吸血嫌いのバンパイア

こまつなおと

吸血嫌いのバンパイア

「ラーメン大盛り下さい」

「お!! 吸血鬼の兄ちゃんじゃねえか、久しぶりだな」


 ラーメン屋の店主が俺に気付いて嬉しそうに声をかけてきた。


「ここのところ仕事が立て込んでてさ。おっちゃんのラーメンもご無沙汰だよ」

「常連の兄ちゃんが顔を見せないと俺っちも不安で仕方がねえよ。で、いつもので良いのかい?」

「うん、脂少なめ麺固めのニンニクマシマシで」

「血のトッピングは?」

「少なめでお願いします」

「あいよお、ラーメン大盛り一丁注文頂きました!! 脂少なめ麺固めにニンニクマシマシの血少なめで宜しくう!!」


 後頭部に円形脱毛を患った店長が俺の注文内容を繰り返し読み上げると店内から元気に「い喜んでえ!!」と店員が言葉を返す。ここはラーメン屋『小っ手りラー面でも胴でしょう?』、化け物や妖怪が平和に暮らす街・インゴルシュタットの一角にひっそりと店を構える俺のお気に入り。


 この街の名物は『人間の血』で、あらゆる食材に、どんなメニューにも血のトッピングは当たり前。血が富の尺度でありみんなが追い求める最高の甘美。街を歩けば自販機のほとんどが血のペットボトルを設血する。ここは何もかもが『血で血を争う』恒久的に平和が約束された土血だ。


 当然ながらバンパイアと言えば大好物はその血なわけで。そして俺もそのバンパイア、だが俺は普通のバンパイアの中では異端児扱いされている。と言うもの俺は血が大嫌い、特に人間の血は最悪で少しでも口に含めば吐き気され覚えるほどだ。


 だから俺はラーメンのトッピングに血のマシマシをお断りしたのだ。


 ラーメン屋のおっ血ゃんが「おらよ、水の代わりだ」と俺の前に少しだけ乱暴にコップを置く。そのコップには真っ赤な液体が並々と注がれている。


 俺はコップに口を付けて喉を潤した。実はこの店では水はトッピング扱いなのだが理由は至って単純で水が非常に高価だから。インゴルシュタットでは水は需要が少なく価格設定が高い、普通の飲食店であれば安価な『スッポンの血』を無料サービスで提供してくれるのが当たり前なのだが、おっ血ゃんは俺をよく熟血してくれている。


 そして俺の顔色からその俺の状態を察してくれているのだ。


 今日の俺は貧血状態なのだ、だから普段は血のトッピングも『無し』にするところを今日は『少なめ』を選択したわけだ。


 ああ、頭がクラクラする。俺は注文したラーメンを待血ながらおっ血ゃんの話に耳を傾けていった。


「今日は久しぶりの献血帰りかい?」

「うん、血の気が抜けました」

「抜かれすぎじゃねえのか? さっきからフラフラしっぱなしじゃねえか」

「バンパイアの宿命だよ。今なら酔拳も余裕で出来そうだ」


 俺が腹を押さえて「空腹、我慢の限界!!」と主張するとおっ血ゃんは狙った様なタイミングでどんぶりを俺の前に置いてきた。ドン!! と場末のラーメン屋らしく威勢の良い音が耳に響く。


 俺は待ってましたとばかりにノータイムで割り箸を手に取ってラーメンを貪り始めた。


「コレコレ!! このニンニク臭さがたまらん!!」

「兄ちゃん、吸血鬼のくせに本当にニンニクが好きなのな?」

「ボボボバーベンバベババボババボジョバビブビベブベバビバババビベンバボ!!(ここのラーメン食べた後は彼女がキスしてくれないから大変だよ!!)」

「何だって? 頬張りながら会話するんじゃねえよ」

「ごっくん!! スッポンの血とニンニクは最悪の食い合わせだって話だ」


 おっ血ゃんは「ちげえねえ」とケラケラと笑いながら俺にオマケの餃子を出してくれた。屈託無く大笑いするものだからおっ血ゃんの口の中がテーブル越しでもよく見える。


 俺はスッポンの血で悶々となりながらもバンパイアの嫌いなニンニクをマシマシで食べたから今日は彼女とイチャイチャ出来ないなとガックリと肩を落として落ち込む。すると店員の女の子が「どうぞ」とコップにおかわりを注いでくれた。


 これ以上俺を悶々とさせてどないすんねん、とジト目で睨むと「血い吸うたろか?」と言葉を返されてしまった。ダメだ、今日で血を取られすぎたのかな? 言い返す元気も出ない。


 そもそもこの街は税金の徴収方法がおかしい。インゴルシュタットでは血が通貨としても扱われる。人間の世界で言うところの金貨が『人間の血』、銀貨が『化け物の血』で銅貨は『動物の血』なのだ。


 住民は己の血を税金として役場に収める。つまり今の俺は納税したばかり、俺はまさに文字通りに血税して来たのだ。献血は化け物にとって納税を意味する行為なのだ。


 とは言え俺も腹が膨れたらこの店に居座る訳にもいかず、ポケットから財布を取り出しておっ血ゃんにラーメン代を差し出した。


「ほい、俺の血。ラーメンごっそさん」

「ありがとうございます!! 一名様お帰りです、励みになりまーーーーーっす!!」

「店長はハゲてまーーーーーっす」


 この店の店員の女の子っておっ血ゃんに恨みでもあるのかな? 店の暖簾を潜る俺にサラッと雇い主への嫌味を送ってきた。俺が血ラッと後ろを振り返るとおっ血ゃんが頭を押さえて泣いていた。


 良い大人が泣くなよ、俺はおっ血ゃんを無視して女の子に手を振って店の外に出た。


 俺は店を出て空を見上げた、俺はパンバイアだ。基本的に活動は夜中が多いから空を見上げると星々がキラキラと眩く輝いてその存在を主張してくる。人間なら「綺麗」とでもロマン血ックな雰囲気の中で呟くのだろうが、バンパイアからすれば真逆だ。


「キラキラしてお祓いされちゃいそうだ、サングラスしよっと」


 サングラスは人間ならば日焼けとか眩しさを嫌って昼間に使うらしいが俺たち化け物は違う。俺たちは夜の星の輝きで浄化されないようにサングラスを着用するのだ。


 欠点があるとすれば視界が完全に真っ暗になる事、俺は転ばぬように細心に注意を払って通りを歩き出した。そしてふと己自身のことを思い返す。


 俺はバンパイアのくせに血が苦手だ、両親は当然バンパイア。彼女だってバンパイアで全身バンパイアグッズに身を包んだ生粋のバンパイアっ子だ。服の裏地にだって『蛮波威亜』と刺繍するほどに俺はバンパイアと言う種族を誇りにしている。人間の世界だと『こちとら生粋の江戸っ子だい、てやんでバーロー!』と言って敵を威嚇するらしい。


 そんな俺がどうして血が苦手なのか、それは俺の実家が原因なのだ。俺のウ血はバンパイアきっての名門でとにかく富を蓄えている。化け物の世界で『富=血』の図式が成立するのだから俺の実家は血に溢れかえっているのだ。


 当然ながら風呂のお湯も沸騰させた血、摂取する水分も血、終いには洗濯用の水分も血。とにかく血生臭いのだ。俺は子供の頃から血に塗れた世界で成長して、逆に血の気が抜けたような性格になった。


 通りを歩く俺に肩をぶつけてくる不良も「ちっ」と舌打血をしてくるが、俺には『血っ』にしか聞こえない。全く血の気の多い野郎どもだ。


 今度は仲良しグループの旅行だろうか、通りで記念写真を撮る女の子たちが「はい、チーズ」と言っても俺には『血ー図』にしか聞こえないのだ。俺に向かって血ョリーッスだと? 随分と古い言葉遣いの女の子たちだな。


 俺はそんな幼少期を送ったせいで血を口にしただけで吐き気と共に何年ものの血なのか、果てにはどんな性別のどんな病気を患っているかまで手に取るようになってしまった。


 血クショー!!


 こんな悔しい気持ちなのにスッポンの血の飲み過ぎで血ンコが疼くんだよ!! どうせ今日もこのニンニク臭のせいで彼女からも夜のベッドインをお断りされるんだろ!? 「アンタの口臭って『あの日』よりもキツいのよね」とか言われてベッドの中でそっぽ向かれるのが目に見えてるんだよ!!


 だけど仕方ないじゃん、俺がニンニク好きになったのはそれも実家のせいなんだから。血血、だと流石に分かりづらいか? 父と母が「世界最強のバンパイアに育てたげる」とか言ってバンパイアの弱点であるニンニクと十字架の耐性を持たせる言ったのが原因なのだ。


 俺の部屋はニンニクと十字架まみれ、寝る時なんて「十字架に磔で寝なさい」と母に言いつけらたのだ。垂直の状態なんかで安眠出来るかよ!! 十字架を見ると俺の前世を重大して自責の念に駆られるのだ、頼むから棺桶で寝させてくれよ!!


 そのお陰で今じゃ十字架で磔にならないと寝れない体質になっ血ゃったよ!!


 俺は安物の木材で出来た棺桶にフッカフカの布を敷き詰めた寝床に憧れるタイプだと言うのに、両親の虐待のせいで俺は生まれてこのかた安眠と言うものを知らない。お陰で今や目にクマが俺のトレードマークだ。


 はあ、俺はため息を吐きながら相変わらず通りを歩く、トボトボと肩を落として歩くのみ。そんな目的もなく歩く俺だったが、ふとやり残した仕事の事を思い出した。


 俺は一流のエロ本漫画家なのだ、エロ本漫画家に看護婦はバンパイアの中でも人気の職業。何しろ人間から無限に血液を搾取出来るのだから得難いスキルなのだ。


 俺はこれまで何万、何十万と言うか人間の男から鼻血をむしり取って来たバンパイアの英雄で編集長からの信頼も厚いエロの伝道師と呼ばれた男。


 そんな売れっ子の胸元でブルブルとスマホのバイブレーションは響く。俺は仕事ができる男風にスマートな動きで着信に対応した。


「こちら売れっ子スッポンポンアーティストのニンニクマンです」

『ニンニクマンせんせー、原稿はまだ上がらないんですか?』

「悪い悪い、今さっき献血で納税を終えたところ」

『あー、先生って売れっ子だから相当に絞られたんでしょ? 心なしか声に張りがないですよ? え、もしかしてガリガリガリクソンのミイラですか? バンパイアなのに?』

「血ッ血ッ血、それだけじゃない。君の言う通り俺はバンパイアだぞ? 昼勤明けはキツいんだよ」

『もしかして徹夜ならぬ徹昼で原稿書いてくれたって事ですか!?」

「ああ、これから仕上げに掛かるところだ。日が変わるまでにそっ血にデータを送信出来ると思うからボスによろしく」

『アザーッス!! 編集長にそう伝えておきます!!』


 俺の担当が元気な声でお礼を伝えてきた。


 ヤレヤレ、これじゃあやる気が出ないわけが無い。俺はエロ漫画の原稿を仕上げるべく自宅に向かって歩き出した。スッポンの血のおかげでギンギンにズボンにテントを張る男の象徴を優しく愛撫しながら俺は颯爽と夜の街を進む。


 血を嫌い、血に塗れて血に愛された男、ジャスティーーーーーッス!! それが俺だ。


 ふっ、今日は大人しく担当の顔を立てるために部屋に帰って約束通りに原稿を仕上げるとしようじゃないか。そして綺麗な体になって行きつけのバーにでも顔を出すとしよう。


 俺の一日の唯一の楽しみのため、血んすこうをツマミにお気に入りの血ャイナ・キッスを煽って一日を締め括りたい。彼女のキッスが望めない以上はカクテルに唇を慰めてもらいたいものだ。


 まさかのハードボイルドっぽい終わり方をしてしまったと後悔しながら俺の自己紹介はここで終わり。おっと、すっかり忘れていたよ。俺の名前を言っていなかったね。


 俺はバンパイアの名門チッチニーニ一族の後継者『血アゴ・マル血ンス・血ッ血ニーニ』。ペンネーム『ニンニクマン』の売れっ子エロ漫画家でプロ野球チーム『血ゅうに血ドラゴンズ』の大ファンだ。



 血を吸う時はロックのストロー派だ、なにぶん猫舌なものでね。

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