第170話 戦いの後で

 ソールは大聖堂の外壁に背中を預けて座り込んでいた。


「……」


 伸ばした少年の脚の上に、頭を乗せて少女が眠っていた。


 少年はその手で少女の頭をそっと撫でる。少女の髪の柔らかな感触が、少年の指に伝わる。


「ソール」


 そこに、グランが短く少年の名を呼びながら近づいていく。少年ははっとして少女の頭から手を退どける。


「な、何ですか?」


「いや、身体の具合はどうかと思ってね」


 どうやら杞憂だったことに、少年は胸をなでおろした。


「あ、あぁ、それはご心配なく。この通り、僕は割と元気です、よ?!」


 少年は自身の腕を回しながら言った。すると、その言葉に反して少年の腕に鈍い痛みが走り、少年はもう片方の腕でそれを庇う。その様子を見て、


「ほら、言わんこっちゃない。あまり無理をするな」


 グランは少年の肩を優しくさすった。


「すみません」


 少年は申し訳ない気持ちになった。


「別に謝る事じゃないさ。いや寧ろ、謝るのはこちらの方さ。君達の力になればと思い、この街まで戻って来たが……。結局、肝心な所には間に合わなかった。そのせいで、君を不必要に傷つけてしまったのだから。……本当に申し訳ない」


 グランはそう言うと、深々と頭を下げた。


「そ、そんな謝らないでください。頭を上げてくださいよ。それよりも、タイミング良くこちらに帰られたんですね」


 ソールは気になった事を口にした。


「あぁ、それはだな。実は、あれから伝書鳩で連絡を取った時に、『ある人』から知らされたんだよ。君達がいよいよこの街に来る、とね」


「ある人……?」


「あぁ、それは」


 と、グランが補足しようとした時だった。


「私が呼んだのよ」


 と、彼の後ろから一人の女性がソールの前に姿を現した。長く伸びた黒髪に黒いドレスを見に纏っており、どこか妖艶な雰囲気を醸し出しているその女性は、ソールには面識があった。


「ソフィア、さん」


 それは、シズミの町で出会ったカシオズ王宮魔導士、ソフィアだった。


「どうも、ソール君。シズミではお世話になったわね」


 ソフィアはドレスの端を手で軽く上げ、会釈した。


「いえ、そんな……」


「謙遜しなくて良いわ。ところで」


 ソフィアはソールの身体を一通り見ると、


「身体の方は大丈夫、とは言い切れないわね」


 ソフィアは俯き、目を逸らした。


「あの時の借りを返せればと思っていたのだけれど……。生憎、私には戦う術が無かったから、なんて、言い訳にしかならないわよね」


「そんな事ないですよ。現に、こうやって皆さんのお陰でカールを止められたんです。僕は感謝してるんです」


「ソール君……。やっぱり、貴方は優しい子ね」


 フフフ、とソフィアは微笑を溢した。そこに、


「ソール!」


 と、少年の名を呼ぶ少女の声がした。コハルの声だった。ソールが声のした方向へ視線を向けると、コハルだけではなくヴァーノやウォル、さらにはケビンをはじめとする騎士達がソールの方へと歩いてくるのだった。


「ソール、大丈夫?身体中傷だらけじゃない」


 コハルが心配そうにソールを見つめる。


「まったく、事前に忠告はしておいたつもりだったんだが。まさか、本当にあの人と一人で戦うとは……」


 ヴァーノはうんざりしたように眉間に皺しわを寄せた。


「……」


 そんな二人とは対照的に、ウォルはただ、少年に柔らかな視線を送っていた。


「心配掛けて、ごめんなさい」


 ソールは再び、頭を下げた。


「……まぁ、何だ。勝手な行動をしたとはいえ、カールを打倒したんだ。それだけはたたえてやろう」


 ヴァーノはいつの間にかその手に持っていた煙草に火を付け、口に咥えながら言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る