第3話 エレメンツ


 いつにない騒がしさでドロップレー・ブレーク・ロバートウェインスタインは目覚めた。天蓋付きのベッド。最高級の浮き羊の毛で編まれた薄いピンクの毛布を押しのけてスリッパを履く。イーン城、ドロップレー、5歳の時だった。

 自室の洗面所で身支度を終えても、静かにならない。廊下へ出ると衛兵が何人も小走りで通っていく。

「挨拶もなしか。不敬だな」

 魂の片割れともいえる、生まれる前の恋人と別れる悲哀を乗り越えて、一国の姫の身分を受け入れ始めた時期である。

 衛兵と同じ方向から下女が走ってくる。新人で名前も聞いていない。

「これは、姫さま。おはようございます」膝を折り、掌を胸に合わせて下女は一礼。イーン帝国における最大級の拝礼だ。 

「朝からどうした? うるさいではないか」

 頭を下げたままで下女は答える。

「それが、姫さま、『虚寂竜』ディオゲネス・クラブが出たのでございます。大街門のすぐ外です」

「ディオゲネス・クラブが?」

 目が覚める。

 図書室で読んだ書物に魔物が出てくる。

 一人歩きする妖刀。

 巨大な怪鳥。

 日照りを呼ぶ紙人形。

 九尾の魔猫まびょう

 知性を破る魔人。

 その中で今も出没するのは、デブリと『虚寂竜』ディオゲネス・クラブだけだ。ドロップレーにとってその二種以外の魔物は空想上の生物だ。

「大街門か。近いな」

「はい。門を破られるかもしれません、ですので陛下が姫さまを軍議室に保護しろと」

 軍議室は城の最も奥まった所にある。警備も厳重。保護というより、避難だ。それはドロップレーにもわかった。

「いやだ。ディオゲネス・クラブを見たい!」

 下女が顔を上げる。

「いけません姫さま! 危険でございます!」

 ドロップレーは構わず城門へと歩き出す。

「我が軍の兵は屈強と父上もよく言っているだろう。危険などないわ」

 下女はドロップレーの手を握り止めた。

「危険でございます。お考え直しを、姫!」

「大丈夫よ。むしろこんな騒ぎじゃ」

 城が僅かに震えた。正門が空いた音だ。

「城下町を通って大街門まで行けるやら。そうだ。勇者はどうしているの?」

「勇者様は魔王軍との決戦前ですのでギナ国に滞在中です。絶対に間に合いません」 

 下女の声は震えている。体もだ。

「ディオゲネス・クラブが大街門まで来るなど聞いたことがありません。恐ろしいのです。姫さま」

「そこまで強いのか、ディオゲネス・クラブは!」

「一部の者は人類、悪魔に等しい勢力だと言います。その、ディオゲネス・クラブだけで、です」

 先程までの無謀な勇気が萎れた。敵を知らないから、あんな無鉄砲なことが言えたのだ。

「撤回するわ。軍議室へ避難しよう」

 ドロップレーがそう言うと、下女は青褪めた顔を綻ばせた。

「ご案内させて頂きます。姫さま」

「ところでお前、名は?」

 二人は歩き出す。

「私の名は、ガルデ・コウフォンと申します」

「ああ、コウフォン学術長官の娘か」

 角を曲がり、階段を下り、軍議室へ。門を開くとーー。


「ガルデ!」

 教会の地下寮、自室のベッドで目を覚ます。故郷の夢だった。十年前の夢。

 イーン帝国を離れて半年も経っていない。異世界というのが物理的に近いか遠いかは判然としないが、遠くまで来たという思いを拭えない。

 ガルデに会いたかった。両親にも。

 だとしても帰るわけにはいかない。魂の片割れを見つけるまでは。無理に無理を重ね、半ば勘当で城を飛び出したのだ、このままでは、両親に合わせる顔がない。ガルデにも。

「おはよう。お姫さん」

「おはよう、キューピッド」

 洗顔し、身支度を整える。

「俺の前で着替えて恥ずかしくねーの?」

「別に。キューピッド、エレメンツにはいつ遭遇するかも

わかる?」

「昼ごろだ。瓶底びんぞこなんかはもうアーマーをつけてるぜ」

「その気持ちはわかるけど、早すぎる」時計を見る。七時前だ。

 今日、ディオゲネス・クラブと戦う。心臓が高鳴る。

「私の想いを阻む者は、全て敵だ」

 想いを口に出す。

 ひひっ。キューピッドが笑った。ドロップレーが睨む。

「怖い顔すんなよ。一蓮托生の契約だろ、俺らは」

「そうね。あなたは私に出会いを、私はあなたに愉しみを」

「人間の人生は、楽しい! 見ていて飽きないね。たっぷりお前の冒険を味あわせてくれよ」

 妖精というのはどこか胡散臭い。恋人ラバーズのアーマーを装着し、部屋を出る。


「ベイバロン、ドミネートザビースト、演習モード」

 獣を支配しろ。瓶底のソプラノ声、ストレングスは演習モード。

 空気は冷たい。日はまだ低く風が強い。しかしドラゴンスレイヤーを着込んでいれば関係ない。

 ストレングスの意匠は少女だ。気品のある幼い顔立ち。体つきも子供のそれで、彫像のようだ。年に合わない傲慢な微笑みは見る者に違和感を感じさせる。

 右手には小振りのハンマー。頭の部分の片側は鋭く尖っていて戦闘用とすぐに分かる。柄は木製。

 左手には丸く、分厚い盾。

 対ディオゲネス・クラブ戦、近接戦闘を想定したドラゴンスレイヤー、ストレングスは正に瓶底が望んだ力と言えた。

 真っ向からディオゲネス・クラブと戦えるのだから。

「それがお前のスレイヤーか?」

 振り返れば涼。初めて見たスレイヤーに驚いているようだ。

「おはよう、ちび」

 うざったそうに瓶底は手を振る。

「愛想悪いな、相変わらず」涼は笑う。

「大きなお世話だ、涼」マスク部分を上げて顔を見せる。その名の通りの瓶底眼鏡はつけたままだ。

 涼の微笑みが瓶底には意味不明だったが、単に涼が瓶底を気に入っているだけだった。

 旧知の友人の顔を見るだけで涼の顔は綻ぶ。命懸けの戦いがスケジュールに入っていようとそれは変わらない。

「そうだ、肩慣らしに一戦やるか、ちび」

 悪魔の義腕を回しながら、涼は誘う。

 マスクを下げ、瓶底は応じる。「いいだろう」相手は超人だ、ドラゴンスレイヤーでも殺す心配はないだろう。

「よーし、コロンゾン、レシーブオール、演習モード」全てを受け止めろ。コロンゾン、全てのセンターをアクティブに。

 ハンマーを振り上げて、瓶底は跳ぶ。


 庭先で大きな振動、観音かんのんうみ、だるまらは外で誰かが暴れているとドアを開けた。

 涼が左手で瓶底の小槌を受け止めている。

「思い切りがいいな!」瓶底を小槌ごと振り払う。

 瓶底は受け身をとり着地するが、攻めあぐねる。

「演習か。感心だな」とだるま。

「止めないの? 今日は戦闘任務なのに、怪我したら・・・・・・」と海。

「止める理由はない。怪我の心配もない。涼は手加減というものを心得ているからな」パジャマ姿の観音。

「その逆は? 瓶底くんが涼を傷つけ・・・・・・」

 海は沈黙。それはあり得ないと気がついた。

 たとえ戦闘用ドラゴンスレイヤーであっても超人を害することは不可能らしい。

「それならドラゴンスレイヤーって、博士」

「ま、これが最先端技術の限界ということだ」とだるま。その視線の先では涼の張り手を盾で瓶底が防いでいる。

「逆にいえば技術力で超人は倒せない、とも言える」 

「そんなあっさり! そんなアーマーで戦えと?」

「そもそもドラゴンスレイヤーは対超人用ではないさ、海。ドラゴンやデブリを倒せればそれでいい」とだるま。

「ふむ。しかし博士よ、ディオゲネス・クラブのエレメンツに超人並みの防御力を持った者がいたらどうする?」演習を眺めながら観音が尋ねた。

「ケースバイケースだ。超人は物理法則を拒絶している節があるが、エレメンツは違うらしい。つまり、エレメンツは無敵ではない。それにドラゴンスレイヤーの性能が戦力を決定する訳ではない。そうした戦局を打開するための、スレイヤーだろう」

 私たちが? と海はだるまを見やる。

「そうだ。ドラゴンスレイヤーは自動兵器ではないし、スレイヤーは飾りでもアーマーの骨格でもない。戦いの主体はあくまで人間だ。肝に銘じておけよ」

「私たちが・・・・・・」

「この!」

 幼さを残す声。瓶底の本気の蹴りが涼の真芯を捉え、吹っ飛ばした。

「おお!」と観音は驚嘆。 

「まいった!」涼は両手を上げて降参。

「強くなったな、ちび。流石は黒髭の息子だ」

 瓶底は肩で息をする、アーマーを着けていてもそれが分かる。

「コロンゾン、演習モード終了」

 涼の命令でコロンゾンはセンサー系を切る。獲得した情報は海の世界ワールドへ転送される。涼に疲れた様子は見られない。コロンゾンにも。

 涼とやり合うのは初めてだったな、と瓶底は思う。元々、暴力に慣れているわけではない。

「黒髭の仇を討つには、慣れていないなんて言ってられない」息を整えつつ瓶底は言った。

「敵討ちなんて意味ないと思うけど」涼は呟く。瓶底に聞かれないように。一人死んで、そのせいでもう一人危険な目に遭うなんて馬鹿げてる。

「腹が減った」アーマーを着けたままで瓶底は教会の方へ。

「俺はコーヒーが飲みたいな」涼も後についていく。

 冬の朝。空気はよく乾いていた。


 簡単な食事を済ませると、食堂にだるまが入ってきた。

 食事を済ませたブリキと入れ替わり。

「そのまま聞いてくれ。本日の作戦の概要だ」だるまに高圧的な態度は見られない。フレンドリーでもないが、作戦に集中しすぎて周りが見えていないようだ。そう涼は評価する。

「立川市の映画館跡まで行き、攻撃対象エレメンツを捜索。スレイヤーの人命を最優先しつつ情報収集。最終的にエレメンツの撃滅。これが今回の作戦だ。メンバーは涼、海、ドロップレー、キューピッド、瓶底、俺だ。現場指揮は紅南くみなみ海。お前がとれ」

「私?」海は自分を指差す。

「そうだ。俺と涼が補佐をする」

「いいけどさ」と涼。やっぱり自分勝手な奴だ。

「やります」と海。

「ドロップレー殿下、ディオゲネス・クラブについて、改めて説明をお願いします。これから我々が相手どるのが何者なのか、もう一度聞いておきたい」

 ジャスミンティーのカップを置いてドロップレーは席を立つ。仲間の視線にたじろぐ様子はない。

「私たちの世界には悪魔という種族がいる。生命力と戦闘力に優れ、人間と敵対しているものの、最終目的は不明。ディオゲネス・クラブはその一匹で、唯一群れを作る」

「群れ全体が竜ではないんだろう?」

 瓶底の問いにドロップレーは頷いた。

「ディオゲネス・クラブは自分の鱗を剥がし、それを寂しさを感じている人間に与えるという。与えられた鱗は動物を模した仮面に変化する。それを被るとディオゲネス・クラブの仲間、エレメンツになる」

「鱗を剥がすの?」気持ち悪、と海は顔を顰しかめる。

「エレメンツに滅ぼされた国は多いし、我がイーン帝国も度々攻撃を受けている」

「国が滅ぶか。なんか、デブリより遥かに危険では?」 

 涼の言葉にドロップレーは答える。

「確かに。デブリはディオゲネス・クラブと違い常に人間を敵視してるわけじゃない。それにディオゲネス・クラブの厄介なところは集団が目的を共有していることなの」

「共有だ?」と瓶底。

「人間を滅ぼすという目的。イーン帝国、いえ、私たちの世界では有史以来ディオゲネス・クラブと戦い続けてきた。つまりディオゲネス・クラブは普遍的な社会問題なのよ」 

「建国の神と社会問題では真逆だな。社会問題か、貧困や犯罪並みのしぶとさというわけだ」だるまは一人納得する。

「そんなものを、俺たちだけで相手するというのは無茶じやないか」無感動な声で瓶底が言う。勝ち目がないと自分で言っていて少しも動揺していない。

「戦力は段階的に増強していく予定だ。君たちは言うなれば、ドラゴンスレイヤーの実験部隊のようなものだ。見切り発車的に実戦投入された新兵器の運用部隊のようなものだ。新戦力をどんどん追加していくから安心してほしい」部下を不安にさせないようにと、明るく観音は言う。

「今回の作戦でも新しいドラゴンスレイヤーが参加する。DS-10運命の輪ホイールオブフォーチュンの装着者がな」

 スレイヤー達がざわつく、どんな奴なんだ?


 ドラゴンスレイヤーを装備し、戦う者。スレイヤーはカーター・スマックスの新しい顔だ。

 待遇はいい。こちらの個人情報を秘匿ひとくする事、という条件にも教会は快諾してくれた。にも関わらず。

 慣れない事をしてるよな。 

 そう感じずにはいられない。

 この国には確か、水に慣れるという慣用句があったよな。俺はまだ水に慣れていないってわけだ。

 今日は実戦だ、ごちゃごちゃ考えてると負けちゃうぜ。カーターは首を振る。まずは生き延びる事。

 これまでは負けても殺されなかったが、これからは違う。多分。あのドクター・ブシドーが言うには。

 支給された特殊軍用トラック、DS-10、ホイールオブフォーチュンによりかかってタバコに火を付ける。リラックスしなきゃ。

 そろそろ作戦要員が出てくるであろう、巨大な教会をカーターは見上げた。

 母国アメリカでもこれほど立派な教会はお目にかかれない。首を横に降らなければ建物の端を視界に入れられない大きさだ。居住面積の少ない日本でこうした建物を見れるとは思わなかった。

 まったく、こんな素晴らしい建築物を特殊秘密軍事組織の隠れ蓑にするとはな。

 カーターは信仰心を持っていない。それでも、莫大な手間と資金を注いで建てられた教会がただのハリボテでしかないと思うとやるせなさを感じてしまう。

 莫大な手間と資金と言えば俺が今よりかかってるこのホイールオブフォーチュン。

 日本製のトラックにしては少し大きい。最高速度こそまだ確かめていないが、パワー、操作性、燃費、安定性、重量、全てが一級品だ。

 しかも最新鋭AIが積んである。日本の技術の枠を集めて作られているらしい。こんな車両を任せられるとは運び屋冥利に尽きるというものだ。

 日本政府も、いや、軍部か、馬鹿ではない。金の使い所を心得ている筈だ。

 となると俺の敵はそれだけの値打ちがある、ということ。

 ドクター・ブシドーは俺に運び屋の仕事を頼むと言っていたが、それならこんな高級ジープは要るまい。 

 つまり、緊急時には俺も前に出なければならないわけだ。

「と言っても武装の話なんて聞かされてないんだよな。俺に何か隠し事してないか、荘子?」

 カーターの問いにホイールオブフォーチュンは無反応。

「ヤレヤレ。日本ではこう言うんだっけ? ヤレヤレ」

 昔、母国のドラマで喋る車が登場していた。ナイト2000。ホイールオブフォーチュンのBLAIビヘイビアラーニングエーアイ、パーソナルネーム、荘子はナイト2000と違って愛想が悪いらしい。

 こいつを運転してると無口な奴を助手席に乗せてるような気分になるんだよな。

 無口な相棒か。気分が乗らないとか言ってる場合じゃないよな。作戦時間が近づいているし。

 教会の正門が空き、作戦メンバーが出てくる。

 カーターは水澄みすみ涼を知っていた。

「ちわ」手を上げて、カーターは挨拶をする。恐らく彼らは全員、俺を知ってるだろう・・・・・・。

「俺は運び屋のカーター・スマックス。ホイールオブフォーチュンのスレイヤー。皆、今日はよろしく」

 涼と海は声を上げた。

「カーター・スマックス!? ヴィランじゃないか!」

「嘘よ、『スピードデーモン』は捕まってる筈!」

「ヴィラン? いいのかよ、博士」と瓶底。 

「ヴィランってそもそも何?」ドロップレーが問う。

「悪党という意味だが、この場合はコスチュームを着けた悪党、だな。問題ない。カーターは合法的に釈放されている。それに信用できない人物を誘いはしないさ」だるまはそう説明する。 

 カーター・スマックス、プロテクテゴは『スピードデーモン』。それが彼の二つ目の顔。違法な商品をあちこちに届けた凄腕の運び屋、だった。仕事を失敗したことは一度も無かったが、同じ一流ドライバーたるヒーロー、『ガスペダル』との戦いで何度か刑務所に入れられている。

 半年前のガスペダルとの戦いで心が折れ、逃走も企てず服役していた。

 当時のカーターは廃人一歩手前と言えた。同房の囚人仲間達はアメリカと日本を走り回ったスピード狂スピードデーモンの腑抜けぶりに驚いた。地上最速の男、ガスペダルと競い合ったドライバーとは思えなかった。

 外部の刺激に全く反応しなくなったカーター。彼が精神病院に移送される直前に、超法規的な、というより超合法的な保釈手続きが完了した。

 世間は大晦日の準備に追われていた。地味な喫茶店でカーターは自分を保釈した人物に礼を言った。

「ありがとうございます。でも、どうして俺なんかを?」

「もともと君に目をつけていた。ヴィランを辞める時を待っていた」

 保釈人は優雅にコーヒーを飲んだ。

「運転手が欲しくてね」

「だからって元悪党を大金払って、その上雇うと?」

 大金。正に大金だった。実入りのいい仕事をしていたカーターが一生掛けても支払えない大金。

 正確には保釈金自体は相場を少し上回る程度、裏社会では珍しくない金額だ。しかし、世間ではスピードデーモンは保釈されていないことになっている。

 カーターの保釈を公表しないようあちらこちらに賄賂をばら撒いた筈だ。

 それにこの件は徹底して合法に行われている。保釈も隠蔽も。腕のいい弁護士を雇い、司法界にも政界にも接触しただろう。

 保釈人はクッキーを摘む。

「私が誰か知っているね? 一度君から荷物を受け取った」

 心臓が高鳴った。落ち着け、命を狙われているわけじゃない。

 その通り、カーターは仕事でこの大物と顔を合わせていた。 

「私も君と同じく、元悪党だ。コネクションはどうしても裏側に傾く。私の知る中で最も信頼できる運転手が、その腕を持つのが君だから、だ。カーター」

 保釈人は日本の裏社会でも上から数えた方が早い程の実力者だった。引退したというが今でも裏社会への影響力は毫程も衰えているまい、そう噂されるほどだ。誰があんな大金をとカーターは訝ったが顔を合わせた時にその疑問は氷解した。俺を選んだ動機も。

「カタギで腕のいい運転手は・・・・・・?」

「君は一度引き受けた仕事は必ず完遂させる。たとえガスペダルに睨まれ、捕まっても。君は最速の男の眼前で犯罪を成立させた、成立させ続けた稀有なる男なのだよ」

 それ以上、カーターは保釈人と目を合わせていられなかった。

「なあ、カーター・スマックス。私が遊びで大金を支払ったとは思っていまい? 君に任せる仕事はそれほどの価値があるのだよ」

「お、俺はもう、犯罪はできません。運び屋は廃業です。その、保釈のお代は働いて、いつか返しますからーー」

 すると保釈人は心底おかしそうに笑いながら言った。

「犯罪ではないよ。ははは! 逆だ。君は私が預ける荷物を、君自身もなんだが、犯罪から遠ざけて欲しいのだ。犯罪だけではない、君の腕を振るいあらゆる危険から。そう、君が乗せるのは私の娘だ。こうした仕事なのだから荒事に慣れたドライバーが欲しい、というのもある」

「娘! 御息女が居たのですか!」

「来年高校に上がる。聞いたことがなかったろう? 隠していたわけでないのだがね、周囲の方で勝手にタブー化したんだ。ま、こちらもかわいい娘を裏社会と関わらせる気はないからそれはいいんだが」

 全ては合法的に、娘の安全を確保せよ。その言葉に、保釈人が何故裏社会を抜けたのかカーターには理解できた。

 少し迷い、どの道断れる話ではないと悟り、カーターは契約を交わした。

 それがカーターの第二の人生だった。カーター・スマックス、スピードデーモン、そして三つ目の顔、運転手のカーター・スマックス。


 保釈人の素性だけは隠して、カーターは保釈の事情を語って聞かせた。

「・・・・・・スレイヤーは俺の四つ目の顔ってことになる」

「それで犯罪者を起用、か。いや、もう犯罪者じゃないのか。ややこしいわね」とドロップレー。

「ドロップレー陛下の言う通り、犯罪者ではない。難しいかもしれないが、彼を信用してくれ。カーターはチームメイトだ」と観音。

「わかりました、山轢さん。カーター、水澄涼だ。こいつは俺のドラゴンスレイヤー、コロンゾン」

 そう言って金属の腕でカーターの手を握った。

「元ピーチ小隊の水澄涼だよな。よろしく」

「おお、どうして知っるんだ?」

「戦争当時の報道でテレビに出てたよ。凄かったなお前たち」

 カーターは観音の方を見る。 

 報道番組のVTRで観音は艦載機を海に放り投げ、涼はべりべりと甲板を素手で剥がしていた。

 ピーチ小隊は全員が超人で、水際の戦争で最も戦果を上げたチームだ。アメリカ、イギリス、アトランティス。日本と戦った全ての国がこの桃太郎たちを恐れていた。

 そのVTRは動画サイトで今も見ることができる。

「戦中はそりゃビビったけどよ、今は心強い味方だ、頼りにしてもいいよな、涼?」

 頼られている。それだけで涼は体中から力が湧き上がるように思える。

 人に認められる、これほど嬉しいことはない。単純にも、涼はカーターを好きになった。

「皆! カーターは信頼できるぞ!」 

 目を輝かせて、涼は断言、当のカーターは若干引いていた。

「お人好しすぎるだろ」瓶底が呟く。

 海は涼ならこうなるだろうな、と思っていた。

 ドロップレーは面白いことを考えついた、と微笑む。

「涼、私も頼りにしていいかしら? ディオゲネス・クラブは強敵だもの」思いっきり可憐そうな声でドロップレーはふざけた。

「任せロリィ!」 

 嬉しすぎて頭が浮かれだしたらしい。

「緊張が解ほぐれたようで重畳。カーター。作戦時間が近い。そろそろ出してくれ」とだるま。久々の実戦に昂りを抑えられない。

「了解した、ドクター」

 カーターはトラック後面の入り口に収納されていたステップを下ろし、だるまを誘導する。涼達も中へ。カーターは運転席へ。

 エンジンをかける。心臓もスパークプラグが点いたように高鳴る。

「荘子、パンタレイ。コンバットモードだ」

 全ては移ろう。コンバットモードの宣言を確認してカレンは外部探査を開始。『世界』ワールドにEPRリンク。モナリザから作戦概要を受け取り通信リンクを切断した。駆動系異常無し。

 作戦領域をナビ画面に表示。オールグリーン。全系統異常無し。

「オールグリーンを確認した。いい子だ、荘子」 

 言いながらギアを入れて微速前進。軽く扱いやすいハンドルを切り、ゆっくりと右折。サイドミラーに自動で開く正門が映る。

 教会は優しくホイールオブフォーチュンを送り出した。


 ホイールオブフォーチュンの車高はとても高い。全長も長い。道交法の許す限りに積載量を追求した荷台に設計されている。

「結構広いな」そんな瓶底の呟きにドロップレーと涼が頷く。海は天井を見上げた。二階建てバスってこんな感じなのかしら?

「それに振動が小さいな。軍用トラックに乗ったことあるけれど、それとは別物だ」と感心する涼。

 運転手の腕前もあるのだろうが、乗り心地が良すぎてまったりしてしまいそうだ。ドロップレーなどはお茶が欲しくなるほどだ。口が裂けてもなにか飲めないかしら、なんて言えないが。

「自衛隊のトラックと比べられちゃ困る。あんな量産品とは違う、天才が設計した一点ものの傑作なんだからな」

「それは言える。高級車以上の操作性だ。素晴らしい車だよドクター」

 天井、運転席の方に設置されているスピーカーからカーターの声。

「あんたが最高のエンジニアだってのは認めるよ。でもドクター、あんたはドラゴンスレイヤーじゃないだろ? 前線に出て大丈夫なのかい?」

 にやりと笑いだるまが自慢する。

「俺もドラゴンスレイヤーを着けている。DS-9『隠者』ハーミット

 誰もが何かの冗談か、そう訝ったが、涼は違った。だるまを殴った涼は。

「カーター。博士の心配はしなくていいと思う。博士は見た目よりタフだ。槍の達人だし、自分の世話は自分でできるよ」と涼。竹の杖、千枚通し刳貫くりぬきで肩を叩きだるまは頷いた。

「そんなもんかな。俺の仕事は安全に送るだけじゃない。生きて帰すまでが仕事なんでね。乗せた依頼主が死にました、なんてのは真っ平だぜ。日本ではこういう時真っ平って言うんだろ」

 カーターはまだ心配している。涼は妥協案を考える。

「それなら俺が博士の護衛につこう。天下無敵の超人が護衛なんだから博士の安全はーー」

「それには及ばない」すげなく断るだるま。

「子守りが必要なほど老いぼれちゃいない。それに涼、お前は情報収集をしてもらう」

「危ないですよ、博士」とドロップレー。

「陛下、俺は見物するだけです。自分の身は自分で守れます」

「子守りが必要なほど老いぼれちゃいない」瓶底がだるまの言を繰り返して笑った。

 実年齢より幼い、赤子のような声だ。海とドロップレーはこの声が好きだ。

「涼さ、どうしてホイールオブフォーチュンに乗ったんだ? お前は走った方が早いだろ」

 瓶底の問いかけに涼は軽く答える。

「乗り心地を確かめたかったのさ。軍用トラックに乗れる機会なんてまずないし」

 瓶底の言う通り、超人ならまず乗り物を必要としない。それに涼の住むネクロポリスには完動する乗り物は少ない。ネクロポリスを出るまで涼は走る車を見たことがなかった。

 しかし、乗りたい理由はそれだけではなかった。海とドロップレーにはそれがわかったし、だるまでさえ薄々勘づいていた。

 端的に表現するなら、一人になりたくなかったから。

 友人たちがホイールオブフォーチュンに乗ってわいわいしてるのに自分だけ走りなのは、嫌だ。寂しい。

 たとえホイールオブフォーチュンより早く走れても、それでは置いていかれるのと気分的に変わらない。

 必死に歩調を合わせてるのに、と海は超人たちを哀れんだ。

 常人オーソドキシーはそれに気付かない。奴らは俺たちとは違うのだ。そうした考えが超人との距離を作っている。

 勿論常人と超人は違う。違うからこそ超人は歩調を合わせようとするのだ。

 それを常人オーソドキシーが認めれば世の中は少し良くなるだろう。

「どうしたの、遠い目をして?」ドロップレーが顔を覗き込む、海は微笑んで誤魔化した。「なんでもないの」

「こんな時にそんなこと考えても超人の立場は良くならないわよ、海」 

 ドロップレーは海の憂いを見抜いたようだ。

「イーンのことわざにこうあるわ、『すきを入れる時期に大鎌の手入れをするな』。忙しい時に別のことを心配するなってこと」

「そうね。命懸けの戦いになろうって時に悠長なことを考えてたわ」

「俺の心配してくれたのかい?」嬉しそうに涼が言う。「大丈夫。俺は強いからね」

「どうして一番タフな人の心配をするのよ」と海は笑ってしまう。

「そろそろ立川市だ。お喋りは切り上げな」とカーター。遠くに踏み切りが、通れば立川北口、その先がキューピッドの言う映画館跡地だ。

 殺す。小さく瓶底が呟く。

 父、黒髭の仇を討つ、その第一歩。

 改めてデビルの調子を確かめる涼。やはり生身の腕とは違い違和感が残っているが、気になる程ではない。

 ドロップレーは自身の武装、ロングソードと錨を確認する。キューピッドの存在も心強い。そう口にはしないけれども。

 海は左腕のモニターを確認。全て異常なし。

 だるまは眉一つ動かさない。こいつ、やっぱり荒事に慣れてるな、と涼は思う。

 遠くで地震のような大きな物音が聞こえた。


 大きな映画館が見えてくる。砂埃が立ち上がっていた。

「海」とだるまが声をかける。

「全ドラゴンスレイヤーとEPR通信リンクを繋げてくれ。リアルタイム通信」

 海は頷く。

「聞いていたわね、モナリザ。シャルウィーダンス。対ドラゴンコンバットモード。全ドラゴンスレイヤーとEPR通信。通信状況を左腕モニターに映して」

 モナリザはコンバットモードへ。モニターに通信リンクを表示。コンバットモードになり、モナリザが心なしか軽くなる。

 ホイールオブフォーチュンが停車。瓶底が一番に降りて映画館の方へ歩いていく。

「全員コンバットモード。ツァラトゥストラ、ミックスウィズザマンディン。対ドラゴンコンバットモード」

 俗世に交われ。

 言いながら竹の杖のキャップを外す。竹槍、刳貫の黒い切っ先が露わになる。

「ロミオ、ラブスターブフォーブラッド」

「ベイバロン、ドミネートザビースト」

 対ドラゴンモードにして、スレイヤー達は降車。

「カーター。お前は後方で待機だ。直接戦闘は避けろ。負傷者が出たら回収しろ。わかったな?」

「オーケーだ。グッドラック。ドクター」運転席から腕を出しサムズアップでカーターは答える。 

 スレイヤー達は砂埃の発生源へと向かう。

 轟音と地響きのするそこには、大男。

「え、巨人ですと!?」海が絶叫。

 灰色の巨人。縦にも横にも巨きい。特に手足が木の幹のように太い。観音でも見上げるほどの大きさ。全身灰褐色で、頭部は特徴的な形状。何の動物のエレメンツかすぐにわかった。

「カバ!」ドロップレーとキューピッドがエレメンツを指差す。

 カバは男を踏みつけている。そのカバがこちらを向いた。

「おお? ナニモンだおまえら〜」

「喋った!」

「そりゃ喋るだろ」涼に瓶底がつっこんだ。

 だるまが一歩前に出る。

「我々は日本政府直轄対ディオゲネス・クラブ特殊軍事組織『教会』だ! 俺は帯刀だるま。戦略戦術開発責任者。武装解除して降伏しろ、エレメンツ」

「エレメンツ〜?」

 カバはだるまを見下ろす。小学生をそうするように。

「結構俺らのこと詳しいじゃねえかぁ〜。妙な格好してよう〜」

 間近で見るエレメンツの顔はとても人間には見えない。遠目には人間のシルエットを捉えられたが、大きな顔で迫られると、ドラゴンに睨まれているようだ。

「む? あ! おめーは!」

 エレメンツが指差すのは、涼。足を退け、踏みつけていた男を蹴っ飛ばす、男はふらふらと逃げていった。あれほどの大男に踏みつけられてケガ一つしていない。超人だろう。

「え、俺?」

 金属製の右手で自分を指差す。

「水澄涼! おめーをぶっ殺すために俺はエレメンツになったんだ!」

 涼は思わず「え、迷惑!」と言ってしまう。

 カバのエレメンツは悔しくて地団駄を踏む。地響き。

「涼! あの時の恨み、今日晴らしてやる〜!」

「涼、知り合いなの?」とドロップレー。

 沈黙。

「・・・・・・どちら様だっけ?」

「てめえ! 忘れたってのか!?」

「いや、エレメンツの知り合いなんていないよ!」

「一度マスクを外したらどうだ。思い出すかも」感情無しの瓶底。

「それだ〜」

 そう言うなり、エレメンツの体が脈動、みるみる小さくなっていく。肌も人間のそれに近くなる。

 エレメンツは顔に張り付いていたカバの仮面を手に取る。

 小さくなったと言っても、それでも見上げるほど大きい。腹は膨れ、胸は厚く、肩はたくましく張っている。顔面は人間のそれだが、正確に言うならあまり関わりたくないタイプの人間の顔だ。憎しみを表情に載せている。

 涼は焦った。顔を見れば思い出せるだろうとたかをくくったのに、上手く思い出せない。どこかで一度会ったはず。

「ついでに名乗っておくか〜。カバのエレメンツ、『ヒポポタムス』、我者村匁がしゃむらもんめ様だ。涼、ファイトクラブでの屈辱、倍にして返してやらぁ〜!」

 もう少しだ。もう少しで思い出せる。

「ひょっとして涼、まだ思い出せないの?」おそるおそる海が問う。

「いや、あの、ファイトクラブで? 戦ったなら忘れるはず無いんだけどなあ?」

 もうしどろもどろだった。

 匁はカバのように口を開ける、あんぐりと。すぐに怒りで赤くなり涼を睨みつける。

「なんて野郎だ。受け付けで俺を殴り倒したろうが!」

「受け付け? リングで戦ってない?」

「そうだあ! 受け付けの連中、普通人は参加できないなんて舐めた事言いやがるからわからせてやろうと思ったらよお〜、お前がしゃしゃって来て汚ねえ不意打ちしやがって!」

「あ! あの迷惑な参加者の!」匁を指差す涼。

 思い出した。受け付けで参加させろと喚いていた大男だ。仲裁に入ったが話が通じなかったので腹を強めに殴って気絶させ、どこか遠い所に置いていったならず者。

「あれは当然だろ! うちのクラブは超人、力能者限定なんだから! そもそも飛び入り参加も受け付けてない!」

「ふざけんな! 俺は超人相手に腕試ししたかったんだよ!」

「無茶だろそれは」と瓶底。

「るっせーチービ! とにかくこのエレメンツの力でてめーに復讐すると俺は決めたんだ。こんなに早く会えるとは思わなかったがなぁ! 丁度いいぜ、挽き肉にして食ってやるよ、涼!」

 再度仮面を被ってヒポポタムスに変身。むくむくと大きくなる。そこにドロップレーが制止をかけた。

「待って! 匁!」

 ドロップレーは武装を解く。ドラゴンスレイヤーを脱ぎ、ドレスの背中を緩める。 

 何事か、ヒポポタムスはわからない。ドロップレーは背中の青い翼のようなアザを大男に見せて言った。

「あなたの背中にこんなアザはない?」

「・・・・・・なんだと?」

「青い翼のアザを持つ漢を私は探している。あなたにはこんなアザはない? 『虚寂竜』ディオゲネス・クラブの仲間には」

 律儀に変身を解き匁は背中を見せてやる。

「ご覧の通りよ。デカくて立派な背中だろお〜。それとなぁ、仲間の背中なんぞ気にするかあ〜」

「礼を言うわ」肩を落とし、しかしロミオを装着することを忘れないドロップレー。

 匁は仮面をつけ、ヒポポタムスになる。

「残念がることはないぜ。誰を探してるのか知らんが、お前の旅はここで終わるんだからよぉ〜」

 ヒポポタムスは腰を低く落とす。地面に片手を置き、前傾姿勢。

「本当迷惑!」言いながら涼も構える。明獣爪苑流めいじゅうそうえんりゅう羅猫らびょう、両手を前方に突き出す、防御的な構えだ。敵の能力を知らない内から積極的にはなれない。

 ヒポポタムスの構えに、誰もが既視感を覚えた。ヒポポタムスの突進。

「相撲か!」だるまが叫ぶ。

 反応が遅れて真正面からヒポポタムスを受け止める涼。予想外の力に驚愕する。超人と戦っているようだ。

「ばかな! うおっ!」

 足が震え、後ずさる。突進を受け切った。そう思う間もなく、顔面に張り手を喰らい地面に叩きつけられた。道路が小さく震える。

 ドロップレーがその背中を斬りつける、しかし刃は表皮で止まっていた。剣は跳ね返され彼女は後ずさる。

「『鎌首捻り』!」起き上がり両脚をヒポポタムスの首に回す。

 鎌首捻りは胴体か首を絞め同時に頭部を攻撃する技。なのだが、ヒポポタムスの首があまりに太すぎて絞められず力が入らない。

「チンミョーな技だがよぉ〜それだけだなぁ〜」

 相撲の足取りという技のように涼の片足、大腿部を下から掴み、涼を首から剥がして再度地面に叩きつけた。『悪魔』のレドームに破損。

「が!?」

 涼の意識が途切れる。

「こいつ、強い!」海が叫ぶ。

 その脇を瓶底が駆け抜ける。ヒポポタムスはそれを捉えた。

「ドチビが! 死にな!」

 ヒポポタムスの張り手を大きく避けて、その腕に下からハンマーをぶつける瓶底。

「おっ!」

 ハンマーの威力を殺しきれずヒポポタムスはたたらを踏んだ。

 そのまま追撃したい瓶底だったが、間合いが遠い。敵のリーチは長く、自分はその逆。武器も短い。

「パワーアシストッ!」

 瓶底の命令でストレングスはアクチュエーターの出力を全開に。

 ヒポポタムスが引っ込めようとした腕に再度ハンマーを叩きつける。

「気合の入ったガキじゃねーか! よし、相手になるぜ〜」

 ヒポポタムスは再度発気はっけ良いの構え。まずいな、と鉄仮面の下で瓶底は顔をしかめる。超人並の身体能力を持つヒポポタムスと正面切って戦いたくはない。

「のこった!」

 ぶちかましをかけるヒポポタムスはほとんど装甲車だ。

 後ずさる瓶底とヒポポタムスの間に海とドロップレーが立ち塞がる。

「踏ん張るのよ、モナリザ!」

「勝つわよ、ロミオ!」

 二体のドラゴンスレイヤーはエレメンツの力に耐えられずその巨体を抑え切れない。しかし二人の後ろで瓶底が反撃の用意をする。

 背部のバックパックから金属の棒を取り出す。その棒は1メートル程伸び、その先端にハンマーを接続。リーチをカバーできる大槌になった。

「どいてろ、海、ドロップレー!」

 ワールドとラバーズが左右に散ると同時に跳躍したストレングスがヒポポタムスの脳天にハンマーを打ち込む。

 ヒポポタムスの意識が一瞬飛んだ。

 その大きな頭部にハンマーで追撃。ヒポポタムスは横に倒れる。

「どうだ!」と瓶底。

 しかしヒポポタムスはすぐに立ち上がる、瓶底は即座に距離をとって反撃に備える。

「ほっほー。どいつもやるじゃねえかー。ヘンテコな連中と舐めてたがあ〜、こっからはマジでやらせてもらうぜえ〜」

「三味線弾いてやがったのか? あ、あれで!?」

 瓶底は狼狽える。あの憎き白虎でさえ、これほどのパワーは無かったように思える。

 パワー。超人を倒してしまう程の規格外の膂力。

 そんな化け物の存在など、想像もしなかった。無意識に、涼以上の強者などいないとたかを括っていた、瓶底はそう思い知った。

 その瓶底の横にだるまが立つ。両手には竹槍でなく、二振りの日本刀。どこから出したのか。

「瓶底。俺と一緒に時間を稼げ」とだるま。

「わかった」

「海、陛下、涼を確保してなんとか起こしてくれ。これは涼がいなくちゃどうにもならん」

 そう言って刀を構える。

 倒れたままの涼を海は引きずって後退した。

 ついて来て良かったと、だるまは自身の勘を評価する。

 ディオゲネス・クラブとのファーストコンタクトがこれほど苛烈なものになると確信していた訳ではなかった。ドラゴンスレイヤーに自信はあったし、何より従軍経験のある超人がいれば、そう苦戦はすまい、ディオゲネス・クラブの基本情報をドロップレーから聞いていただるまはそう予想していた。

 おそらく観音の言葉で心配になったのだろう。超人並の防御力。ヒポポタムスは涼と互角に戦っていた。

 観音の憂慮が現実になったわけだ。

 まあ、それもいい。

 恐れることなど、一つもない。

「だるま、博士」と瓶底。

「何か作戦があるのか」

「こんな木偶相手に作戦などいるものか。現段階のドラゴンスレイヤーでは対抗できないが、涼をぶつければいい。退屈な詰将棋だ」

「・・・・・・涼はさっき負けたろうが!?」

「まだ勝負は決まってないさ。俺たちもまた、負けていない。しかし、人を斬るのはいつ以来だったか」

 そう言って二刀をだるまは構える。

 瓶底もハンマーを振り上げる。

「瓶底、こんな時は?」

「大黒天の加護ぞあれ、クソッタレ」

 ハンマーを支えながら瓶底は毒づく。逃げてやろうかとも考えたが、だるまの根拠のない自信に賭けてみたくもあった。

 業腹ではあるが、ヒポポタムスから白虎の情報を聞き出せるかも知れないと思えば逃げるわけにはいかない。勝たねば。

 その為には涼、あいつの助けがいる。

 いいだろう、納得はできないが、あいつの為に時間を稼いでやる。 

 内心で覚悟を決める瓶底を無視しヒポポタムスはだるまに話かける。

「お侍さんよ。そんな刀なんかで俺の体が斬れると思っちまってんのかぁ?」 

 ふ、とだるまは笑う。

「試せばわかる。もっとも、真っ二つになるお前には関係ないがね」

 げらげらと今度はヒポポタムスが笑う。

 その嘲りを受け流してだるまは自然にヒポポタムスを睨んだ。力なく二刀を下に向けた構えのまま。

 その殺気にヒポポタムスどころか瓶底もだるまから距離をとった。

 本当にこいつはだるま博士か?

 何度か剣の訓練をしているところを見てはいたが、戦場にいる博士はまるで別人だ。

 ヒポポタムスは驚愕と畏れと、そして感動を味わった。

 強者を求めて涼に返り討ちにあい、ためにこれ程の達人に会えたのだから。

 強者と戦い、勝つ。それが匁の悲願、生き甲斐なのだから。

「こりゃすげえめっけもんだぜ。見合って見合って!」

帯刀斬刃流たてわきざんじんりゅう剣術師範、帯刀だるま。参る!」

 ヒポポタムスの鎖骨を縦に斬るだるまの右剣を、誰も見切れなかった。

「紹介が遅れたな。寿老人じゅろうじん福禄寿ふくろくじゅ。お前を斬る刀だ」


 百メートル程離れた、かつて駐輪場だったろう空き地に海とドロップレーは失神した涼を横たえた。

 だるまがヒポポタムスを斬ったところがここからでも見える。

 錆びた金網越しの鉄火場から百メートルしか離れていない。

 もっと距離をとって安全な場所に隠れるべきだ。そうした考えが浮かびはしたが、これ以上足が動かない。

 涼が重すぎるからではない。ドラゴンスレイヤーのパワーアシストのおかげで猫程度の重さしか二人は感じなかった。

 恐ろしすぎたからだ。

 次の瞬間にもカバのエレメンツが襲ってくるのではないか、そうでなくとも戦闘の余波、例えば瓦礫が飛んできたりすれは無傷ではすまない。

 何より早く涼を起こさなければだるまと瓶底が殺される。

 そう考えると、あの場から離れる方が恐ろしいのだ。訓練を積み、デブリ相手の実戦も経験したのに、体が言うことを聞かない・・・・・・。

「こんな近くでいいのかよ? あぶなくね?」

「黙ってて!」

 空気を読まないキューピッドに海が叫ぶ。

 巨大な力に対峙した心細さが冷静さと余裕を吹き飛ばしていた。

「モナリザ、私はどうすればいい!?」

 モナリザは返答を腕部モニターに映さない。モナリザは曖昧な命令を理解できない。それを察した海は考えを巡らす。

 涼の左手首に触れる、脈はある。そして呼吸を確認。

「少し安心した、気絶しているだけ」

 今はどうにかして涼を覚醒させることが最優先。

「涼!」揺さぶったみるが起きる気配はない。つかつかとドロップレーが歩いて来てスレイヤーを脱ぎ、涼の下へ屈んだ。

「起きなさい!」喝を入れるように平手打ち。こちらの手首が折れるのではとドロップレーは心配したが、涼の頬は柔らかかった。

 その涼も眠ったままだが。

「起きて! 涼!」体を揺さぶる。反応なし。お姫様の冒険もこれで終わりかな、冷めたようにキューピッドは思う。もっと楽しめると思ったのに。

 怒りと恐怖、焦りで海はうずくまる。もう顔を上げることもできない。

「涼、助けて・・・・・・」

 

 途切れた意識。

 外界の情報を受け止めることもなく、さりとて眠っているでもない涼の状態は死に近いと言えた。

 ヒポポタムスの投げは激烈だった。超人の打撃か、腕を奪ったデブリのように特別だった。

 無明、無音、無味無臭、そうした無我を味わうことすらない状態に涼はいた。

 助けて。その言葉を受け取るまでは。

 それは涼の価値観の中心に存在する彼の神に届いて、涼の第一原理諸共に、戦闘本能と共に涼を目覚めさせた。

 目を開けると同時に人を助けるという使命感を持ち、立ち上がる。

 ドロップレーと海は目を剥いた。

 ヒポポタムスを見つけるのは涼でなくとも容易だった。破壊音。

 清々しい覚醒、それを自覚することなく、戦場に涼は戻っていった。

 その後ろ姿を海はずっと見ていた。


 ヒポポタムスの真っ赤な血が宙を舞いその傷とだるまの右剣、寿老人を彩る。

 剣撃の隙を埋めるように福禄寿でヒポポタムスの肩の筋肉、三角筋を斜めに断った。

 ヒポポタムスと瓶底が何が起きたか把握したのはだるまが左剣を振り抜いた後。

 元の構えでだるまは敵の様子を探る。手応えはあり。さて、ヒポポタムスの戦意は如何に?

 そのヒポポタムスは膝をつき、右肩を庇って震えている。右腕が上がらない、いや、動かない。

「この野郎、今、なにしやがった〜!?」

「す、凄えな博士。涼を待つことなかった・・・・・・」

「油断するな、瓶底。斬ったは斬ったがなにか、嫌な予感がする」

 これほどの深手を負わせれば少なからず戦意を削げる。それが戦場の常識というものだ。それをヒポポタムスは余裕を失いこそすれ、戦意も傲慢さも無くしてはいない。

 だるまが飛び込み、それを追うように瓶底も走り出した。

 左の福禄寿で眉間を突く。それは必殺の速度ではない。

 ヒポポタムスは左拳を振るい福禄寿を防ぐ、しかし無傷ではない。手の甲をざくりと切り裂いた。

 右の寿老人はヒポポタムスの左拳を腕から斬り飛ばそうと走る。

 その目論見通りにヒポポタムスの左手は宙を舞う。その光景がヒポポタムスには現実と受け止められない。

 それでも危機感がヒポポタムスの意識をだるまにフォーカスする。

 咄嗟に右腕でだるまの襟を掴み、上手投げの要領で投げる。

 達人たるだるまが投げられて、瓶底は動揺。なぜ右腕が動くのか?

「博士! 大丈夫か!?」

「ああ、だが、ハーミットの足が、変形してしまった」激痛に顔を歪めるだるま。だるまの両足を見る。下腿部が骨折している。左右ともだ。

 瓶底はヒポポタムスを睨む。ヒポポタムスの傷は全快していた。まるで元から斬られていなかったかのように。

 それでも残った痛みに大男は顔をしかめ、息を荒くしていた。

「回復能力、か」とだるま。ハーレムルートならヒーリングファクターと呼んだろう力。

 肩、右手は全快。左手も既に生え変わっている。荒馬のように暴れ回る痛みをヒポポタムスはなんとか抑えようとしていた。

 落ち着け。呼吸を整えよう。そう、恐れることなど何もないのだ。

 形勢は決まった。

 涼は撃破。手練れの侍は両足にダメージを与えて戦えなくした。寿老人と福禄寿とかいう日本刀はいまだ脅威だが、近づかなければいい。例えば間合いの外から瓦礫なりそこらの車なりを投げつけて安全に殺せば問題ない。 

 チビは見どころはあるが、それだけだ。現時点では話にならない。

 チビと侍を殺して、終いだ。

 そのチビ、瓶底はだるまがもう戦えないとわかるやいなや、ハンマーを握り直しヒポポタムスの前に立ち塞がる。

「行け・・・・・・。ストレングスなら、勝てる・・・・・・」

 だるまの言を背に受けて、ストレングスは跳ぶ。

 ストレングスをつかもうとするアナコンダのような両腕をかわしてスティックからハンマーを外す。

 ハンマーを片手でキャッチ。

 スティックをヒポポタムスの左目に突き立てる。

「ぎゃ!」

「大黒天の加護ぞあれ! 『打ち出の小槌』!」

 振り下ろされたハンマーはしかし、ヒポポタムスの急所に届かなかった。目を潰された痛みでのけぞり、後に退いたために打ち手の小槌はヒポポタムスの下顎を打つにとどまった。

(頭を下げろよ、デカブツ!)

 下顎を打たれ今度は上半身を下げたヒポポタムスはそのまま瓶底を掴む。

 腰を掴んで持ち上げ、胴を捻って横にドラゴンスレイヤーを投げる、うっちゃりだ。またも地響き。

 倒れたままに瓶底はスティックを眼窩から抜き出す。逆の目を狙い・・・・・・。

 瓶底は失神した。

 敵の無力化を済ませて左目を押さえる。その頃には目は回復していた。

 ヒポポタムスは己の慢心を呪う。悔いる。

 このドチビもまた警戒すべき敵だった。ドラゴンスレイヤー。

 倒れたストレングスを起こし、抱き締める。全力で締め殺す。

 その時視界の端から何かが飛んできて、ヒポポタムスの顔面を蹴飛ばした。

「来たか」と、だるまは呟く。

 ヒポポタムスは瓶底を離し、仰向けに倒れる。彼は目を覚ます。

 状況を確認して瓶底はヒポポタムスから離れる。力能を持たないインサイダーらしい安全を優先した行動。

「ふうっふうっ」

 涼は息を上らせている。クラウチングスタートの様に足を下げ、その目はヒポポタムス、その胴を睨みつけている。

 普段の穏やかな涼とは違う、殺気に満ちた目だ。

 興奮しているヒポポタムスは構わず張り手を振るう。

「!」

 張り手を両手で捉えその力を利用するようにヒポポタムスを振り回す涼。

「おお!?」

 ヒポポタムスを上空に放り投げる。追うように自分も跳ぶ。

「明獣爪苑流終伝果ついでんか!」

「終伝果だと!」だるまが叫ぶ。

 両腕を大きく広げ、ヒポポタムスの両目を潰す。

「霊長!」

 悲鳴を上げるヒポポタムス。顔を抑え、胴体ががら空きになる。

「百獣!」

 涼の飛び蹴りがヒポポタムスの胸を突く。吐血。 

裸掌殺らしょうさつ!」

 涼の手刀がヒポポタムスの頸椎を砕いた。

「が!」

 涼は絶叫。

「俺の仲間を傷つけるヤツは許さない!」


 動物の姿や動きを取り入れた中国拳法の総称、象形拳しょうけいけん

 かつて明獣爪苑流の開祖はその全てを研究した。あらゆる象形拳を貪欲に取り込みついに明獣爪苑流は完成した、かに見えた。

 研究するうちに開祖は迷いだした。

 いたずらに動物を真似て強くなってそれでいいのか?

 それは人間が肉体的に動物に劣っていると認めることになりはしないか。

 人の肉体を極めてこそ強さではないのか。

 しかし、明獣爪苑流の完成を間近にしてその一切を否定することはできない。遅すぎた。

 そんな苛立ちを抱え込み、開祖は動物に戦いを挑むようになった。空手家のように。

 牛と会えば牛を殺し。

 熊と会えば熊を殺し。

 獅子を。

 大蛇を。 

 鯨を。

 戦う毎殺す毎に技は洗練されていった。皮肉にも象形拳のキレは増していった。

 それと共に、奇妙な確信を開祖は抱いた。

 猛獣の技を振るう俺は人間であり、数多のケモノを殺してきたこの手も人間のそれだと。

 人間として百獣の強みと弱点を研究してきた、それが終伝果のヒントになった。

 相手の体勢を崩し、弱点を蹴り抜いて、最後に手刀で頸椎を断つ。

 蹴りは人間を含む動物、それぞれの弱点を、手刀は全ての動物に共通する弱点を攻める。

 霊長たる人間の研究と肉体によって、相対する百獣を完殺する終伝果。

 それが霊長百獣裸掌殺。

 首を折られたヒポポタムスは地面に激突、上半身を埋めて気絶。

 涼は着地。ヒポポタムス、その下半身を睨む。

「なにが、が、だ」 

「見事な働きだ、涼」

 苦しそうな声でだるまが労った。

「博士・・・・・・、うお!?」

「問題ない。落ち着け」そう言うだるまの両足はあり得ざる方向に曲がっていた。竹製の杖と瓶底に頼り、よたよたと歩いている。痛みを耐えて。

「このデカブツどうすんだ?」と瓶底。

「エレメンツのマスクを外せばただの『正統』オーソドキシーだ」とだるま。

「問題はマスクをどう外すかだが・・・・・・」


「心配は無用だ。ヒポポタムスはこちらで預かろう」


 知らない女の声。三人はその主の方を見る。

 ふくよかな胸、しなやかな胴体、曲線を描く両足。輪郭で女とわかる、しかし人間とは思えない外見。

「て、てめえ!」瓶底の声が震える。

 白い。全身白い毛皮。天を指すようなネコミミ、左右に裂かれたような大口、目はらんらんと輝く。手首から先は大きめ。肉球も爪も視認できる。獣の臭い。尻尾はゆっくりと振られて。

 白虎。

「ヒポポタムスを倒したのか?」心底驚いて白虎は問う。耳もヒゲもスレイヤー達に向けられる。

 音もなく無造作に涼に近づく白虎。

「はぁ!」

 涼のパンチをかわし、白虎はその胴体へ蹴りを放つ。涼は水平に吹っ飛び自動車に突っ込んだ。

 中国拳法だ。それも達人レベルの、とだるまは見抜いた。

 ヒポポタムスの足を掴んで引き抜く白虎。

「重いな」

 ヒポポタムスの重量を片手で支え続けるのは難しいらしく、手を放す。

 白虎、彼女の前に瓶底が立ち塞がる。ストレングス。ベイバロン。

「邪魔よ、ガキンチョ」

 ハンマーを横に振るうことで返事するストレングス。

「この時を待ったいたぜ、ネコヤロウ!」

 しかし白虎は片手でハンマーを受け止めた。

「きみ、誰?」

 マスクを上げ、素顔を見せる瓶底。

 スレイヤーの装着中、視力矯正は眼鏡でなくマスク裏のヘッドマウントディスプレイで行っている為、今は何も見えない。ハンマーを構える。

「これでもわからないか?」

「珍妙なカラクリね。あら、あなた・・・・・・」

 どうやら瓶底を思い出したらしい。

「それで、あなた達は?」

 瓶底のことなどどうでもいいというように、車にめり込んだ涼、動けないだるまを見やる。遠くからも二人、銅像のような奴らが近づいてきている。

 無視された怒りで瓶底は頭が真っ白になる。

「俺たちは『教会』、ドラゴンスレイヤー。お前らを迎撃するための組織だ」とだるま。

「私たち? ディオゲネス・クラブを? ドラゴンスレイヤー?」

 異世界の存在たるディオゲネス・クラブの対策にこれほどの装備を出せる。ドラゴンスレイヤーの組織力を推察し、白虎は緊張する。目の前の小さな甲冑、ストレングスから距離を取る。

 こいつらは伊達でも酔狂でもない。

 見た目のトンチキさに惑わされてはいけない。

 パワーと防御力においてエレメンツ一のヒポポタムスを倒しているのだから。

 しかし撤退できる。今はヒポポタムスを救うのが先だ。

「ドラゴンスレイヤー。覚えておこう。私はトラのエレメンツ。『アルビノタイガー』」

「そのまんまだな」

「人の名前にケチをつけるか、サムライ?」

「いいや、わかりやすいのはいいことだ」

 この女、日本人ではない。日本語のイントネーションでわかる。案外ドロップレーと同じく異世界人かもしれないぞ。

「ペリカン!」

 アルビノタイガーの声を聞いて空中から巨鳥が舞い降りる。

 翼竜と見紛うばかりの大きさのペリカン。ばくりと口を開けるとヒポポタムスを啄み嘴くちばし下の袋にしまいこんだ。 

 瓶底があんぐりと口を開ける、信じられないものを見た。

 危機感は解けないが大丈夫。アルビノタイガーはそう判ずる。 

 ペリカンが羽撃き、浮き上がる。その足にアルビノタイガーは捕まる。

「逃げるのか!」

 瓶底はストレングスのチェーンを射出。チェーンはアルビノタイガーに蹴られペリカンを捕らえられない。

「ドラゴンスレイヤーども、次は殺す! 皆殺しだ!」

 口をばっくりと開いてアルビノタイガーが吠える。仲間を傷つけられて怒り狂っている。

「ふざけるな、降りてこい! クソ女!」

「寿命が伸びたと思えチビめ! いつか殺してやる! 私が直々にな!」

 小さなアーマーファイターと獣人が罵り合う様はなんとも非現実的だった。

 瓶底の苛烈な罵声を浴びながらペリカンたちの姿は小さくなっていった。

「戻ってこい! バカヤロウ! くそ! くそ・・・・・・」

 へたり込む瓶底。だるまはカーターに連絡。

「カーター。迎えに来てくれ。涼の状況がわからん。死んではいないと思うが・・・・・・」

 負けた。とだるまは思う。しかし誰も死んではいない。それは拾い物の収穫か。いいや、全員が生き延びようと全力を尽くした結果だ。

 エレメンツの撃破以外の目的は果たした。

 だからだるまとしては今回の作戦結果に不満はない。

 しかし彼らはどうだろうか? 若い瓶底や涼は?

 敗北感で腹を立てるだろう。特に瓶底は仇を流してしまったのだ、その癇癪は勉強漬けの時とは比べものにならないだろう。

 だがそれは帰ってからの課題だ。だるまは課題が嫌いではない。 

 なんにせよ、まだ勝負は決まっていない。

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