3-2.調理屋と愉快な村人たち


「いらっしゃい。ってなんだランネか」

「なんで残念そうなの!?」

 驚愕とショックが混じったランネさんの背中から、内部を除いた。


 店内は質素。暖色系の丸太家屋ログハウス、といえばいいのかな、文学の本でこの内部と似たような描写があったのを思い出す。暖炉もあり、天井からはランプが吊るされている。窓際や壁に飾られているみずみずしい植物は確か研究所でも扱っている「夜光草ルミユリ」や「煌葉フォトセダム」に近い。希少性が高いんだけど、ここの近くで採れるのかな。


 壁にかかっている絵画がおしゃれだけど、絵に疎いぼくにはただの水彩画の景色だとしか言えない。湖畔、だと思うんだけど。


 左手のカウンター越しには大きな丸眼鏡をかけた女性。ウェーブがかった黒のロングヘアだが、前髪だけかきわけている、いかにもしっかりしてそうな綺麗な大人のお姉さん。片耳にきらりと光った短冊型の小さなピアスが目に入る。


 白い服に赤いエプロン姿。料理人なのかな。でも目が鋭くて、気が強そうで少し怖い。とどめに煙草を赤い唇と白い歯で咥えている姿に勇ましささえ覚えてしまう。


 客は少なく、カウンター席に3人の壮年男性が座っているくらい。彼らはひょっこりと顔を覗かせるようにぼくらを見た。それだけでびくっとしてしまう。男の人はちょっと苦手。


「おうランネじゃねーか」

「元気そうで何よりだ。ここにくるの久しぶりだろ」

「その子見ない顔だな、近くで迷子にでもなってたのか?」

「あ、おじさんたちもこんにちは!」

 そうランネさんが空いた手を上げて振っては元気そうに返すと、苦笑を浮かべていたり、しみじみとした反応をした。


「雑に括ったなぁ」

「てか俺たちももうそういう年齢かぁ」

「戻りてぇなぁ、あのときの無邪気な青春に」

「子どもの一言で感傷に浸ってんじゃないよ」

 そう女性の方は呆れて言う。組んでいる腕は細いけど、しっかりしている。


「この人はミンさん。とびっきりおいしいもの食べたいときはミンさんの料理だね」

「紹介の仕方が主観的だぞーおまえ。ま、みての通りここの店主やってんだ。うちの兄弟も時々手伝ったりするから、そんときはよろしく。で、あんたは?」

 とても初対面とは思えない口調に呆気に取られてしまったぼくは、突然の質問に戸惑ってしまった。


「えっ、あ、あっ」

「アリーっていうの! 錬金術師なんだって」

「別にあんたに聞いてないわよ。この子に聞いてんのあたしは」

 ぴしゃりとランネさんにいいつけたミンさんがちょっと怖い。

 けど、そう感じたのはぼくだけじゃなかったみたい。


「こっわ」

「さすが魔物を調理してるだけあるぜ」

「鬼女」

「うっさい黙ってな男ども」

 またもぴしゃりと言われ、男の人たちも首を縮めた。まるで魔物サンプルでお世話になった甲爬類ブラキュラディネスみたい。

 でも、そのおかげで少しだけ怖さが薄まった気がする。ランネさんの言葉を思い出して、息を大きく吸って、なるべく大きな声でぼくは言う。


「あっ、あ、アル、アルメルト、さ、サフラン……です。ごめ、ごめいわくをおかけしますが、な、な、なにとぞ、よろ、しく……お願いいたします……!」

 一礼する。おそるおそる顔を上げると、


「うん。アルメルトね。こちらこそよろしく頼むよ」

 ミンさんは歯を見せて笑っていた。綺麗だけど、なんだかかっこいい笑い方だ。

 それに安堵したとき、男の人たちの微笑も目に入った。よかった。誰も怒ってない。


「みんなにやけすぎ。キモいよ」とミンさん。そんなひどいこと言わなくても。

「ばかやろ、ほっこりしてんだ俺たちは」

「あどけない孫でも見てるかのようだぜ」

「孫いないでしょあんたたち」

「アリーちゃんだっけ? ランネに診てもらえてよかったな。こいつはとんだおてんばだけどよ、治療の腕と優しさはこの村一番なんだぜ」


 ひとりの長身痩躯な眼鏡の男性が奥の席から顔を出す。そうなんだ、ランネさんは村の皆さんも認めるほどの治療師ヒーラーなんだ。


「えへへぇ」と本人も頭をかいててれてれに照れている。

「……いや腕は三番手かもしんねぇ」と小太りの男の人は顎を添える。

「ちょっとどういうことそれ!」

「おまえもそろそろ17歳になるんだから、アリーちゃんのようなおしとやかさを見習っておけよ」

「私だって立派な乙女だもん!」


「まずは言葉遣いだな」と帽子をかぶった男の人が言っては笑った。なんだか仲がよさそうだと思い、ちょっと安心する。ランネさんの意外な一面がみれたな。

 もう、といいながら小さなテーブル席に座る。ランネさんと対面する形になり、左手にいるミンさんがカウンターに手をついてこちらに話しかけてきた。


「とりあえず、なにか頼む?」

「あれれ、特別キャンペーンとして初回来店のお客様は全品無償だったのでは?」

「レディースデイって知ってる?」

 と、ふたりの男の人は茶化すも、ミンさんは腰に手を当てて呆れた目を向けるだけだった。


「勝手にルールを作るな男ども。商売は商売だ」

「「うわー冷たい人だこと」」

「客から金取るなんて薄情なやつだぜ」

「それは当たり前だろ。指詰めるよ」

「シンプルに怖いんだが」

 このやり取り、いつもやっているのかな。

 あ、でもお店でご飯食べるならお金払わないと。でも、お金は下層区で全部……。


「え、えっと、ごめん、なさい。ぼく、お金……もってなくて」

「あんたに払ってもらおうだなんて思ってないわよ。ね、ランネ」

「うん。好きなもの頼んでいいからね」

「そ、それは、あのっ、申し訳、ない、です」

「いーの。ここに来たばかりなんだし病み上がりなんだから。いまは払わせて」


 屈託のない笑みに押し負けてしまう。でも、と言いかけたが、無理に断ったところで自分ができることはないことに気付き、俯くことしかできなかった。


「す、すいません……」

「そこは"ありがとう"だよアリー。そっちの方が嬉しいかな」

「あっ、あ、ありが、とう……」

「いいねぇ、これが友情か」

「よっ、男前!」

「男じゃないもん!」


「だっはは」と豪快に男の人たちはひっくり返りそうなほどまでに笑う。むきになるランネさんに、「早く決めな」とミンさんは催促した。ぼくは慌ててメニュー表へと目を向けた。


 ランネさんのおすすめを聞きつつ、自分の小食体質を考慮して軽食程度の料理を頼んだ。もっと食べた方が良いと言われたが、食べたいもん食べりゃいいとミンさんは笑っていた。でも結局、自分の手首の細さと、ランネさんの選んだものがおいしそうに思えてきたので、同じものを頼んだ。


「おっけい、ちょっと待ってな」と言って、店主は髪をひとつに結いまとめながら奥の厨房へと入っていった。それの隙を狙ったかのように、帽子の人はぼくに話しかけてくる。


「ランネから聞いたけどよ、アリーちゃんも災難だったな。川から流れてきたのも気の毒だけどよ、無事でよかったぜ」

「は、はい……おかげ、さまで」と返すと、ノッポの人が体の向きをこちらに変えて口を開いた。


「塔の国の住民にとって、ここは魔窟だって言われているらしいから、暮らしに慣れるのに大変だろうな。ここに来るまでいろんなの見たと思うけど」

 ふと思い出し、身が固まってしまった。サァ、と血の気が引く感覚。


「……こ、こわかった、です」

「バッカおまえ、怖がらせるんじゃねーよ」

「ごめん、そんなつもりは」

 小太りの人が小突き、ノッポの人が即座に謝った。立て続きに帽子の人が話題を変えてくれた。


「そうそうアリーちゃん。ここの店主の作る飯は美味いぞ~、どんな貴族も絶品のあまりぶっ飛ぶこと間違いなしだぜ」

「元の家に帰りたくなくなっちまうかもしんねぇぞ? なんつってな!」


 乗ったノッポの人はカップのハーブティーを片手に冗談交じりに笑う。お肉の料理を頬張っていた小太りの人はそれを飲みこんではちょっと困り顔でこちらに半身だけ向けた。


「ただ美味すぎるあまり食べすぎるんだ。みろよこの立派な腹。最近は椅子も軋みだしたし、唯一の難点だよ」

「難点なのは歯止めの効かないお前の食欲だよ。おまえも自分の食べる分くらい狩りに行ってこいって」


 ノッポの人が呆れる一方、帽子の人はぽいんぽいんとその人のおなかをつついて遊んでいた。

「僕は食物の発酵作業で忙しいんだ」

「発酵……?」


 錬金術の中にも発酵の分野があり、菌を利用した技術や合成菌の研究が塔の国でもされている。王立中央研究所にも菌の研究ブースはあったけど関わりなかったな。ぼく自身、座学の知識と実習や手伝い程度の浅い経験しかない。


「うん、発酵場があってね、ビネガーやチーズ、ワインとかいろんな保存食をつくってるの。イッチさんはそこの管理人で、発酵に関しては村一番かな」

 そうランネさんが補足してくれた。気さくな人だけど、とても大事なお仕事されているんだ。


「す、すごい……村の、その、ちゅ、中核を、担っているん……ですね」

「ふっ、なんてことないサ☆」

 そう言って黒い髪をかきあげては、きりっとした顔をした。人の顔ってあんなに変わるんだ。


「年甲斐もなくかっこつけんなよ」

 帽子の人がカウンターに肘をついては呆れる。その左隣に座っていたノッポの人は手を上げた。

「あ、はいはい。ちなみに俺は建築の設計とかやってます。ズバリこの村を作ったといっても過言じゃありません」

「過言だよ。おまえも大人げなく自慢するな」


 人数が少ないけど、一人一人が特化したものをもっている。ランネさんも同じように。ぼくだったら錬金術なんだろうけど……役に立てていないなら、ぼくには何が残っているんだろう。


 そんな会話もつかの間、ミンさんがふたつのプレートを持ってこちらの前に来た。

 芳ばしい香りに、じんと痛くなるように頬が落ちる感覚。まだ食べてないのにすでに満たされたような気持ちだ。


「はい、店主特製ビスクスープふたつね。その塩入り自然発酵パンサワーブレッドに浸けて食べるといいよ」

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