第144話 大司教は不敵に笑う

 カシオズ大聖堂の中に、人影が一つ。


「……」


 そして、更に一つ。


「おや、カール大司教。どうしましたかな?こんな夜遅くに」


 一人は、大司教と呼ばれた男。もう一人は一介の魔導士だった。


「うむ。念願の懐中時計を手にしたものだが、これは……」


「はい?」


 と、若い男が疑問を発すると同時に、


「ふんっ!」


 と、大司教と呼ばれた大柄な男は、手に持っていた時計を勢いよく地面へと投げつけた。


 当然の事ながら、時計はパリィィィィン!と大きな音と共に砕けてしまった。


「な、大司教、何をしていらっしゃる!?」


 若い男は目の前の男の奇行に混乱しながらも、それを咎めた。


「折角手に入れた時計ではありませんか!」


「……これは、偽物だ」


「え?」


「本物の『あの懐中時計』ならば、床に叩きつけただけでここまでの破損なぞしないはずだ。恐らく、本物の時計はまだあの子どもが持っているのだろう」


 カールはその目をギラりと光らせながら、


「今すぐあの子どもを前へ。少々手荒な真似をしても構わん。連れて来るのだ」


「は、はい!」


と、若い男は大聖堂の外へと出て行った。しばらくすると、男は戻ってきて、報告をした。


「た、大変です大司教!あのソールという子どもだけでなく、子供たちが全員居なくなってます!恐らく、逃亡を図ったのかと……」


「……」


 カールは、大聖堂の天井を仰ぎ見た。


「肝心の時計は、未だ子どもの手の中……。その上、その子どもはまた何処かへと消えてしまったと来たか」


 カールは、今の状況を俯瞰すると、


「クク、クハハハハハハハハハ」


と、高らかに笑いだした。


「だ、大司教……?」


 男が恐る恐るカールに声を掛ける。


「面白い!必ず後悔させてやるぞ、小童よ。……至急、魔導士十数名による捜索を始めよ!」


と、目の前の男に命じた。


「は、はい」


 男は一礼すると、再び大聖堂の外へと出て行った。


「どうやら、もう子どもだと思って侮ってはならないようだ。見ているが良い」


 残されたカールは、その大きな身体を震わせながら、静かに笑っているのだった。

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