第172話 ヴァレン枢機卿

「さあ、こっちに来るんだ」


 大聖堂の大きな扉が内側に開いた時、そのような声がした。声の主は銀色の鎧を身に纏う、若い男だった。王国直属の騎士団の一員だった。彼は一緒に居たもう一人の騎士と共に、ある人物を縄で引き連れていた。


「そう急かさないでもらえるか。私は逃げも隠れもしないさ」


 カシオズ魔導士教会の大司教、カール。ソールが持っている懐中時計を手中に収めようと画策し、少年と激闘を繰り広げた男。その末に、王国騎士により拘束され、連行されようとしている所だった。建物から出た時、ソール達を目にした彼は思わず声を掛けた。


「おや、君も、その少女もどうやら無事だったみたいだな」


 男の行動に、両隣に居た騎士達は身を構えたが、その場に居た騎士団長グランがそれを制した。


「無事で何よりだ。未来ある少年少女が元気でいるに越したことは無いからな」


「……何言ってんの、アンタ」


 そう言ったのはルナだった。彼女は寝ていた身体をすくっと起き上がらせる。


「そもそも、こんなことになったのは、ソールが傷つくことになったのはアンタのせいじゃない!心にも無い事を言わないで!」


「おやおや人聞きの悪い。私はただ、目的の為に力を行使しただけなのだよ。何も最初から君達を傷つけようとしていた訳じゃないのだよ。それにしても」


 カールは溜め息を吐きながら言った。


「君には参ったよ。まさかこんなことになるとはな。よくもやってくれたな」


 その口調とは裏腹に、鋭い眼光で少年を睨みつけながら言った。


「それはこちらの台詞だよ、カール」


 と、そんな声がした。その場にいた全員が、その声のした方、つまりは大聖堂の入り口から見て反対側の方へと目をやった。するとそこには顎鬚あごひげを生やした金髪の男が一人、立っていたのだった。その髪は短く、歳はカールよりも少し上くらいのようだった。


「誰?」


 ルナが当然の疑問を口にする。はてなと思うソールに対し、カールだけは途端にオドオドとしていた。


「す、枢機卿すうききょう……!」


 カールは震えた声で言った。


「一体、誰何ですか?」


 ソールがヴァーノに小声で問う。


「ヴァレン枢機卿。『教会』の中で教皇に次いで偉い方だ。つまりは大司教よりも上の立場の人だ」


 同じくヴァーノも小声で答えた。


「枢機卿、何故……?」


「先程も言ったが、それもこちらの台詞だよ、カール。君は一体、何故このような事をしたのだね」


 枢機卿と呼ばれた男、ヴァレンはゆっくりと、しかし威圧ある口調で詰問する。


「わ、私はただ、『教会』の為になればと、その一心でここまでやって来たのです。『教会』に属する者達、『教会』が先導する者達が救われるには、力が必要だったのです!」


 カールはたじろぎながら自分の考えを説く。その姿には普段の余裕な態度は微塵もなかった。


「そうか」


 対し、ヴァレンは溜め息を吐いた。


「私が君の野心を見抜いていないとでも思っていたのか。以前から、その手に力を入れ、時計を手中に収めようと企てていたのも知っている」


「……」


 カールは俯いた。


「君が先程言った事が、例え本心だったとしても、それはこんなことで成し遂げるべきものじゃない。子どもを傷つけて得たものなど、価値なんて無いのだよ」


 ヴァレンは一度目を瞑った。


「連れて行ってくれ」


 と、その言葉で騎士達はカールを再び引き連れていくのだった。

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