第168話 少年の反撃

 おかしい、とカールは思った。何も、目の前の少年が自分の攻撃によって冷たい床の上に倒れないということが、ではない。


(何だ、何故なのだ……?)


 もっとシンプルな事だった。


(何故、マナが欠乏しないのだ……!?)


 魔導士でない普通の人間にも、生命力に由来する力の源『マナ』が存在する。過度な運動をしたり、過重な労働をしたりする際に疲れてしまう、という場合にマナは消費される。それは魔導士が魔導を行使する時ももちろん例外ではない。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 現に、カールは疲弊していた。マナを酷使していた。度重なる魔導の行使によって息が上がっていた。


 一方、ソールも息は上がっていた。幾度となるカールの猛攻を浴び、全身傷だらけになりながら、雨のような連撃を右へ左へとかわしていく。その過程で体力を消耗したためだ。しかし、それだけだった。ソールの顔色からしても、とてもマナが欠乏しているとは思えなかったのである。


(思えば、先程から違和感はあった。こちら程ではないが、奴も魔導を行使していた。こちらの攻撃の間隙に、力を使っていた。そのはずだ。なのに、何故だ?どうしてだ?)


 カールはギリギリと歯を強く噛み締めた。対し、ソールは真っ直ぐにその澄んだ瞳でカールを見据える。


(奴の眼、あの瞳は……)


 カールには、その瞳に見覚えがあった。それはかつて『教会』の体制に異議を唱え、カールの前に立ちはだかった者。少年の首から提げられた懐中時計、その元々の持ち主。


「……るな」


 思い出し、カールの胸には沸々とした何かが込み上がる。


「そのような眼で、私を見るなあああああああああああああああああああ!」


 激昂した男は、特異の魔導を操る。虚空に浮かび上がった円から、一筋の閃光がほとばしった。


 だが、ソールは冷静だった。円から光が現出するよりも早く、手をかざした。すると、虚空に風が吹き荒れた。放たれた光の一線は瞬く間に風の刃で断裁された。


「何っ?!」


「……っ!」


 カールが反応するよりも先にソールが動く。虚空に伸ばした手をカールへと向ける。直後、カールの身体を巻き込むようにして、水柱が床から現れた。


「ぬおっ、これは……!?」


(ここで、視界を奪う。そうすれば……!)


 少年の狙い通り、突然の水撃にカールは思わず眼をつむった。その一瞬の隙を、少年は見逃さなかった。少年はその手をぐっと握り締める素振りを見せた。すると、地面から土の鎖が現出し、それらはカールの両腕に巻き付いた。


「くっ、これは」


「まだだっ」


 少年は伸ばした手を払う。それだけで事象は発生した。虚空から幾つもの火球が生み出され、それらはカールに向かって放たれる。その殆どが、男の身体に直撃した。


「……私を甘く見るなよ、小童こわっぱぁぁぁぁぁぁ!」


 拘束され、無数の火球を撃ち込まれても尚、カールは自分の優位性を誇示するかのように怒声を上げた。次の瞬間、カールはその両腕を絞められながらも手に力を、正確にはマナを込める。そうしてソールの追撃を阻むかのように、虚空に複数の陣が形成された。合図などという形式的なものは無く、すぐさま浮かんだ円陣から幾つもの閃光が溢れ出た。それらは容赦なく、少年に向かって流れ込む。


「……っ、しぶといな」


 少年は再び閃光に向かって手を翳し、風の魔導を行使する。その身を右へ左へと揺らし、迫り来る光を躱していく。しかしそれで全てを牽制けんせいすることなど出来なかった。


「ぐああああああああっ!?」


 放出された光の一筋が、少年の身体を貫いた。先程まで優勢だった少年は、冷たい床の上に倒れ込んだ。

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