第166話 夜に駆ける少女

 一人の少女が、カシオズ大聖堂を目指して夜の街の中を駆けていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 静寂が支配する街の中で、少女の息の上がった声だけが響いていた。


 そのはずだった。


 遠くの方で、轟という決して小さくない音が轟いた。若干の地響きが少女の下へと伝わる。


「何の音……?もしかして、ソール?」


 そう思ったが、


「いや、ソールなら騒動は極力起こさないはずだわ。でも……」


 その時だった。少女の走る方向から、人の足音が聞こえてきたのだった。


(……っ、誰か来る?!)


 少女は不意に、枝分かれしている道の物陰に身を隠した。その直後、数人の足音が少女の近くへと迫った。


「今の音、やっぱり本当だったのか。ヴァーノさんとウォルさんが裏切ったって」


「あぁ、そうらしいな。だからさっき駆け付けた奴が言ってたろ。応援が欲しいってな」


「だが、俺達だけでやれるのか?相手は十数人で相手にしても手に負えない化物だぞ!?」


「そんなの分かんねぇよ。取り敢えず、考えるより動けだ。やるっきゃないだろう」


 そんな事を言いながら、魔導士と思しき男達は少女のすぐ横を通り過ぎて行った。


「……行ったみたいね」


 再度、少女は見知らぬ街の中を走り出す。


「さっきの話、ヴァーノ達の事は言ってたけれど、ソールの事は言ってなかった。もしかしたら、二人が引き付けているのかも。だとしたらソールは……」


 そう考え、ルナはさらに足を速く動かす。そして、突き当りを曲がる。






 ここでもう一度言うが、この街は彼女にとっては未知の地である。通常、人は知らない土地では仮に地図を持っていたとしても道に迷うのが通例である。それは彼女とて例外ではない。


「あっ」


 少女が真っ直ぐに伸びた道を進んで行くと、行き止まりに着いてしまったのである。


「戻らないと」


 少女はすぐに踵を返し、別の道へと歩を進める。


(やっぱり、ジーフの街とは勝手が違うわね……)


 一度、ヴァーノに地図は見せてもらったが、彼女は完全記憶能力を持っている訳では無い。至って普通の女の子だった。だからこそ、


「……っ、また」


 少女は再び、行き止まりに差し掛かった。そして別の道に行こうとした。


 その時だった。


「おい、そこの君」


 と、少し離れたところから男の声がした。少女が声のした方へ目をやると、そこにはローブを被った男が二人立っていた。


「……っ!」


 少女は、しまったと思った。そして、考えるよりも先に身体が動いた。早くこの場から立ち去りたいという本能が、少女を走らせた。


「おい、待ちなさい」


「逃がすな、追うぞ」


 男達の声に構うことなく、少女は奔走した。






 一般的な話をするが、成人男性と少女とではどちらが足が速いだろうか。もちろんそれぞれの体型にもよるが、基本的にはその答えは明白だ。


「待てと言ってるだろう」


 分かれ道を右へ左へと曲がり、どうにか追っ手から逃れようとしたが、少女は遂に追い付かれてしまった。男が少女の腕を掴む。


「嫌、放して!」


 少女は身体を揺らし、必死に抵抗する。しかし、その甲斐虚しく脱することは出来ない。


「ようやく捕まえたんだ。放すものか。さぁ、言ってもらおうか。時計の子どもは何処に居る?」


 男の問いに、少女は首を横に振った。


「知らないわ」


「嘘を吐くな。お前が一緒に居たってのは分かってるんだ。さぁ言え。何処に居る?」


「本当に分からないのよ」


 その答えに、男達は業を煮やし、


「そうか、それならこっちにも考えがある」


 と、少女を地面へと叩きつけた。


「……っ!」


 少女は痛みに声が出そうになったが、必死にこらえた。対し、男は手を構えた。すると男の手に描かれた紋様が光り出し、その光が掌を覆った。男は魔導を少女に向けて行使するつもりなのだ。


(……助けて)


 少女は届くはずもない願いを、ただ己の中で呟く事しか出来なかった。


(助けてよ、ソール!)


 少女が眼を瞑った、その時だった。






「お前達、何をしている?」


 不意にそんな声がした。直後、男達は気が付くと二、三人の男女に組み伏せられていた。


「があああああああっ?!」


「何なんだ、お前ら……?!」


 その問いに、現れた男は冷たい声で返した。


「お前達に名乗る必要はない」


 男は魔導士達に視線を向けることも無く、少女の下へと近づくと腰を下げた。


「大丈夫か、怪我は無いか?」


 その声は先程と打って変わって優しいものとなっていた。


 少女が眼を開くと、鎧をまとった男・・・・・・・が彼女に向けて手を差し伸べていたのだった。

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