第178話 過去と因縁

「「なっ……!?」」


 思い掛けないその名前に、一同は驚愕を隠せなかった。


「あの人、そんな事までしていたのか……。でも、何で……?」


 ソールが疑問を口にした。それに対しアリシアは、


「別に不思議に思う事では無いわ。だって、テオを指導していた魔導士というのは、彼だったのだから」


 過去を思い出し、思いを馳せるかのように空を仰ぎながら言った。夜空には、まるで彼女の悲しみを湛えるかのように星々が点々と白い光を放っていた。


「カールには魔導の素質と力量が備わっていた。だからこそ、魔導を上手く使えない人の気持ちが分からなかった。そうして厳しく指導をした結果がこういう訳」


 アリシアは視線を弟の墓に向けた。その瞳には、やはり悲しみが浮かんでいた。


「カールが指導をしていたのは、テオを含めて十数人の少年少女だったわ。その中の一人の男の子が、テオの事を気に掛けてくれていて、異変が分かったの。その子を含めた数人が、カールの事を『教会』に掛け合おうとした。でも、それは叶わなかった」


「どうして……?」


 ルナが当然の疑問を口にする。


「カールが子ども達に迫ったの。『テオが倒れたのは器量が無かったからだ。自分達の魔導士としての未熟さを棚に上げて人の事を言及するならそれ相応の覚悟を持て』ってね」


「そんな、悪いのは、カールじゃない!?」


 ルナが怒りを露にした。


「ありがとう。でも、彼にはその自覚は無かったんだと思う。……『教会』で魔導を教わる子どもの中には身寄りの無い子も少なくなくてね。そういう子達は、居場所を失うのが怖かったんだと思う。そうして、子ども達は口を閉ざしてしまった。その結果、テオの事は表沙汰にはならなかったという訳」


「そう、だったのか」


 そう呟いたのはヴァーノだった。彼は隣に居たウォルと顔を合わせた。元々身寄りの無かった彼が何を思っていたのか、ウォルには容易く想像できた。


「……済まなかった」


 と、ヴァレンがその場に膝を付けながら言った。


「知らなかったとはいえ、カールを、罪深きあの者を今まで野放しにしてしまった。そして何より、君の弟を、君を追い詰めてしまった。知らなかったでは決して済まされない。許されないと分かっている。だが、今となってはこの私に出来る事といえば、謝る事くらいだ。だから、謝らせて欲しい。本当に、申し訳ない……!」


 ヴァレンはその瞳に涙を湛えながら言葉を紡いだ。それは、彼の心からの謝罪だった。


「そんなに謝らないで。悪いのは貴方じゃない。それに、過程はどうであれ、こうしてカールは捕まった。私はそれで充分よ。それに」


 アリシアはソールの後方に立つ騎士達に視線を移した。


「カールの罪は、追及してくれるのでしょう?」


 と、彼女は問いかけた。それに対し、


「あぁ、勿論だ。奴の罪は、徹底的に追求し、相応の償いをさせてみせる。騎士団が、それを保障する」


 騎士団の先頭に立つグランは、胸に手を当ててそう宣言した。


「よろしくお願いするわ」


 アリシアはその瞳に若干の涙を浮かべながら、騎士達に一礼した。


 次にアリシアがその身体を起こした時、一同の視界には明るい光が差し込んだ。皆がそちらに目を向けると、遠い地平線から朝日が昇って来るのが見えた。気付けば、もう夜明けの時となっていた。そこに、彼らの抱えていた悲しみや切なさといった複雑な感情を流すかのように、一陣の風が吹いた。


「……」


 アリシアは風で靡いたその長い銀髪をそっと左手で撫でた。そして、


「ソール君、少し、良いかしら?」


 と、少年の名を呼んだのだった。

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