第156話 狡猾な男

 カシオズ大聖堂と呼ばれる、大きな教会のその中に。一人、大きな空間の中に立っていた。


「……」


 その男は、ただ聖堂の高く開けた天井を静かに見上げていた。


「失礼します」


 そこに、ローブを被った別の男が一人、入って来た。


「大司教。少々よろしいでしょうか?」


 そう話し掛けられた、大司教と呼ばれた恰幅のよい男は、扉の方に振り返った。


「あぁ、良いぞ。例の子どもの件かね。……それで、見つかったのか?」


 問われ、男は首を横に振った。


「いえ、それが……。魔導士三十数人でカシオズ全域を現在探し回っていますが、見つからず。恐らく、何処かに隠れているものかと」


 報告を受けると、大司教は落胆するものかと男は思っていた。しかし、それに反して大司教は、


「ククク……。そうか」


 不敵に笑った。


「……大司教?」


 男は困惑の色を示した。


「いや、すまない。どうにも思い通りなのでな」


「と、言いますと?」


 大司教は、聖堂の中に飾られている大きな像を見ながら、


「勿論、見つかることに越したことはないが、見つからないことも私の想定内なのだよ、君。恐らく、ヴァーノ辺りが匿っているのだろうな。見つかる訳がない。ここの魔導士は、あやつを信じているからな」


「ヴァーノさんが!?……では、すぐに確認を……!」


 慌てて出て行こうとする男に対し、


「よい」


 と、大司教は短く制した。


「え、いやしかし」


「これで良いのだよ、君。今は泳がせておけばよいのだ」


「ですがこのままでは、いずれ逃げられてしまいます」


「それは無いだろうな」


 大司教は見通したように即答した。


「あのソールという子どもも、何か理由があってここまで旅をしてきたのだ。そう簡単に、追われているからという訳だけで逃げるとは思えん。それに、奴らにその気があるのなら、とっくに行動を起こしているだろうからな」


「では、何ゆえまだこの街に?」


 大司教は、少し考える素振りをすると、開口した。


「恐らく、狙いは私だろう。至る所で私の事を話すように仕向けたからな。きっと、あの子どもの耳にも入っているだろう」


 そう言われた男は、再び慌てる様子で、


「では、何処かにお隠れを。このような所にいては、すぐに見つかってしまいます!」


「いや、それでよいのだよ、君」


 大司教は不敵な笑みを浮かべながら、そう言った。


「そうでなくては、奴らと邂逅できないだろう?向こうがわざわざ時計を持ってきてくれるのだから。街の中の魔導士を多少増やすだけでいい」


「では、大司教、貴方は……」


 大司教は頷き、


「あぁ、此処に居る。そして、待たせてもらうとしよう」


 笑みを浮かべ、静かに天井を見上げたのだった。

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