5-4.チームアルケミストの結託

「物質の細かな特定はで、できませんでしたが、これは……あの、層状粘土鉱物メラルカマロナイトを、じゅ、充填じゅうてん材や補助剤として添加された、その、植物由来の負電荷性錬成樹脂かと、み、見ております。その上、有機ハロゲン化物をこの物質に対する架橋剤とし、"白き地ルーシの金プラ・ウ・ルーシ"を含む錯体の塩化物塩を触媒として使われているのではと存じます。推定した粒子構造はここに描きましたが……」

 ページを開いた記録書をダイマンさんに渡す。そこにも結果と考察の文を書き殴っているが、そのまま説明を続ける。


「じゅ、樹脂の側鎖と充填剤の存在が溶解性の課題を克服しており、またそこに、えっと、生じている魔法作用によって架橋剤と樹脂で起きる反応の選択性を広げています。お、おそらくウィンベル・ラーク錬成反応かとは思いますが」

「アリーが流暢にしゃべっている……」とランネはぽかんとしている。いつも通り話しているつもりだったけど、もしかして普段と話し方違うのかな。

「なるほど。つまりはどういうことだい」と遮るような声は急かすように早口だが淡々としていた。


「つまり……人工的に魔物ケモノの一種である、す、スライム体を錬成しようとしたと、その、存じ……ます」

「ええっ、スライムなのこれ!?」

 ランネは驚愕の声を褐色瓶に向けて言った。黒色粉末はスライムを乾燥させてすり鉢で粉砕したものだろう。ぼくもスライムの乾燥物なんて見たこともなかった。その上、モデルとはいえ自律スライムのメカニズムを再現する例もはじめて立ち会った。

「ほうほうほう。それで他にわかったことはあるかい」


「えっと、レオロジーの評価はしていないので、その、粘弾性の定量的なデータはありませんが、定性的に外部の刺激によって色や粘性を急激に変化させることがわかりました。そ、その、これは推測ですが、ゲル状態で電荷があれば自己収縮をすることもかの、可能かと」

「ふむ、君のノートにも詳しく書いてるね。実に面白い考察だ。錬成学的に基づいているが、最初に行った試験紙での定性分析は塔の国でも?」


「えっ、あ、はいっ。ダイムス試験紙という、複数種の薬草や酵母、金属の配合比によって各性質の大小や有無を評価できるものでして……」

「なるほど。おもしろいものがあるもんだ。おっと失礼、この試料を錬成した理由を聞いてなかったね」


「ええと、ふたつあるかと考えてまして、その……まず、これを応用すれば、かっ、画期的な防具や筋力のほ、補助にもなり得るかな、と。それだけでなく、スライム学における、スライムの運動のメカニズムの解明に、こ、貢献できるかと示唆されます」

「それはなぜだい」


「え、ええと……シェアシックニング流体は高いせん断応力や衝撃に対して高弾性になる性質がありますし、その、電位の制御を達成できればスライム体の収縮によってアクチュエータとして利用できるからだと考えております。ま、またっ、スライムは魔法力学的に運動している、いわば魔力のみでかっ、活動していると考えられてきましたが、それは2年ほど前の論文で否定されていまして、えっと、水と魔力のみでスライムの生成は為しえず、錬金術的な反応によるものだと報告されました」

「ほう、その研究も実に興味深いね。それで」

「は、はい、このスライム体の中で構築されている錬金術システムは回路サイクル化していると見ていまして、しょ、触媒作用によって魔力と物質の電荷や濃度を周期的に変化・流動させるベンジャミン振動反応に酷似していたため……そう、思いました。粉末状にしていたのは、おそらく、安定性と保存性を高めて、管理や運搬しやすくするためかと」


「モノンちゃんわかる?」彼女の背後からぎゅっと抱きしめながら、ランネは小声で訊いていたのを耳にした。

「だいたいわかる」

「すごいね、私にはさっぱりだよ~」

「ランネ、暑苦しい」

 そういいつつも、抵抗するのもめんどくさそうだった。ランネに退屈させるにはいかないので、ぼくは話を切るように感想を口にした。


「こっ、これだけの設備で……こちらを作るのは、あの、す、すごいです。本当に天才だと心から思います……!」

「フハハハハハ! 何を当然のことを! だが、実に愉快! 痛快! 小気味が良い!」

 腰に手を当て、威張るように胸を張ったダイマンさんは高らかに笑った。


「まさかそれ言わせたかっただけじゃないよね?」とランネさんの目はじとりとしている。

「まさか。ここからが本題だよ。そうだろう?」

 腕を組み、鳥の金属マスクがこちらを向く。硝子の目では表情がわからないが、声色からして期待しているような弾みがあった。


「え、あっ、はいっ。で、ですがその、お気に触ったら申し訳ありませんが……その、もしこれを外骨格型動力補助防具パワーアシストアーマーにしたいのなら、課題点がいくつかあるかなと」

「ほう?」


「劣化しやすいです。あと、く、繰り返し性が低いかもしれません。おそらく、あの、錬成する際、このような粒子骨格モデルになるかと思いますが、これだと電磁論的に粒子間相互作用が弱いですし、えと、余分に発生する魔力活性が構造の解離あるいは分解を促してしまう、かも……しれません」

 開いている記録書を指さす。磁石が離れるとひきつけ合う力が弱まるように、粒子骨格の間隔も開いてしまうことで強度が落ちることや、スライムの中で起きている反応も回数を重ねればへたってしまうことを指摘した。


「ならば樹脂の骨格の剛直性を高めて、魔力修飾効果のある層状粘土鉱物メラルカマロナイトの添加量を多くするべきか。これなら余分な活性を相殺できるだろう」

「い、いえ、むしろ層状粘土鉱物メラルカマロナイトの添加量を減らすべきかと」

「む?」

「こ、この積層物質に含まれている構造ストラクチャは光を吸収しやすいです。ほ、本来ならそれが劣化を抑制するのですが、付属した魔力効果が高いと逆に劣化を促進してしまうことが過去に報告されています」

 

「しかし減らしてしまえば溶解性とスライム体の保持力が落ちると思われるが」

「あ、あの、この類の鉱物なら、高分子量体に対し0.1当量以下でも十分な効果が発揮されると思います。経験則ですが、そのような報告例もいくつかありましたので。ただ、もし保持力が落ちたら、そのときは……えっと、硫黄を微量入れてみるといいかもしれません。その、火属性寄りの土属性の成分を含んでいますし、錬成次第で動的で柔軟な結合も可能になります。親和性が低いのが難点ですが」


 彼はとうとう考え込み、閉口したかのように思える。やっぱり納得いっていないのだろうか。たちまち不安になったぼくは提案をする。

「ただ、あくまで憶測ですので……まずは劣化試験をしてみてください。熱老化はもちろん、太陽光に晒して力学的強度の比較ができれば良いかと思います」


 しかし、それの返事もない。質問どころか呻る声すらも出さなくなったダイマンさんは腕を組んだまま銅像のように固まってしまっていた。しんとした空気がたまらなく怖い。

「……」

「あ、あの……?」

「……」

「あっ、えぁ、そのっ、ご、ごめんなさい……! 出過ぎたことを言って、しまいました。……そ、それに、物質の設計は多少心得ているつもりでしたが、あまり深い議論ができず……ご期待に添えられず、その……申し訳ありま――」

「――素晴らしい。すばらしいぞナニー君!」

 頭を下げようとした寸前、まったく動かなかったダイマンさんはバッと腕を大きく広げ、天井へ見上げてはそう叫び出した。鳥のガスマスクを向け、ずいっとこちらに迫ってくる。

「え、えぇっ、あの、ちょ」

「アリーだよ」とランネさんの訂正が入るが、目の前の彼は聞く耳をもたないようにまくしたてる。


「あれは物質の取り扱い方が分かっている手だった! 科学的な根拠を評価試験をもとに物質の原料を同定しただけでなく、改善点までも述べてくれた! おお神よ、素晴らしき恩恵をありがとう! 彼女はまさにこの天才の救世主だ!」

「え、あの……ひと通りの手順に従っただけですので……」

  役者のように振舞い、語る彼に圧倒されるばかり。あまり、過剰に喜ばれるとそのあとの落胆が怖くてならない。補足を口にしようとした寸前、ビシッと指をさされる。


「この天才の助手になってくれたまえ! もちろん、モノン君が一番の助手なのだから君は第二号で構わんだろう!」とVサイン。

「なに勝手に決めてんの。しかも褒めておいて助手って、アリーはプロの錬金術師なんだよ?」

「フハハハ! わかっていないなランネ君、天才は彼女に降参! 称賛! 大絶賛しているのだぞ! そして大いに感激している。ライセンスを持っていない彼女を正真正銘の錬金術師だと認めたのだ。まっ、及第点といったところか」

「大絶賛でも及第点なんだね」

「この短時間で真価を図れるほど、錬金術は安くないのさ。それを司る錬金術師も然りだ」

 彼の動きがコミカルだか紳士的だか、ぼくはついていけなくてあせあせしてしまっている。でも、何はともあれ認めてくれたという認識でいいのかな。


「あ、ありがとうございます。あの、助手でも雑用でもなんでもします、ので、あの、お願いしたいことが……あるんです」

「ん? 今なんでもすると言ったね。そしたらこの天才に紅茶を淹れてくれないか。ちょうど喉が渇いてね。気持ちを落ち着けたいついでだ」

「図々しすぎない!? というか助手と関係ないし!」

「は、はい……! 少々お、お待ちいただければ」

「アリーも承諾しないで!」


    *


 一時はどうなるかと思ったが、これで彼らも自分が錬金術師だと認めてもらえた。居間のテーブルに移動し、モノンちゃんが淹れてくれた紅茶で一息ついたところで、ダイマンさんから本題に入った。


「して、何だね。この天才錬金術師に一世一代の頼み事とは」

錬金術師のプロアリーの前でよく言えたね」

「あ、えと……ウェルテル、河の……水を、きれいにしたいのです」

 ちょっとした静寂が訪れる。嬉々としていた声とは一変、ダイマンさんは冷静沈着に一言告げる。

「あの汚染された河か」

「はい」

 カップを置き、はっきりと返事をする。またも沈黙が流れ、目の前の彼はマスク越しで顎をさすった。


「……この天才でさえ匙を投げてしまった難題に真っ向から挑むか」

 やっぱり既に取り組んではいたみたい。けど、何かしらの課題があって断念している。

「ぼ、ぼくの命を拾ってくれた村の皆様にお礼がしたくて、あの河をきれいにしたいんです。そ、そのためには、まずダイマンさんやモノンちゃんのお力が必要なんです。あらゆる力が結託しないと成し遂げられないとはお、思っていますが、それを実現するための基盤に、錬金術の力が不可欠なんです……!」


 振り子時計の音だけが耳につく。紅茶に金属製のストローを差し、マスクの嘴の下から吸い上げたダイマンさんをただ見つめる。隣に座るランネも頷いては返答を待っている。ぼくたちの顔を交互に見たのだろう、なるほど、と小さく呟いては立ち上がった。

「この天才と優秀なモノン君だけでは厳しかったが、秀才なパリィ君と力を合わせれば成功するかもしれない、否! これは必ず成功するぞ!」

 テンションがいつも通りに戻り、変なポーズを決めた。その様子がどうしてか安心した。

「アリーね。アルメルト・サフランね。なんでさっきより遠ざかってんの」

「……えっと、ということは」

「即行! 実行! 大決行! やろうではないか! "第六回ユングの丘でドキドキ! 河の大掃除大作戦"を!」

「おー」「おーっ!」

 いまのプロジェクト名なのかな。

 雄叫びを上げるように大股で胸を張って両腕を高らかに上げるダイマンさんと、元気よく腕と声を上げるランネ、そしてマイペースを貫いてのんびりと腕を上げるモノンちゃん。ためらいつつも控えめに、ぼくも掛け声を口にして小さくグーを上にあげた。


 でも、嬉しかった。自分を認めてくれたようで。自分の気持ちが伝わったようで。みんなの心がひとつになったようで。

 課題は山ほどあるかもしれない。想像以上に苦しい思いをするかもしれない。でも、どうしてだろう、いまのぼくはなんだか、生きている感じがした。みんなとなら、なんとか乗り越えられるかもしれない。とても頼もしかった。それは、魔物だらけの土地でも比較的安全で、さらに落ち着く錬金工房の中だからこそかもしれない。ちょっとだけ、自分の錬金術に対して自信をもてたのかな。

 改めて、みんなの顔を見る。

 根拠はないけど、だいじょうぶ。そんな気がする。


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