第162話 大聖堂、再び

 ソールは無我夢中で街の中を駆けていた。時々後方を確認しながら、尚且つ前方にも注意しながら走り続けた。そうして、街の外れの方までやって来た。


「少し街から外れてしまったみたいだ。……戻るか、いや、でも」


 ソールは頭の中で、ヴァーノに見せてもらった地図を思い出しながら考える。


「確か、この辺り……。あ、此処だ」


 そうしている内に、一棟の大きな建物を見つけた。


「此処か、カシオズ大聖堂……。魔導士教会の中心の場所……」


 少年は周囲に注意しながら、聖堂の近くに寄って行った。そうして、大きな扉の前まで歩み寄る。


(中から音は聞こえない、か。誰も居ないのか、それとも……)


 扉にもたれかかったその時、体重を掛け過ぎたのか、扉が内側に開いてしまった。


(……っ、しまった!)


 少年はその勢いのまま、建物の中へと倒れ入った。






「いてて……。これは……」


 少年は、床に付いた身体を起こしながら、再度建物の内観を見回す。中には幾つかのベンチに似た長椅子が等間隔で並べられており、その先には少年の位置から見ても分かる程の立派な銅像が鎮座していた。聖堂の中は静かで、しかしながら張り詰めた空気ではなく、何処か神聖な雰囲気を醸かもし出していた。


 すると、


「ようこそ、ソール君。我らがカシオズ大聖堂へ」


 と、ソールの前方、建物の扉側から見て奥の方から、聞き覚えのある声がした。声のした方を見てみると、銅像に向かって誰かが立っていた。少年には、やはり見覚えがあった。


「……カール」


「ほう、私の名を覚えていてくれたか。それは光栄だ」


 カールと呼ばれた、恰幅の良い男は振り返り、続ける。


「此処に来たという事は、大人しく時計を渡す気にでもなったかね?」


 カールは不敵に口元を綻ばせながら言う。


「それは前にも言ったはずだ。そして、僕の意思は変わらない」


 眼前の男に対して、ソールは鋭い視線を向けながら言った。


「ほう、ではどうして此処まで来たのかね?」


 白々しく、カールは問う。それに対しソールは、


「決まってる。貴方を止めるためにだ。そのために、僕は此処に居る!」


 そう宣言した。


(ヴァーノさんは言っていた。速攻でやれば、決めきれない相手じゃない、と)


 少年は、カールを正面から見据える。ポケットに忍ばせてある時計を、その手で触りながら。


(なら、こうなった以上、僕がやることは一つだ)


「……っ!」


 少年は、前方、すなわちカールの方へと走り出す。


「何をしようというのかね?」


「……っ!」


 その問いに、ソールは行動で示した。少年が左手を前方へかざすと、ポケットの中の時計が光を帯びた。その直後、左手の先から陣が浮かび上がり、そこから風が巻き起こった。


「ほう、風の魔導かね。これはこれは」


 そんな時でも、カールは余裕の態度を崩さなかった。


「はあっ……!」


 次にソールが左手を横に払うと、時計が再び呼応し、今度は炎の渦がカールを中心として発生した。


「何、これは……?!」


(よし、後は身動きが取れなくなった所を、組み伏せれば……!)


 しかし、


「……と、言うとでも思ったかね?」


 その言葉と共に、カールを包んでいたはずの炎柱が、一瞬まばゆい光で包まれると、散り散りになったのだった。


「なっ……?!」


 突然の事に、ソールの動きが止まる。


「本物の魔導とは、こうして扱うのだよ」


 と、カールはその大きな腕を高く掲げた。すると、カールの身体の傍に大きな陣が現出した。


「そうれ」


 カールは、自身の合図で掲げていた手を前方へと降ろした。その直後、陣から光の束が一直線に少年目掛けて放たれた。


「……っ、まず」


 反応し切る前に、光は少年の身体に直撃した。その衝撃で少年の身体は後方へと転がった。


「があっ、あぁぁぁぁぁぁ、ぐうっ……!」


 強烈な痛みが、少年の身体を駆け巡る。声にならない声が、自然と少年の口から出ていた。


(何だ、あの光……?)


「あれも、魔導なのか?」


 少年はふとした疑問を思わず発した。


「その通りだよ。私の固有の魔導さ」


 カールが答えた。


「名付けるとするならば、全てを厳正に処罰する『裁きの光』、とでも言おうか」


 カールは得意げに言う。


(『裁きの光』、光の魔導……。これが、ヴァーノさんが言っていた厄介な力の正体か……!?)


「さて、痛みを知った所で、時計を渡す気になったかね?」


 カールは、その優位性を示すかのようにその余裕めいた態度を崩さずに問う。


「……誰が」


「そうか、ならば良し」


 カールは再び、手を前方に翳す。次の攻撃を行使するために。


「であれば、心苦しいが、渡す気になるまで痛みを味わってもらうとしよう」

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