第180話 時計をその手に

「……あ、そうだ。アリシアさん」


 と、少年は視線を下に向けた際に首から提げていた物を見て、思い出した。


「この時計について、少し教えてくれませんか?」


「いいわよ。何かしら?」


 アリシアは自分の目を指先でなぞりながら承諾した。


「さっきのソフィアさんの説明で、この時計にアリシアさんの力が込められている事は分かりました。でも、それでも疑問が残るんです。これまで僕は、この時計の力を色々な所で使ってきました。時には魔導士と戦い、時には街に張り巡らされた魔導を打ち消しました。そんな中、力を使えない場面があったんです。これって一体……?」


 少年は今までの事を思い出しながら訊いた。


「そういう事ね。まず前提として、この時計は万能ではないの。どんなに強大な力が宿っていても、それは元々は私が使っていた力に由来するものに過ぎないのよ」


「アリシアさんが使っていた力……」


「えぇ。細かく言えば、炎、水、風、土……。魔導の基本となる四属性の力。それともう一つ、私独自で作った『魔導を打ち消す力』。主にこの五つの力が、この時計には宿っているの。つまり、これら以外の力は基本的には扱えないという訳」


「なるほど」


 少年は納得し、自分の顎に手を当てる。


「あの時、イオナの雷の魔導を使おうとしても何も起こらなかったのは、そういう事だったんですね。それじゃ、この時計を使っても僕のマナが過剰に消費されなかったのはどうしてなんですか?」


 少年は今までの戦いの事を思い出し、続けて問う。


「その時計は特別でね。普通の魔導具によって行使される魔導は使用者のマナに由来するの。けれど、その時計は私の力を注いでいて、莫大な魔力を有している。端的に言えば、その時計の力を使うのに使用者のマナは必要ないのよ」


「そうだったんですね」


 少年は再び、首から提げられた懐中時計を見て、ふと考える。


(僕が旅をするきっかけになったこの時計。元々はアリシアさんの、いや、もっと言えばテオ君の物だったんだよね。旅が終わった今、もう僕には……)


 そこまで考えると、ソールは時計を首から外し、手の上に乗せてアリシアの前へと差し出す。


「アリシアさん、返します」


 すると、


「いいえ」


 アリシアは首を横に振った。


「これは貴方が持っていて」


「え、でも……この時計は、テオ君の形見の品なんでしょう?だったらそんな大切な物を」


「大切だからこそ、貴方に持っていて欲しいの」


 アリシアは微笑みながら、少年の手を優しく握った。


「確かに手元に持っておきたい気持ちはあるわ。けれど、大切な貴方を守るお守りとして、貴方が持っていなさい」


「アリシアさん……」


 少年は彼女の口から零れたその言葉に胸を熱くした。


「分かりました。絶対、大事にします」


 そう言うと、少年は再びその時計を首から提げた。その時計は朝日に照らされ、一段と輝いているように見えたのだった。

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