惹きつける何かがある。

 だからみんなの前を歩くべき存在だ。


 それなのに澪は俺にそういった役職――学級委員や児童会に俺を推薦した。


 ――アオはすごい! だからもっと自信持ちなよ! 私はそれをよくわかってる!


 澪の言葉には他人ひとを動かす力と言い表せない説得力がこもっている。



 澪が俺を呼んでる。よく聞こえない。


「……くん」




 声が近づいてくる。




「――あおいくん」



 え……?



 聞き間違いか……?




 澪は俺のことアオって呼んでたよな……




 澪――だよな……?




 なぁ、澪なんだよな……?




 声が近づいてくるのに俺が見慣れた姿よりも少しだけ成長した面影はどんどん遠ざかっていく。


 ここで見失ってしまったらダメな気がする。

 心の臓が異変を伝えるかのように早鐘を打つ。

 どくどくと気持ちの悪い動悸が俺を揺らす。


 声が出ない。


 俺の想いは声と成ることは叶わない。


 その面影はついには消え、声だけが残る。




「……くん」




 今度は誰だ……




「――アオ君!!」




 俺が目を覚ますと目の前には澪の妹のなぎがいた。


 なんでそんな息を切らしてるんだ。


 なんでそんな――涙をこらえるような表情なんだよ……




「……姉さんが……姉さんが……」




 嫌な――予感がする。


 やめてくれ、それ以上言葉を繋ごうとしなくていい……




 俺のそんな想いは届くわけもなく、凪は必死に声を紡ぎ、俺に何かを伝えようとしていた。


 澪が友達を庇って交通事故に遭ったとかそんなことを言っていた気がする。




 俺は一体どんな顔をしていたんだろう。


 俺の世界から何もかも色を失い、音がなくなった気がした。




 時は流れ、宮城県多宰府高校の入学式。




 校門へ続く坂道に沿って咲いている桜並木の中。




 俺がだれよりも見てきた笑顔がそこにいる。


 隣で見てきた碧い空を突き抜けるような


 もう決して見ることができないと思っていたのに。




「……み……お……?」




 目を疑う。


 何度も目をこすっては見る。


 消えない。


 幻影でも錯覚でも虚像でもない。




「……ははは……」




 涙が止まらない。




 他の新入生が奇怪な目で俺を見る。




 そりゃそうだろ、笑いながら泣いてるんだから。





「――幽霊も年を取るのかな……」


 この出会いは俺たちの綾目あやめを複雑に交わらせた。

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