第169話 戦いの行方

「全く、君には色々と驚かされる」


 と、冷静さと優位性を取り戻したカールが、少年を見下しながら言った。いつの間にか、その両腕の拘束や空中の火球は消えてしまっていた。


「こんな魔導まで扱えるとはな。いや違うな。きっとこれは……」


 考える素振りを見せたが、それもまた一瞬だった。


「まぁいいだろう。さて、長かったお遊びもこれまでだ。何か言い残す事は無いかね?」


「言い残す事、ね」


 少年はその言葉の意味を理解した。それは、自らに対する死の宣告そのものだった。


「貴方は、時計をどうするつもりですか?」


「ふむ」


 カールは自らの腰の後ろで手を組む。


「決まっている。その時計が持つ莫大な力があれば、私はこの『教会』、いやこの国随一の力を手に入れることが出来る。そうなれば、権力も何もかもが思いのままだ。私がこの国を統治することだって出来るだろうさ」


 カールの話を聞き、ソールは思った。この男は危険だと。


「やっぱり、貴方のような人にこの時計を渡す訳にはいかない」


「ほう、まだ楯突くというのかね。それならば」


 カールは前に手を伸ばす。そうして、今までで一番大きな陣を生み出した。


「ここで君には、やはり消えてもらうとしよう」


 その言葉と共に、閃光が迸り、少年の身体を貫く。






 そのはずだった。


「ソール!」


 その声と共に、大聖堂の扉が大きく開かれた。


「何だ」


「……っ、ルナ!」


 声の主を少年は看破した。それはいつも少年の傍らに居た少女だった。少女の後ろには、三人の男が立っているようだった。


「……っ!」


 少女は少年の姿を確認すると、一目散に彼の下へと駆け寄った。


「ダメだルナ、戻るんだ!」


「突然の来訪者には驚いたが、私が成す事は変わらん。そこまで互いを思いやるのなら」


 カールは、再び魔導を行使する。


「もろともに吹き飛ぶがよい!」


 その言葉で、巨大な陣から光の砲が、ソールに向かって放たれた。その時だった。


「ソール……」


 少女は、少年を庇うために前に躍り出た。


「ルナ、ダメだ……」


 少年もすかさず、少女を守ろうとその身体を動かそうとする。しかし、溜まった疲労がここで爆発したのか、少年の身体からがくっと力が抜け落ちる。その場に倒れ込む。


(まずい……!)


 そんな事はお構いなしに、決定的な瞬間が訪れようとしていた。放射された光は、理不尽に少女を蹂躙じゅうりんしようと迫る。


(くそっ)


 少年が歯噛みし、うつむく。自分が考えるのも怖かった最悪な仮想が現実になるという事実を前に、自然と目を背ける。そうして、どうしようもなく横暴に、少女の身体を一筋の光が貫く。




 その間際の事だった。


 少女の胸元の何か・・が、眩い光を発したのである。


 その光は少女の身体全体を覆うほどに大きく広がっていき、少女を優しく包み込んだ。そして、その光のベールに閃光が衝突した、その時。


 カールの光は、まるで浄化されるかの如く、その形を失っていった。


「な、何が……?」


 カールは思わず、そのような疑問を浮かべた。いや、カールだけではない。その場に居る人間全てが、何が起きたのか分からなかった。


 そんな中、少女はまるで全身の力が抜けたかのようにその場に倒れ込んだ。


 一瞬の静寂が、その場を支配する。


(……っ、今だ!)


 少年ははっと思い出し、右手を虚空に翳す。直後、土の鎖が現出し、カールの身体を締め付ける。


「ぐおっ、しまっ……!」


 カールはどうにかして拘束から逃れようと身体を動かす。しかし、気付いた時には土鎖は固く締め付けられており、自力で脱するのは困難になっていた。そして、バランスを崩した身体が床へと倒れた。


「……っ、ルナ!」


 少年は戦いの優位的立場に立ったという自覚も喜びもないまま、倒れ込んだ少女の所に行こうと、力を振り絞る。今度こそ、ぐっと身体に力を込め、少年は立ち上がった。そうして少女の傍まで行くと、彼女の身体を優しく抱き抱えた。


「ルナ、ねぇ、ルナ……!」


 少年は再三再四少女の名を呼んだ。返事は返って来ない。少女の意識は無いように見えた。そこで、少年は少女の口元へと自分の顔を近づけた。


 微かに、少女の息が少年の頬に当たった。


「良かった……」


 少年は安堵の息を吐いた。これまで張り詰めていた緊張の糸が解けたのか、少年は涙をその瞳に湛えていた。そんな中だった。


「今の内だ、取り押さえろ」


 と、聖堂の扉の方からそのような声がした。男の声だった。


 少年ははっとして声のした方へ顔を向けた。少年には、その声に聞き覚えがあったのだ。


 男の声がした直後、二つの人影がその後方から現れ、聖堂の奥の方、すなわちカールの下へと入って行った。


「どうやら無事みたいだな、良かった」


 残された一人の男が、少年達に近づきながら言った。暗がりで見えなかった顔が、窓から差し込んだ月明りによって照らされる。


「貴方は……」


 思わず、少年はそんな声を上げた。それは、彼のよく見知った顔だったからだ。


「久しぶりだな、ソール」


 銀色の鎧を身に纏った、長身の白髪の男。


 カシオズ王国騎士団長、グランその人であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る