第176話 とある丘にて

 アリシアに連れられ、ソール達は馬車で移動した。街灯が柔らかな光で照らす夜道はとても静かで、ガタガタと馬車の車輪の音だけが街中に響いていた。馬車で揺られること二十分程。一行が辿り着いたのはカシオズの街中から遠く離れた丘のような所だった。


「……この場所、似てる」


 ソールはその丘にどこか懐かしさを感じていた。辺りを見回すと、一面に草原が広がり、それをまるで見守るかのようにして大きな木が一本立っている。彼が生まれ育ったジーフの街の『あの丘』に重なるものを感じていたのだ。しかし、その丘には彼の知っている景色には無い物が、草原の上に等間隔で並んでいるのだった。


「アリシアさん、此処は?」


「私には、弟が居るの」


 ソールの質問にアリシアは答えなかった。


「アリシアさん、弟さんがいらっしゃったんですね」


「えぇ。ソール君とルナちゃん。ちょうど貴方達くらいの歳だった・・・わ」


「……」


 アリシアの言い回しに、ソールはある推測を立てた。そんなソールに気付いているのか否か、アリシアは一行を先導し草原を歩いて行く。


「ここよ」


 と、アリシアがいくつも並んでいる石碑のようなものの一つの前で立ち止まった。


「これは……」


 その石碑には次のような一文が書かれていた。






『テオ=トゥールス、此処に眠る』






「……」


 一同はその文を見ると言葉を失ってしまった。その代わりにアリシアが口を開いた。


「その時計はね、私の弟の……、テオの最後のプレゼントだったの」


 アリシアは昔を思い出しながら、夜空を仰ぐ。


「早くに亡くなってしまった両親の代わりに私が育てていてね。尤も、最後まで姉らしい事はしてあげられなかったけどね。月のお小遣いも少しばかりだったというのに、決して安くは無かったというのに。それでも、あの子が私の為に買ってくれた、とても大切な物よ」


「だったら尚更、どうして僕に?」


 ソールは不思議で仕方なかった。


「そうね。……強いて言うなら、あの子に似ていたからかしら」


 アリシアは優しく微笑みながら言った。


「似ていた……?僕と、テオ君が、ですか?」


「えぇ、泣き虫で危なっかしくて、でも人の為に何かが出来て、優しくて心が強い、そんな所がかしら」


「……」


 そう言われて、ソールは小恥ずかしくなって頬を指で掻いた。

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