第164話 炎を操る男

 ヴァーノ達のログハウスからカシオズ大聖堂へ続く道のその半ば。本来であれば夜の静寂が漂う街の中で、荒々しい人の声と物音が響いていた。


「くそ、これだけ居てもようやく足止めになるくらいなのかよ?!」


 魔導士である男は、同じく自分の周りにいる魔導士を見ながら言う。その中心に、一本の煙草をその手に持った一人の男が居た。すらっとした長身に長い赤色の髪が目立つ。


「何をしている?!もっと力を入れろ。食い止めろ!」


 その声に合わせ、魔導士達は魔導を行使しようと手を翳す。直後、彼らの手の先に幾何学模様の円が浮かび上がり、その中心から水やら風やら、炎やらが生み出された。それらは彼らが取り囲んでいる長身の男、ヴァーノに向かって放たれる。


「……」


 数々の魔導が迫り来る中、ヴァーノは冷静だった。彼が手を掲げると、その手の先からやはり幾何学模様が現れ、そこから炎が生み出された。そして、彼がその手を払った瞬間、その炎は瞬く間に広がっていき、やがて大きな波になった。その炎波は、迫る全ての魔導を飲み込み、さらに大きくなっていった。


「何っ……」


 魔導士達が反応するよりも早く、波はそのままの勢いで彼らをも巻き込んでいった。


 炎の波に、揉まれた魔導士は次々とその場に倒れていった。


「だ、誰か、奴を……」


 その中の一人が、地に伏せながら言った。しかし、そこには誰も立っていなかった。ただ一人、赤髪の男を除いては。


「悪いが、通らせてもらうぞ」


 ヴァーノは、倒れている魔導士達を横目にその場を通ろうとする。


 その時だった。






「やあやあ。随分と勝手にやってくれたみたいですねぇ」


 と、彼の後方から声がした。何処かあどけなさが残る少年のような声だった。


 ヴァーノが振り返ると、そこには灰色の髪をした少年が一人、立っていた。


「……クロエか。一体何の用だ?」


「もう、とぼけるのが得意ですね。ヴァーノさん」


 クロエと呼ばれた少年はケタケタと笑いながら言う。


「大司教に歯向かったらボクが出てくる事くらい分かっていたでしょう」


 軽口を叩く少年に対し、やはりヴァーノは冷静だった。いや、それは最早冷徹だったと言った方がよいのかもしれない。


「知らんな。オマエの事など気にも留めていなかったからな」


「そんな、酷いなぁ。悲しいなぁ。悲しくて泣いてしまいそうだ」


 その言葉とは裏腹に、少年は笑みを浮かべていた。


「嘘を吐け。本当はそんな事、微塵も思ってなどいないだろう。不気味で掴みどころのない、オマエのそんな所がオレは前から嫌いだったんだ」


 ヴァーノは眉間に皺を寄せながら言った。まるで、相手に対する嫌悪感を明示するかのように。


「そうですか、それは残念です」


 対し、少年は飽くまでもその笑みを崩さなかった。そもそも、ヴァーノの言葉など何も感じていないようだった。


「ところで、やはりこれから大聖堂へ向かうおつもりで?」


 少年は笑顔のまま問う。


「だとしたらどうする?」


 それに対し、ヴァーノは質問で返した。すると、


「決まっているでしょう。……アナタには、此処で倒れて頂きます」


 少年はそれまで飄々としていた態度から打って変わって、冷淡な面持ちで言い放った。


 直後、ヴァーノとクロエ、両者の間で炎が激しくぶつかり合った。

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