第175話 アリシアの事情

 ヴァーノの言葉に、アリシアは思わず視線を逸らした。それまで和やかだった場の空気が、その一言で一気に張り詰め、静寂が支配する。


「オレ達の旅路を見てきた……、それがどういうことか、その意味は分かるよな?」


 構わず、ヴァーノは続ける。


「それはつまり、ソールが傷つきそうな時も、何もせずにただ傍観していたってことだ」


「ヴァーノさんそれは」


「どうなんだ」


 ソールが割り込もうとするが、それを遮るかのように赤髪の男は銀髪の女に問い質す。


「……」


 しかし、アリシアはただ沈黙していた。


「別にオレはアンタのそんな行動を糾弾したい訳じゃない。オレ達も過去にそんな事があったからな。だが、あの時のオレ達みたいに、アンタは『教会』に縛られている訳じゃないだろう。勢力関係だとか利害だとか勘定に入れずに、ソールを助けられた立場にあったはずだ。そうしなかったのは、何故なんだ?」


「それは……」


「そうしたくても出来なかったのよ」


 言い淀む彼女の代わりにそう答えたのは、傍らで話を聞いていた王宮魔導士、ソフィアだった。


「彼女には、そんな力が無いのよ」


「……それは、どういうことだ?」


 ヴァーノはすかさず疑問を口にした。


「だってその人は『魔法使い』だろう?魔導を極め、それを凌ぐとされる『魔法』を扱える存在。『教会』の中じゃあ誰もがその名を聞いたことがあるくらいだ。オレ達の比にならない力を有しているはずだ。それなのに」


「えぇ。確かに昔はそんな力があったわ。けれども、今はその欠片も残っていないの。ソール君、貴方が持っているその時計が、その証拠よ」


「僕の……?」


 そう言われた少年は、首から提げた時計に視線を送った。


「……何なんだ、要領を得ない。もう少し分かるように説明してくれないか」


 ヴァーノは困惑した様子で、片手で頭を掻きながら眉をひそめた。するとソフィアは確認するようにアリシアへと視線を向けた。それに気付いたアリシアは、コクンと静かに首を縦に振った。


「分かった。説明するわ。確かに、彼女は先に言ったように『魔法使い』だったわ。その力故に、普通の魔導士が頭を抱えるような難問も、彼女はそつなくこなしてきた。『教会』の誰もが、彼女の力を認めていた。けれど、彼女はある時から感じていたの。自分の力が日に日に衰えていっているという事を。それは、本当に僅かな変化だった。けれど、彼女は危機感を覚えていたの。このままでは、いずれ自分が力を全く使えなくなってしまうのではないか、と。だから彼女はその力を保管しようと考えた。そうして力を注いだのが、ソール君が持っている時計という訳」


「アンタ、随分とその人に詳しいな」


「えぇ。私と彼女は、魔導士として昔から縁があってね」


「……」


 そこまで聞いていたソールは、少し考えた後、口を開いた。


「あの、アリシアさん。僕も一つ、訊きたい事があります。……どうして、僕だったんですか?」


「ソール?」


 傍らに居たルナがはてなと小首を傾げる。


「自分で言うのもなんですけれど、僕は普通、いや、もしかしたらそれすらも満たない子どもです。この時計の力だって最初に使えたのも無意識で、まともに使えたのだってもっと後でした。とてもじゃありませんが、僕に時計を扱う資質なんて無かったと思うんです。どうして、僕にこれを託してくれたんですか?」


「……ふふ」


 そこまで少年が言うと、アリシアは微笑した。


「そういう所も変わらないわね。……そうね、少し場所を変えましょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る