#9 クッキング魔王
「ご馳走様でしたハルト様、どれも美味しかったですぅ」
ダンジョン産の作物を食べたタマが満足そうにお腹をさする。
結局1つずつじゃなくて余計に食べてしまった。
主にタマがね。
「そうだな、まさかここまで素材の味が美味しいとは思わなかった」
ダンジョン産の方が地球産より美味しいとは驚きだ。
「ハルト様のダンジョンだからではないでしょうか」
「どういうこと?」
農作物に関してはダンジョンコアを操作しただけで俺は何もしてないぞ。
「ダンジョンコアは魔王と同じ存在である為、ダンジョンコアの能力は魔王の力に影響するのです、大抵の魔王は同じ程度の力しか持たないのでダンジョンコアの能力に差はありませんがハルト様程強大な力をお持ちだとダンジョンコアの能力は目に見える程の影響が出ているのだと思います」
俺の前世と前々世に美味しい作物を作る能力は無い。
つまり直接俺の能力をダンジョンコアが使える訳じゃなくて、何かエネルギーの様なモノでも共有してるのかもな。
前世から引き継げた"闘気"とかさ。
まあ美味しかったら別に仕組みはどうでもいいや。
「なるほど、美味しさの秘密は俺だったのか」
「そうなりますねぇ」
味の謎が分かった所で、そろそろハンバーガー作りますか。
今の時点ではハンバーガーのモンスターを創れないが、取り敢えず参考がてらに穫れたての食材からハンバーガーを作ってみよう。
「それじゃ収穫するぞ」
畑に植えてある各種作物ごとの半分を素早く収穫する俺。
レタス、トマト、玉ねぎ、きゅうり、米、からし菜、小麦、ニンニク、どれもハンバーガーを作る上で欠かせない。
地下1階の第1フロアにある倉庫に収穫した食材を置いておく。
更に第2フロアで放牧している家畜のコッコから卵を攫って第1フロアの倉庫に置く。
「さ、流石ハルト様、素晴らしく早いですね…」
え、俺は少し早く動く事を意識しただけなんだけどな。
あれでタマには早く見えたのか。
「急いだからな」
「1分も掛かって無いですよ…」
驚いたのか眼をクリクリさせているタマはさておき、このまま腐らせるとまずいからダンジョンコアの購入可能アイテムリストに冷蔵庫があれば買っておくか。
あと調味料とかキッチン関連のアイテムも買わないと。
「ダンジョンコアでアイテム買うから戻ろう」
「はいっ」
というわけでタマを連れて俺は地下2階へと戻った。
到着早々にダンジョンコアを操作し、必要なアイテムを購入していく。
「今回は沢山購入されたのですねぇ」
横でダンジョンコアを見ていたタマが不思議そうに口をこぼした。
ハンバーガーを作る目的がハッキリ決まっているのになぜ初回のアイテム購入時にまとめて買わなかったのかと。
ハムスターのクリクリした眼で俺にそう問いかけて来ている。
「初回のアイテム購入は様子見だったからな、もしダンジョン産の作物が不味かったり予想と違う味だったらダンジョンを出て人里から器具や材料をそろえるつもりだったんだ」
「そこまで考えていらっしゃったとは流石ハルト様ですっ」
タマが尊敬の眼差しを俺に向けている。
餌付けがかなり効いてるなこりゃ。
「それじゃ今からハンバーガーを作るぞ」
「はいっ…ゴクリッ」
あ、今タマが唾を飲み込んだ。
さてはハンバーガーがどんな料理かも知らない癖に味を確信してるな?
そりゃ大正解だぞタマ。
ハンバーガーは世界一美味い食べ物だからな。
それをこれから教えてやろう。
ダンジョンコアで購入した白いエプロンを着る俺。
アイテム購入の結果、ダンジョンコアしか無かった最下層に物が増え、今俺が居る地下2階は倉庫4つとキッチンとオーブンが設置されている。
倉庫には購入可能リストに電化製品ではないらしい冷蔵庫みたいなのがあったので倉庫に置いてある。
更にダンジョンコアの能力で倉庫間の物資移動も可能だった為、地下1階の倉庫に置いていた食材を地下2階の倉庫に移動させた。
ダンジョンコアって便利だよな。
しかもダンジョンコアの便利能力はまだまだある。
俺は倉庫の冷蔵庫から2人分を想定した食材を運び、キッチンに置く。
他の食材に混じってちゃっかり肉がある。
そう、精肉された肉だ。
ダンジョン地下1階の第2フロアで放牧しているモーモーをどうやって精肉までしたのかと言えば、これも購入アイテムに精肉機があってダンジョンコアの操作一つでモーモーを精肉に出来たんだ。
DPさえ支払えばダンジョンコアの能力でモーモーを精肉機まで移動させ、出来上がった精肉を倉庫に移動することが出来る。なんと便利なことか。
ここまで揃えれば後は料理するだけ。
勿論俺はハンバーガー好きだけあってレシピも知っているから料理本は必要ない。
ダンジョンコアで購入した製粉機に収穫した小麦を入れる。
ガガガガガッ
謎の動力で製粉機が動く。
この間に黒い土鍋へ水と米を入れて蓋をしキッチンに備え付けられていたコンロの火を点ける。
このコンロも動力は謎だが、どうやら弱火から強火に調節できるみたいだから他は何も言うまい。
次はソースだ。
トマトとニンニクと玉ねぎを下準備し、謎ミキサーへ少量の酢と一緒に投入する。
ガガガガガッ
製粉機と合わさって煩いぞ。
フライパンにミキサーの中身と砂糖と塩を入れ、ローリエっぽい香辛料を加えてコンロの火を点ける。
少し経ってから更に酢と黒コショウを加えて煮込む。
「クンクンっ、なんだか良い匂いがしてきましたっ」
タマがキッチンの横で鼻をヒクヒクさせている。
「この匂いは料理に使うソースのだから完成まではまだまだ時間が掛かるぞ」
「そ、そうなんですねぇ、完成が待ち遠しいですっ」
「我慢も美味しくなるスパイスだから、大人しく待っててね」
「はいっ」
そろそろトマトケチャップの完成だな。
フライパンの火を消してケチャップを瓶に移し熱を冷ます。
チーンッ
お、製粉機が終わったみたいだ。
製粉機からボウルに小麦粉を移す。
うん、サラサラでキメ細やかな良い小麦粉だ。
ここで謎の鉱物で出来た鍋に水を入れて温め、ぬるま湯を作る。
そして小麦粉の入っているボウルにドライイーストっぽい謎パウダーを加えて混ぜ、砂糖と塩、モーモーから収穫したミルクを少量加えてさっきのぬるま湯を入れて混ぜる。
「はわーっ、粘土みたいですねっ」
食べ物を食べれない物で例えるんじゃない。
「違う違う、これも料理だから」
「で、ですよね…」
コネコネして生地を作ったらボウルに透明な蓋をして倉庫にある温室庫に収納し、発酵するのを待つ。
キッチンに帰ると冷ましておいたケチャップ瓶に蓋をしておく。
次はピクルスを作る。
新しい鍋を用意して酢、水、砂糖、塩、ディルシードっぽい謎の香辛料を鍋に入れて沸騰させる。
鍋の火を止めて熱を冷まし、カットしたキュウリと鍋の中身を瓶に入れ、カットした鷹の爪とニンニクに胡椒を加えて瓶に蓋をする。
そしてこのタイミングで土鍋の米をチェックする。
土鍋の蓋を開けると、ふっくらとした米が炊き上がっていた。
炊きたての米が周囲に豊かな香りを届ける。
「ほぇ~っ!すっごく美味しそうな香りですねぇ!」
「冷めたら味見して良いよ」
「ホントですかっ、ありがとうございますハルト様っ!!」
純米酒と米酢を作ろうかと思ったが、アイテム購入で入手した穀物酢が丁度良さそうだから今回米を使う気は無くなった。
炊いた米も少量だしタマにあげよう。
土鍋は放置しておいて次はまたソースを作る。
小さめの木製ボウルにからし菜の粒を入れ木の棒ですりつぶす。
ゴリゴリゴリゴリッ
潰したからし菜の粒が入っているボウルに穀物酢、砂糖、塩を加えて木製のヘラで混ぜる。
ボウルの中身を空の瓶に入れ蓋をする。
これでマスタードソースの完成だ。
次に俺は倉庫の温室庫から発酵させておいたパンの生地をキッチンに持って行く。
1つの生地を分割し、バンズ用に薄く成形してボウルに戻し蓋をする。
二次発酵の為に再び温室庫で寝かす。
またキッチンに戻って来ると、木製の椅子をタマの近くに配置しその上に米が入った土鍋を置いて木製スプーンを渡す。
「量少ないから全部食べて良いよ」
「わあっ、ハルト様ありがハムッモグッハムッ…美味っ!モッモッモッモッ…ゴクンッ、甘くて美味しいですぅっ!ハムッモグッ…」
またガッツいたなこのハムスター。
料理は逃げないというのに。
「タマは雑食なのか?」
「モゴッ?モッモッモッモッ…ゴクンッ、はいっ、大抵の食べ物は食べれますっ、食事はタマにお任せ下さいっ!」
それ唯の食いしん坊じゃないか。
仕事みたいに言わないでくれ。
タマが肉を食べれるのか気になってたが、この感じだと大丈夫だろう。
「雑食で良かったなタマ、ハンバーガーを味わうことが出来るんだからさ」
「はいっ!」
口の周りに米粒を付けたタマがにこやかな笑顔で良い返事をする。
米を食べ終わった余韻と共にハンバーガーがどいういう料理なのか想像しているんだろうな。
なんてことを想像しつつ、俺は木製の椅子を持って来て座る。
パンの二次発酵まで時間があるし、パテはパンをオーブンに入れるまで待たないといけない。
待つのも料理なのだ。
何しようかと考えていると、タマが突然飛び上がった。
「はわわっ!大変ですハルト様っ!また侵入者ですっ」
おいおい、この世界に来てまだ初日だというのにまた客が来たのか。
「分かった、すぐ行く」
俺はすぐに椅子から立ち上がり、地上1階に向けて歩き出す。
早歩きで地下1階を通り過ぎ、地上1階へと到着する。
カツン、カツン、カツン
誰かが石材で出来た床を靴で歩く音が聞こえる。
入り口を見ると、こちらに向かって堂々と歩いて来る1人の人物が見えた。
ツバの広い紫の尖がり帽子に紫のロングコートを着た白髪白肌の少女だ。
なんだまた人間か。
少女は長い白髪を右手の必差し指でいじりながらつまらなさそうに歩いている。
「ふぅん、あの子達こんな生まれたてのダンジョンで死んだとはね、同じS級冒険者として恥ずかしいわ」
少女は俺が破壊した幅広の通路を通り切り、ダンジョンの地上フロアに足を踏み入れた。
ここでようやく少女の赤い眼が俺を捉える。
すると少女は俺を見るなり腹を抱えて笑い出した。
「アハハハハッ、貴方魔王じゃないの、そんな可愛らしいモンスター1匹連れただけで冒険者の前に出て来ちゃダメよ坊や」
やはり俺が魔王だと人間は分かるらしい。
「お前より俺の方が年上だけどな」
俺は4度目の人生だからな。
少女はクスクスとまた笑う。
「クスッ、私はこう見えて百年以上生きている魔女なの、つまり貴方より年上、分かったかしら坊や」
魔女ね、俺が勇者だった頃によく居た魔法に長けた女性だ。
この世界ではどうか知らんが。
「俺5百年以上だから」
「まあむきになっちゃって、嘘付いちゃったのね魔王の坊や」
嘘じゃないし別に俺がどう呼ばれても良いけどね。
どの道侵入者は殺しておくからさ。
「好きに呼べば良いけどさ、あんた誰?」
「貴方に名乗る必要は無いけど、そうね、坊やには特別教えてあげる、私はS級冒険者"全魔"のセリーナ」
またS級冒険者か。
聞いといて何だけど他に知りたいことも無いし、もうこの辺でお別れしよう。
「俺は魔王ハルト、名乗って貰って悪いが死んでくれ」
俺の発言が気に障ったのかセリーナがギロリと俺を睨む。
「ここまで勘違いしてるとは呆れた魔王ね、死ぬのは貴方でしょ坊やっ」
セリーナを中心として地面に見た事の無い光る文字が浮かび上がる。
途端に俺の頭上から黒い闇が降り注ぐ。
ズズズズズズッ
地面に闇が当たって鈍い音が発生するが、俺は何ともない。
俺は全身に闘気を込める。
俺周辺の空間が大きく捻じ曲がり、闇が根こそぎ消える。
「あ、有り得ないっ!深淵魔法の"ダークスコール"が掻き消えたっ」
酷く動揺するセリーナ目掛けて、俺は右拳を打ち込んだ。
ドゴォォォォォォォオオオッッ!!!
破壊の轟音がダンジョン中に響き渡り、視界が土埃で一杯になる。
やがて土埃が収まると、周囲を見渡して侵入者が他にも居ないことを確認する。
「またダンジョンの入り口が広くなってしまったな」
「さ、流石はハルト様ですぅ」
タマを見ると頭を両手でガードしながら床に伏せていた。
無事らしいな。
「退治出来たし戻ろう」
「は、はいっ、ですが動けませんっ」
また腰が抜けたのか。
俺はタマを抱えて地下2階へと戻る。
「さあ、料理の続きだ」
「はいっ」
地下2階のキッチンに到着した俺とタマはキッチンに備え付けられている水道で手を洗う。
どうやって水を出しているのやら。
手を洗った俺は倉庫の温室庫に行き、パンの発光具合を確かめる。
「良い感じだな」
こんもりと丸く生地が膨らんでいる。
キッチンに発酵が完了したパンを持って行き、キッチン近くに設置したオーブンにパンを乗せた謎鉱物製のトレイを並べる。
オーブンのつまみを操作して簡単に点火し調節する。
よし、最後はパテだ。
ボウルにモーモーのひき肉とナツメグっぽい謎の香辛料と塩を入れ、こねる。
家畜はモンスターなのか野生動物なのか分からんな。
確かモンスターは召喚以外に生み出す方法が無いとかタマが言ってたから多分野生動物の分類なんだろうな。
こね終わったひき肉を円形に成形する。
パテの表面に塩と胡椒を少々ふりかけ、フライパンで焼く。
ジュウッと肉の焼ける音が出て、香ばしい匂いが広がる。
「クンクンッ…ジュルリッ…」
タマが隣で鼻を鳴らし、脱走した涎を口に引き戻す。
「もう少しで出来るぞ」
「はいっ」
焼き上がったパテを皿に置き、オーブンからパンを取り出してキッチンへ持って行く。
小麦粉がこんがり焼けた匂いがフロアに充満する。
「はわわっ、良い匂いが次々とっ」
匂いに興奮するタマ。
ポチに改名しようかな。
と下らないことが頭に過りつつ、今度は玉ねぎをみじん切りにする。
「吸い込んだら辛くなるからタマは少し離れた方がいいぞ」
「えっ?、よくわかりませんが、離れたら良いのでしょうか」
「そそ」
タマがのちのちと歩いてキッチンから距離を取る。
みじん切りにした玉ねぎをフライパンで少しだけ熱を通して皿に移す。
後は盛り付けるだけだ。
焼きたてのパンをスライスしてパンズを作り、バンズの断面にパテを乗せる。
次にパテ一面にトマトケチャップを塗り、マスタードソースを少し塗ってみじん切りにした玉ねぎを少量乗せる。
仕上げにキュウリのピクルスを真ん中に乗せてもう一枚のバンズで挟めば完成だ。
玉ねぎ回避の為に離れていたタマを呼び戻す。
「ハンバーガーが出来たぞタマ」
キッチリ2人分のハンバーガーを乗せた皿がキッチンから少し離れた木製のテーブルに並べられる。
「わぁっ、凄いですハルト様っ!これがハンバーガーなのですねっ!パチパチ~」
タマが小さな両手で拍手する。
俺もハンバーガーが出来て嬉しいぞ。
「食べよう」
俺とタマはテーブルの椅子に着席して出来立ての自家製ハンバーガーにかぶりつく。
ハムッと一口。
香ばしいパンの風味と肉の旨味が口に広がり、ケチャップとマスタードの織りなすパンチの効いた濃い味が俺の脳に味覚を刻み込む。
遅れてピクルスが伏兵を解除し程よい酸味と噛み心地の良い食感で食を楽しませる。
「「ん゛っん゛ま゛ーっっっ!!!!!!」」
な、なんじゃこの美味さはーっ!!!!!
思わずタマとハモってしまったじゃないか。
じ、自分で作っといてなんだが、美味過ぎだろこの食べ物!
地球で食べてたどのハンバーガーより美味しい。
これが異世界の味なのか…いや、俺の力によって生み出された食材たちの実力か。
え、エグイぞこれは…。
噛めば噛むほどに強烈な味が舌を刺激し美味しさを倍増させる。
俺とタマは感動に震えながら無言でハンバーガーにむしゃぶりつき、あっという間に完食した。
「す、すいませんハルト様おかわりをっ」
間髪入れずにタマがおかわりを要求する。
くそ、こればかりはタマと同意見だ。
まだ口の中に快楽の味が残っているというのに、俺の全身がハンバーガーを欲している。
「そ、そうだなもう一つぐらい作って食べようか」
ハンバーガーのモンスターを生み出す際の参考にと思って作ったハンバーガーだったが、あまりにも美味し過ぎてシンキングタイムのことなどどうでも良くなってきた。
食べたい、あの世界一美味しい料理をもう一度食べたい、俺の頭の中はそれで一杯だ。
俺は立ち上がってすぐさまキッチンに行き、20食位のハンバーガーを作ってタマと一緒に爆食したのだった。
ハンバーガー恐るべしだな。
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