第183話 カシオズを背に

 三日後。万全の準備を整えたソールとルナ、コハル、そして騎士達は、いよいよカシオズを発つ事にした。ソール達に同行する事になったのは騎士団長のグランと、ソール達と仲を深めていたケビン、デュノ、ロジャーをはじめとしたおよそ十人の騎士達だった。彼らは出発する際に集まる場所として、カシオズ大聖堂の前を選んだ。その場には彼らを見送るため、ウォルやアリシア、ソフィア、さらにはヴァレンが揃っていた。しかしただ一人、赤髪の魔導士の姿はそこにはなかった。


「結局彼は来ないつもりなのか?全く、困ったものだ」


 ヴァレンがため息混じりに呟く。


「君は一緒に連れて来なかったのかね?」


 と、ヴァレンは隣に立つウォルへと投げかける。


「えぇ、私も言ってはみたんですが。きっと、気恥ずかしかったんだと、思います」


 ウォルは苦笑しながら言った。


「しかしだな」


「……良いんです」


 ヴァーノに対する言及を遮るかのように言葉を挟んだのは、ソールだった。


「ヴァーノさんは確かに言ってくれました。また逢える、って。だったら、僕も楽しみは後に取っておきたいんです」


「……まぁ、他ならぬ君が言うならば、これ以上は何も言うまい」


 少年の穏やかな表情と言葉に、ヴァレンは引き下がった。


「ま、安心しろよ。あいつの代わりに俺達がお前達の面倒を見てやるからよっ」


 と、茜色の髪をした騎士、ケビンがソールの髪をわしゃわしゃとかき乱しながら言った。


「ちょ、ちょっとやめてくださいよケビンさん」


 その様子を見て、


「全くあんた達は本当に兄弟みたいね」


 デュノが半ば呆れた口調で言った。


「まぁ、ソールの方がお兄さんっぽいけれど」


「おいお前なんて言った。俺は聞き逃さなかったぞ!?」


 ボソッと付け加えられた一言に、ケビンは怒声を上げた。


「これ、止めないか二人とも」


 そこに、白髪の老騎士ロジャーが間に入った。


「済まないなソールよ。なにせこやつ等は仲が良いやら悪いやら分からんでな。少し前までは付き合っていた仲だというのに」


「「なっ、何言ってんだ爺さん!?」」


「ほれ、こうして息はピッタリなんだがなぁ。どうにも二人とも性格に難があってな」


「「もういっぺん言ってみろ!!」」


「止めないか恥ずかしい」


 見かねたグランが三人を制した。


(本当に、この人達に任せて、大丈夫なのかしら……?)


 ウォルは一抹の不安を覚えた。それに気付いたのか、グランは一度咳払いをして、


「こんな連中だが、いざという時には頼りになる連中だ。それにソール達とは、一時ではあるが共に旅をした経験もある。安心して任せて欲しい」


 と、ウォルやアリシアに向けて言った。それに対し、ウォルとアリシアは一度顔を見合わせると、グランに軽く一礼した。


「よし、それではそろそろ行くぞ」


「あっ、その前に」


 ソールはウォルとアリシアの前まで小走りで行くと、


「皆さん、ありがとうございました。お元気で」


 そう言って右手を差し出した。


「うん、またね。ソール」


「また逢いましょう。ソール君」


 ウォルとアリシアはそう言うと、順番にソールと握手を交わした。


「それじゃ」


(さよならは、言わない)


 ソールが騎士やルナ達のところまで戻ると、一行は馬車に乗り、旅路を進み始めた。






 同時刻、カシオズ大聖堂の周辺が見渡せる静かな丘。そこに赤い長髪の男が立っていた。男は懐から煙草を取り出し、いつものように口に運ぼうとしたが、


「今日くらいはやめておくか」


 思い直し、懐に戻した。


「……」


 男は少年達が乗った馬車が進んで行くのを、ただ静かに見つめていた。

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