第179話 アリシアの胸中

「それで何ですか、アリシアさん?」


 ソールとアリシアの二人は、テオの墓から少し離れたところにある石造りのベンチに腰掛けていた。テオの墓がある草原の丘は、カシオズの街の中でも大きな公園の一部であり、ベンチの傍らには木製のブランコが設置されていた。他の一同は、二人だけで話をしたいというアリシアの意を酌み、少し離れたところで待っていた。


「ソール君」


 と、アリシアは少年の名を口にすると、彼を両の腕で抱きしめた。それは、とても慈愛に満ちた抱擁だった。


「え、ちょっと、アリシアさん……?」


 ソールは少し照れているのか、頬を少し赤らめながら彼女の腕に手を掛ける。


「他の皆がいると少し恥ずかしくてね、ごめんなさいね」


「アリシアさん……」


「……本当に、ごめんなさい」


「……?」


 立て続けに謝るアリシアに、少年ははてなと疑問を浮かべる。


「貴方の優しさにかこつけて、こんな過酷な運命を背負わせてしまった。さっき貴方はヴァレンに、この旅の中で得るものがあった、と言っていたわね。それは、事実なんでしょうね」


 アリシアはソールの身体から離れ、彼を正面から見つめながら続ける。


「でもそれは、同時に貴方を何度も、そう、何度も危険な目に遭わせたという事でもある。貴方だけじゃない。ルナちゃん……。あの子にだって、申し訳ない事をしたわね。貴方が旅に出るのなら、あの子が付いて来るのは目に見えていたのに。本当にダメね、私は」


 そこまで言うと、アリシアは俯いた。その様子にソールは、


「……そんな事、無いです」


 と、自分の中で彼女に掛けるべき言葉を探し、口にする。


「確かに僕らが旅に出たきっかけは、アリシアさんからの手紙でした。だけど、最終的に旅に出ると決めたのは、紛れもない、僕の、僕達の意思です。運命の岐路には、僕の意思で足を踏み入れたんです。それに、この旅の中で何度も貴方から託されたこの時計が助けてくれました。だからこそ、様々な困難を乗り越える事が出来たんです。それはアリシアさん……、貴方のお陰なんですよ」


 少年はアリシアの手を両の手で包み込みながら言う。


「ヴァレンさんだけじゃない。アリシアさん、貴方も多くの苦悩をこれまで抱えながら過ごしてきたんでしょう。これまで僕の事を、僕達の事を気に掛けてくれてありがとうございます。アリシアさん、僕達は、大丈夫ですよ。僕達は、不幸になんてなっていないんですから」


「ソール君……」


 少年の言葉に、アリシアは顔を上げた。その瞳には大粒の涙がこぼれ落ちそうになっていた。


「相変わらず、貴方は優しいわね。あの頃と変わらない。……いいえ、それは違うわね。あの頃と比べて、少し大きくなったかしら」


 アリシアは少年の頭にぽんと手を置く。そしてそのまま、少年の頭を優しく撫でる。


「……」


 少年は再び気恥ずかしそうに頬を紅潮させると、片方の指で頬を掻いた。

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